ある能力についての考察
その現象は、ある意味怪異的であり、常識外れの能力であった。
もちろん人に言いふらすこともできなかったし、話したところで信じやしないだろう。
もし信じられたとしたとしても、末は見世物小屋である。
だが、もしかしたら私の能力は、さほどすごくもないので、見世物にもならないかもしれない。
私はその程度の能力、その程度の人間である。
しかし、もしもっと違う能力なら、そんな風に思わないかもしれない。
例えば、火や水を操る能力であったり、時間を移動したりできるような能力であったなら。
そんなアニメやSFなんかに出てくる能力なら、かっこよかったのにと、何度思ったか。
しかし、何度願おうと私の能力が変わるわけでもない。
もちろん私の能力を紹介するには、いささか抵抗があるが、紹介しないわけにはいかないだろう。
私の能力は『脇に本を挟むと、一瞬で内容が分かる能力』である。
・・・実に使えない能力である。
この場合の『分かる』とは、理解できるではなく、読むことができるといった意味合いである。
よって、問題集や百科事典を脇に挟んでも、その内容は理解できず、ただ眺めていたに等しい。
そして、読んだあとの疲労感は変わらないので、日に何冊も本が読めると言った便利機能はついていない。
もちろんこの能力を何かに活かそうと考えたことはあった。
例えば本屋で、立ち読みし放題とか。
だが、想像してみて欲しい。
本屋で本を脇に挟んだ男が、いきなり笑いだしたり、泣きだしたりしだすのだ。
私はそこまでして本を立ち読みしたいとは思わない。
もっとも立ち読みとか、そんなロマンの無い話をするべきではないかもしれない。
例えば、そう、機密文書を運ぶ途中、その内容をひそかに読むことができる。
その内容は会社全体を揺るがし、いずれ国家を左右する大事な内容。
それを手にすることができるのだ。
実にロマンあふれる話であるが、しがない一般サラリーマンである私が、そんな重要な機密文書に触れる機会すらないことは明確である。
ただ、翻訳家という道はあった。
外国語の本であっても、その内容は日本語に訳されていた。
しかし、翻訳家というのは、ただ訳せばいいというものでもない。
文章のセンスがいるのだ。
あいにく私はそんなものは持ち合わせてはいなかった。
自慢じゃないが、私は理系である。
小学生の頃、先生が、
「この時の主人公の気持ちは?」
という質問に、私は、
「私はその主人公とは別人なので、そんなものは分かるはずがない」
と言い切ったひねくれた性格であった。
我ながら、可愛げのない子供であったと思う。
まあ、なんだかんだと考えるわけだが、結局のところ、使えないものは、使えないのである。
ピンポーン。
インターホンが鳴り、私は玄関に向かった。
宅急便であろうか?
ガチャリと鍵をあけると、スーツを着た男がいた。
「どうも」
にこやかに挨拶するその男を一目見、ドアをすかさず閉める。
「痛っ、すみません。お忙しいとは思いますが、少々お話を聞いてはもらえませんか?」
憎々しいことに、男はドアの間に自分の足を挟み、抵抗した。
「セールスは間に合ってるんで。というか、さっさと足どけないと警察呼びますよ」
「いえ、セールスではありません。私、こういうものでして・・・」
男はドアの隙間から名刺を忍び込ませる。
名刺には、有限会社能力開発機構、営業、浅木と書かれてあった。
「有限会社能力開発機構?」
怪しさ爆発のネーミングの会社だ。
宗教?詐欺集団?どちらにしても関わりたくない類である。
「そうです。私どもの会社では、能力者をスカウトして、世のため人のために役立てようという会社なのです。かくいう私も能力者で、あなたをスカウトしにきたという訳でして・・・」
こいつは私が能力者だと知っている?
私は警戒しながらも、ドアを少しだけ開いた。
「能力者?あんた一体何言ってるんだ。頭おかしいのか?」
私はとりあえず自分が能力者であることを隠して、探りを入れた。
「ええ、そうです。私もあなたと同じ能力者です」
男は動揺した様子もなく、にこにこと笑っていた。
もしかしたら本当にこいつも能力者なのだろうか?
そう思うと、自然と興味がわいてきた。
「あんたの能力は?」
一応聞いてみる。
「はい、私の能力は『なんとく能力者がいるところが分かる能力』です」
「なんとなくってどういうことだ?」
「そうですね。本当になんとなくって感じです。この辺りかなーっといった。ちゃんとした場所も分かりませんし、相手がどんな能力かも分かりませんね。なので、こちらに来るまで何度も違うお宅を訪問してしまいました」
これまた微妙な能力である。
「間違って行った家でもこうやってスカウトするのか?」
「いえ、そこはピンポンダッシュで。私こう見えても小さい頃からピンポンダッシュは得意なんです」
いや、そこは自慢するところじゃないだろ。
「それで、早速本題なんですけど、さっきも言った通り、私はあなたの能力が分からないんで教えて欲しいんです。その能力によっては、いろいろ会社の方でサポートさせていただきますし、一見役に立たない能力でもこちらのデータを照合してみて、役に立つ能力にできるかもしれないです。どうですか?」
私の能力が何かの役に立つように思えないが、もし役に立つのなら興味がある話ではある。
「・・・私の能力は『脇に本を挟むと、一瞬でその内容が分かる能力』だ」
「これまた微妙な能力ですね」
お前が言うなお前が。
お前の能力もたいして変わらんだろうが。
それから男は携帯を取り出し、会社に連絡を入れていた。
私の能力を報告し、役に立つか聞いているのだ。
結果は見えていた。
「なんかできるだけすぐに来て欲しいらしいですよ。なんかすごく役に立つらしいです、その能力。会社の電話番号とか連絡先は名刺に書いてあるんで、もしよかったら会社の方に来てみてください。それでは」
男はまるで嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった。
私はただ茫然と取り残されていた。
私の能力が役に立つ?
そんな馬鹿な。
私は名刺を見つめる。
有限会社能力開発機構。
行ってみる価値があるのだろうか?
私には分からなかった。
結局、私はその場所に来ていた。
有限会社能力開発機構の事務所である。
出迎えてくれたのは初老の男性と学生のような男女二人である。
「ようこそ。君を待っていたよ」
初老の男性は握手を求め、私はそれに答えた。
「そもそもこの会社というのは・・・」
それから初老の男性はこの会社の成り立ちを話し始めようとした時、男の子の方が初老の男性の袖を引いた。
「社長、話の前にとりあえず僕たち試してみたいんだけど?」
「おお、そうか。そっちが先の方がいいか。君たちにはずいぶん待たせたからな。待ちきれんじゃろな」
何の話か要領を得ない私は、とりあえず説明を要求した。
「実はこの子たちも能力者でな。この男の子、名前はすまないが伏せさせてもらうが、この子は未来や過去を見ることができる能力者でな」
おお、すごい、これぞ私が望んだ能力である。
私もこの子と同じようなすごい能力がつくかもしれないと思うと、わくわくした。
「しかし、見ることのできるのは一瞬で、その内容もすぐに忘れてしまうんじゃ」
「僕には何かを見たって感覚が残るだけ」
あれ?なんかその能力、全然使えないよね。
「そこで彼女の出番なんじゃが、彼女は他人の思い浮かべたことを文章にすることができる」
「でも、私の書いたのは・・・」
女の子が私に差し出したノートには、良く分からない文字が並んでいた。
ヒエログリフや甲骨文字にも見えなくもないが、違う気もする。
「これは何語?」
「私にも分からないんです」
これまた全然使えない能力ではあるが・・・
「そこで、君の出番じゃ。これを君が読むことさえできれば、未来も過去も全て分かってしまう。すごいことだと思わないかね?」
・・・確かにすごい。
私は自然とノートを持つ手が震えていた。
「そうですね・・・では、試してみましょう。うまくいくか分かりませんが・・・」
皆が固唾をのんで見つめる中、私は脇にそのノートを挟んだ。
「どう?」
「どうかな?」
「どうじゃ?」
「・・・すみません。私の能力は日本語しか読めなかったようです。今まで洋書は試したことが無かったものですから。すみません、お役に立てなくて」
私は嘘をついた。
がっくりとする三人。
「今度はどんな文字でも日本語にできる能力者が、出てくるのを待つしかないのぉ」
「気の遠くなる話だね」
それからいろいろ能力者同士のあるある話で盛り上がり、その場を後にした。
楽しいひと時であった。
そして、私は今までと変わらず、サラリーマンをしている。
例えくだらない能力を持つ、超能力者であっても、一般人となんら変わりないのである。
そう、例え人類の過去と未来を全て知っているとしても・・・
水守中也先生
微妙な能力から話のつなげ方はさすがですね。
超能力といっても、そのいまいちな感じから妙に親近感が湧いて、先が気になり、一気に読んでしまいました。
とても面白かったです。
午雲先生
山羊の宮先生、これは面白いですね!知らん顔して隠れ住む異能力者・・・・・・しかして、こう起承転するとはっ!?そして結末もいかにも先生流です(納得)。ただし、彼が見出されるシーンが少し安易かな??これでもいいんですけど、あそこはひとつの見せ場だし、少し文章に波をもたせてもよかったかも?でも、ちょっとパクリたいくらいに面白かったです。感想、以上です。