トットルッチェの追憶
深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。
魔女の名は、ジルルキンハイドラ。
その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。
そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。
俗世を嫌い、一人で暮らしている。
ある日、一匹のライオンが彼女のもとを訪れた。
その時どこをどうやってその場所まで、たどり着いたのか分からなかった。
若いオスにハーレムを追い出され、森をさまよっていた。
偶然見つけたシカを襲おうとして、逆にその角で足を怪我してしまった。
もう満足に獲物を追うこともできないだろう。
僕は死を覚悟し、死に場所を求め、たださまよっていた。
「あら?珍しいお客さんね〜」
声がしたその先には、人間の女の子がいた。
その女の子は不用意に近づいてくる。
襲おうと思えば襲えたが、何もやる気の起きなかった僕は、ただ彼女のなすがままにされていた。
彼女が小瓶に入った薬品を僕の足にかけると、熱い痛みが走った。
思わず低く吠え、彼女に爪を立てそうになるが、
「ごめんごめん。しみるよね〜」
そう言いながら、僕を押さえつけ、彼女は容赦なく液体を流し込むのだった。
「よおし!こんなものかな?」
彼女は僕の足に包帯を巻き、腰に手を当てて胸を張った。
僕は足に違和感を覚えた。
先程までの痛みがウソのように消えている。
僕は良くなった足に驚き、目を丸くした。
「さあ、もう何処にでも行ってもいいよ。ちゃんと治ったからね」
「・・・」
「どうして動かないの?・・・そう、もう戻るところが無いんだね。子供は殺され、今まで君を慕ってきたメスたちは、他のオスに夢中か・・・」
「・・・」
「だったら、居たいんだったらここにいてもいいよ。私も一人じゃ暇な時もあるし」
その後、彼女は家からナイフを一本持ってきた。
彼女はナイフの先を見ようとはしないで、危なっかしい手つきで、指先を少し切った。
ぽたぽたと赤い雫が垂れている。
「居たいんだったら、舐めると良いよ。でも、もしほかに行きたい所があるなら、やめといた方がいい。大変なことになるから」
何か含みのある言い方に、警戒してしまうのだが、僕は血のいい匂いに誘われて、その雫をひと舐めしてしまった。
瞬間、背を鈍器で殴られるような痛みに襲われ、軽く呼吸困難になる。
心臓を鷲掴みにされたように、締め付けられる。
全身の血管を蛇がはいずるような感覚に襲われた。
僕は転げ回り、何とか体に入った毒のようなものを出そうとするが、何の抵抗もできなかった。
気がつくと、全身の毛は黒色へと変化していた。
「ようこそ。私はジル、ジルルキンハイドラよ」
彼女はもうろうとする僕に、手を差し伸べていた。
「トットルッチェとジル姉にもそんな過去があったのね♪」
「あの時血に誘われて舐めないでいたらとか、少し考えるけどねー。まあ、舐めちゃったもんは仕方ないしねー」
「初めて会った時ってそんな感じだったけ〜。私が覚えてんのは、トットルッチェが熊に追われて『助けてー』って印象しかないんだけど」
「あ、あれ?ジル。いつからここにいたの?」
「初めからいたよ〜。二人がお話しをし始めてからずっと」
「もしかしてトットルッチェ。今までのお話って全部ウソだったの?」
「そ、そんなことないよ。大まかにはあってるよ。嘘じゃないよー。ティナ、そんな目で見ないでー」
その後、ジルルキンハイドラの妹、ティナエルジカに新しい従者ができたのは、間もなくのことである。
栖坂月先生
よく出来たでっち上げでした。
それっぽい話にしっかりと作ってあり、トットルッチェの利口さが垣間見えます。リアリティの表現として、とても勉強になりましたね。
それにしても『助けてー』とかライオンが悲鳴を上げていたりするのは、かなり情けない話ですな。トットルッチェが隠したくなる気持ちもわかります。といより、最初から人語を話していたんですな。
また来ます。それでは