残像
僕はどうしていいか分からなかった。
いろいろ思い返してみるのだが、いい思い出しかない。
もちろん少しは喧嘩したことだってあるし、全部が全部いい思い出じゃないけれど、今では笑いながら、あの時はこうだったよねと語れる。
だったら気づかずに、彼女を傷つけていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、僕はなんて愚かなんだ。
一人で舞い上がっていた自分を想像して、自己嫌悪に陥る。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ホントに・・・」
彼女は泣きながら、そんな言葉を繰り返していた。
謝られても、僕にはどうしようもない。
振られたのは僕の方だ。
拒絶されると分かっていて、彼女を抱きしめるなんてことはできなかった。
彼女に別れを告げられた今でも、彼女のことが好きだった。
泣いている彼女を見て、愛しいと思う。
気持ちが残っていて、彼女を離すべきではないのかもしれない。
後悔するのは目に見えている。
けれど、僕の気持ちを押しつけて、縛り続けることに何の意味があるのだろうか。
僕は彼女を愛したいと同時に、彼女に愛されたいのだ。
彼女の幸福を本当に願うなら・・・そんな言葉が頭をよぎった。
本当は僕の手で、彼女を幸せにしたかった。
でも、無理だった。
僕は、僕の力の無さを呪った。
結局、僕は彼女の別れを受け入れた。
僕は泣くこともできずに、ただ心にぽっかりと黒くて深い穴が開いた。
数日後、彼女が男と一緒に歩いているのを見た。
楽しそうに笑う彼女を見て、ああ、だから『ごめんなさい』なのかと理解した。
数日前までは、その笑顔は僕だけのものだった。
いや、もしかしたら既に数日前も僕だけのものではなかったのかもしれない。
だが、その男が僕と彼女が付き合っていた時からの男なのか、別れてからできた男なのか、それともただの男友達かなんて、分かるわけ無かった。
結局は、僕の想像でしかない。
彼女に聞けば、もしかしたら分かるかも知れない。
もちろんそんなことはできない。
僕はもう終わった男なのだ。
けれど、僕は彼女の笑顔が、なんだか気にくわなかった。
彼女の幸福を願ったはずなのに。
「お待たせしました」
きれいな女性だった。
あれから数年たった。
僕はあれから異性を意識すると、決まって彼女の泣き顔を思い出す。
笑顔で話す女性に、彼女の泣き顔が重なる。
出会いは別れの始まりだと、僕に思い知らせるかのように。
けれど、もう彼女の思い出に、さざ波が立つことはない。
今では本当に彼女の幸せを願うだけである。
そう思っている自分は、もしかしたら彼女のことが今でも好きなのかもしれない。
目の前の女性との会話に、うなずき、返答し、一人苦笑する。
男って生き物は、なんて女々しいもんなんだと。
栖坂月先生
私はドラマを見ませんが、最近のドラマといえば女性向けというイメージがあります。男性向けの恋愛物に出てくる女性も都合の良い生き物ですが、女性向けの恋愛物に出てくる男性も都合の良い生き物が多いと感じます。
特にドラマを見ているような女性に、この作品は読んでもらいたいですね。綺麗すぎるワケでもない、かといって肉欲ばかりを求めるのでもない、ある程度利己的でありながら理性的な節度を持った男性の、標準的な発想であろうなと素直に感じました。
極論と偏見を愛する私のような人間には絶対に書けない話です。
何というか、ちょっと癒されました。
また来ます。それでは