永続トラップ、発動。
この国に死刑は、ありません。
目の前にいるこの男は、この国での最高刑、終身刑に服しています。
「この前、痛覚のない人のお話を人から聞いたのですが、痛覚がないと骨折していても全然気づかなくて大変らしいですよ。子供のころ、歯の生えかわりを一緒に喜んだら、次の日、その子の歯は全くなかったそうです。もっと褒めて欲しくて自分で抜いたそうです。痛みというのは、案外気づきにくいものかもしれませんが、大切な感覚なのですね」
「何、その話?俺に痛みを感じる感覚がないって言いたいわけ?他人の心の痛みを感じる人間になれって言いたいわけ?冗談。説教ならよそでやれよ」
男は私を挑発するように、品のない笑いをしました。
私は気にせず、顔の前に手を組み、話を続けます。
「先日私は蚊にかまれまして、かくともっとかゆくなるのが分かっていましたが、我慢できず、かいてしまいました。かいている最中は気持ちいいのですが、体が傷だらけになっていけません」
「お前何の話してんだよ?ふざけてんのか?」
男は私を睨めつけ威嚇してきます。
私は思わず笑みがこぼれてきました。
ここで私は男に暗示をかけてみました。
初め男は暗示にかかっていることに気づきませんでした。
ボリボリ。
「お前・・・いったい何をした?」
男は全身のかゆみに気づきました。
腹をかき、背をかき、腕を、首を、頭をかきながら私を睨めつけてきます。
血走った目で私を見ています。
おそらく目もかゆいのでしょう。
「何を?この分厚いガラス越しに、私に何ができると思われるのですか?」
「ふざけんじゃねえ!」
ここでもう一つ暗示をかけてみることにしました。
「ふぎゃああああ!」
男は品のない叫び声とともに転げまわります。
その尋常でない男の様子に、看守が男に近寄ります。
「さ、触んじゃねえ!!」
男は看守を押し飛ばし、うずくまりました。
その眼は恨みがましく私を見ています。
「大丈夫、そのままじっとしていれば、痛くないですよ。痛覚が過敏になっているだけですから」
私は一人呟く。
ガリリ。
男は無意識にかゆい首をかいてしまいました。
また無様に転げまわります。
ほどなくして、看守の応援が来て、男を連れて行きます。
「許さねえ!お前絶対許さねえからな!」
男は悪態をつきドアを蹴ります、そして痛みに絶叫します。
看守の一人が私のもとにやってきました。
「彼は君が何かしたと言っているんだが?」
「まさか。私がこの状況で一体何ができると?彼の狂言ですよ。お疑いでしたら、そこの監視カメラの映像でも確認してはいかがですか?何も映ってはいないと思いますけど」
私は顔の前で組んでいた手をほどき、看守の前で種がないことを示した。
「それでは失礼いたします」
私はその場を後にした。
許さない?
それはこっちのセリフだ。
愛する人と、我が子を奪ったお前を、私は許しはしない。
絶対に・・・
赤い月先生
何故、「私」が男に催眠術を掛けることが出来たのか、その理由の描写が無い事が気になりました。
それ自体はこの文の書き方から察すると、何故「私」が暗示を使えるのかは書かなくても良い事なのでしょうが、せめて暗示を掛ける時の描写はして頂きたかったです。
ですが、個人的には文の書き方が非常に読み易く、尚且つテンポも良いので、素晴らしいと思いました。