ありがとう
「わ〜〜〜」
康ちゃんと梓ちゃんは、新しく来たテレビに夢中だった。
大きなテレビに圧倒され、梓ちゃんは瞬きするのも忘れている。
康ちゃんに至っては、よちよちとテレビに突っ込んでいき、頭をぶつけて泣き出す始末である。
「こら、梓。ちゃんと康を見ててってお願いしてたでしょ」
お母さんが泣きだした康ちゃんに気付き、抱き上げる。
「だって〜」
「だってじゃありません」
膨れてしまう梓ちゃん。
いつもならプイッとその場からいなくなるのに、今日はテレビが気になってその場から離れない。
「ただいまー」
お父さんが帰ってきた。
康ちゃんはお母さんの腕の中でもぞもぞして、抜け出そうとしていた。
「おかえり、あなた」
「ただいま。康ちゃん元気でしか〜?」
お父さんが康ちゃんのほっぺたをつつくと、康ちゃんは声をあげて、楽しそうに笑った。
そして、今度はお返しとばかりに、お父さんのほっぺたを力いっぱいつかむのだった。
「痛い、痛い。康、痛いって」
康ちゃんは痛がるお父さんの姿を見て、また楽しそうに笑うのだった。
梓ちゃんは、その光景をつまらなそうに見ていた。
「それで引き取ってくれるって?」
「ああ、今度の日曜日に電気屋さん来るって」
お父さんは、僕をばしばし叩きながらそう言った。
「ねえ、そのテレビ。捨てちゃうの?」
梓ちゃんは僕に興味がわいたのか、ふてくされるのをやめて、お父さんのもとに来た。
「捨てるっていうか、リサイクルだな」
「リサイクルって?」
「それは、その、なんだ。一回壊して、もう一回使えるようにすることだ」
「ふーん。壊しちゃうんだ」
「もうこのテレビも古いからな。今度の日曜に電気屋さんに引き取ってもらうんだ。だから今のうちにお礼言っとけよ」
「お礼?」
にやりと笑うお父さんに、梓ちゃんは明らかに嫌な顔をした。
それから梓ちゃんは、眉間にしわを寄せながら、お父さんを睨めつけながら、僕にお礼を言った。
「今までありがとうございました」
それを見ていた康ちゃんは、楽しそうに真似するのでした。
いただきますをするように、ぺチンと手を叩きお礼を言ってくれた。
「あ〜と〜」
僕は涙が出そうだった。
いや、実際には出ないのだが。
今までの苦労が報われるようだった。
思えば、梓ちゃんには磁石でいたずらされたこともあったけ。
康ちゃんに画面をよだれまみれにされたこともあった。
本心を言えば、もっとみんなと一緒にいたかったけど、しょうがないよね。
僕からも言いたい。
今までありがとう。
ねえ?僕は役に立ったよね?
神村律子先生
ああ、涙腺が・・・。
感動作でした。