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招待

「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。マスター」

深々と頭を下げる執事。

「マスターは物書きとして大成され、今も多くの執筆作品を抱えられ、お忙しいというのに。私などの願いを聞き届けていただけるなど、恐悦至極でございます」

黒のシルクハットに、折り目正しく着こなしている白いストライプの入ったスーツ。

そして、その間には男の柔和な表情があった。

「本来ここはマスターのようなかたが来られる所ではありません。何せここは墓場なのですから」

薄紫の空に、ガラス細工でできた木々。

神秘的な風景。

私はここをそんな恐ろしいところのようには思えなかった。

その疑問に答えるように執事はにっこりと笑った。

「ではこちらに」

執事はガラス細工の森を案内するよう先行した。

私は執事の後を追い森の中へとはいって行った。

奥へ進むにつれて、あたりは暗くなっていく。

舞台は暗転していく。

「あそこです」

執事の声に導かれたように、そこに一筋の木漏れ日がさしていた。

木漏れ日のスポットライトの中に一人の少女が立っていた。

純白のワンピースに、ピンクの帽子がよく映えた。

彼女は執事同様にっこりと笑った。

そして、お姫様のようなお辞儀をうやうやしくした。

「マスター。彼女のことを覚えておいでですか?」

私は首をかしげた。

私の記憶には彼女のような可憐な少女の知り合いはいない。

「そうですね。少々意地悪な質問をしてしまいました。お詫びいたします。マスターが覚えておいでにならないのは、当然なのです」

私はけげんな表情で執事を見た。

執事は変わらずの笑顔を向けていた。

「ここはマスターに忘れ去られたもののいきつくところ。マスターが物語を紡ぐたびに、作り出され、作り出されたものの、一度も表には出られず、処分されるところでございます」

そういえば彼女のようなキャラクターを出そうとしていた芝居があっただろうか?

いや、今度の小説に出すはずのヒロインの一案だったようにも思える。

「彼女の名をまだ覚えておいでですか?」

彼女を注視するが、とんと思い出す兆しがなかった。

覚えていないと執事に答えた。

その瞬間少女はガラスとなり砕け散った。

突然のことに目を丸くしている私に

「彼女は完全にマスターの記憶から消去されました」

執事は答えた。

目の前の事象に対して自身の処理能力が遅れている私に、執事は真摯な顔でゆっくり、そしてやさしく語りかける。

「ここは墓場なのです。マスターの記憶のゴミ箱と表現したほうがいいでしょうか?彼女はゴミ箱に残っていた記憶の断片です。ごみ箱がいっぱいになる前に記憶を処分してしまいます。忘れ去られた者たちは、ただその時を待ちながらここを漂っているのです」

その言葉に、私ははっとなり周りを見回した。

気がつけば辺り一面砕け散ったガラスが散乱している。

このガラスの破片も彼女のようななれの果てだというのか。

彼女も消えゆく時を待っていたというのか?と執事に問うた。

「はい。ですからマスターに彼女の名を聞きました。マスターに彼女の処分の許可をいただくために」

私は自分の滅びを望んで生きるなんて納得ができなかった。

それはあまりにも悲しい気がしたからだ。

それに私は彼らのマスターだ。

何とかできないものか思案した。

うろうろとしながら、口元をなでた。

そして、問うた。

もし彼女の名を私が答えていられたのなら?

と。

「そうですね彼女は処分されなかったでしょう。ですが、それは叶わないことです。ここは忘れ去られた者のたまり場ですから」

でも、という私に、執事はおもむろにスーツを脱ぎ去り、肌をあらわにした。

「マスター。私の名前覚えておいででしょうか?」

服に下にはもうほとんどガラスになりつつあった執事の体があった。

私は驚愕したが、それと同時にもう時間がないことを一瞬で悟った。

私は今まで書きあげたキャラクターの名前を次々に連呼していった。

記憶の糸を手繰りながら名前を叫ぶ私の姿を、執事は先ほどと変わらずににこやかに微笑んでいた。

そして、執事はガラスとなって砕け散った。


その日、珍しく目覚ましが鳴る前に起きた。

そして、久しぶりに夢を見た。

もう何の夢だったかも忘れてしまったが、ここ最近夢見ることもなかったので、不思議な心地だった。

どんな夢だったか思い出そうとしていたら、目覚ましが鳴って温い布団の中から出てこいとせかされた。

そして、今日も一日平和に過ぎた。

栖坂月先生


私にも居ますね、消えていったキャラ達が。

もちろん、大成した先生とは比べるべくもありませんが。

とはいえ、こんなご時世ですから、エコっぽく再生して出てくる可能性もありそうです。発想も有限ですからね。大切にしたいものです。

作品としては簡潔にまとまってますし、消えそうな記憶をガラス細工にしたのも悲壮感が漂っていて、なるほどと感心しました。

ただ、さすがに『夢オチ』はちょっと安易かな、と。

別に『ナシ』とは思いませんが、もっと書けるのでは、という期待から作品評価は星三つとさせていただきました。

また来たいと思います。頑張ってください。


椎名実行委員会先生


デスクトップのゴミ箱を空にする時の音が聞こえました。

これから先その度に思いだしそうな気がします。

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