魔女ジルルキンハイドラへの挑戦
深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。
魔女の名は、ジルルキンハイドラ。
その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。
そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。
俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。
ペットの名はトットルッチェ。
人語を解する稀有な黒いライオンである。
ある日のことである。
一匹の金色のウサギが訪れた。
「トットルッチェ、食べちゃダメ〜」
「はへ?」
トットルッチェの牙は金色のウサギの身の前で止まっていた。
「どうもありがとうございます。ジルルキンハイドラ様。お久しぶりです。相変わらず壮健そうでなによりです」
金色のウサギは、ジルに対し、深々と頭を下げた。
「今日は何のようなの?ウルばあちゃんに何かあったの?」
「いえ、ウルリカロナエルザ様に様子を見てくるよう仰せつかって、本日お伺いした次第です」
「そうなんだ」
金色のウサギは礼儀正しくジルに接した。
「なに、ジルの知り合い?」
「うん。こちらはおばあちゃんとこにいたメルフォキア。メルフォキア、こっちがトットルッチェね」
ジルに紹介され、黒いライオン、トットルッチェと金色のウサギ、メルフォキアはお互い挨拶をした。
「どうも僕はジルのところでお世話している、トットルッチェです」
「私、ジルルキンハイドラ様の祖母にあたりますウルリカロナエルザ様のところでお世話になっております、メルフォキアと申します」
「トットルッチェ、誰がお世話になってるって〜?」
「だって、僕がいなきゃジル一人で食べ物確保できないでしょ?」
「トットルッチェだって、私の教えた罠がないと満足に狩りできないでしょ?」
「だったらジルが自分で罠仕掛けりゃいいじゃん」
「そんなこと言うんだったら昨日のウサギ鍋返してよ〜」
「ウサギ鍋・・・」
メルフォキアは鼻をひくひくしている。
「確かに同胞の匂いがしますね。この家は」
遠い目をするメルフォキアに、ジルとトットルッチェはあせあせと言い訳する。
「僕たち別にウサギだけ食べてるじゃないんだよ。一昨日はイノシシだったし」
「その前はシカだったのよ〜」
メルフォキアは髭をそよがせ、唸っている。
「そういえば家の近くに畑もありませんでしたし、まだ治ってないんですか、ジルルキンハイドラ様?」
メルフォキアはジルをくりくりした目で睨みつけ、その圧迫感にジルはおののく。
「野菜嫌い」
「だって〜。野菜食べなくても生きていけるもん」
「そういえば鍋にいつも入ってないね、野菜。僕に合わせてくれてるんだと思ってたんだけど、野菜嫌いだっただけなんだ」
メルフォキアは大きなため息をつく。
「いつもウルリカロナエルザ様もおっしゃっていたじゃないですか?野菜を食べないと大きくなれないと」
「だから、ジルはちっこいんだねー」
「別に、大きくなれなくてもいいもん」
完全に拗ねてしまったジルを見て、メルフォキアは妙案を練る。
「では、こうしましょう。ジルルキンハイドラ様と私が勝負して、私が勝ちましたらジルルキンハイドラ様にはこれを食べていただきましょう」
メルフォキアは懐から人参を取り出し、ジルに突き付ける。
ジルはいやいやしながら、トットルッチェの影に隠れる。
「ジルルキンハイドラ様が勝ちましたら、私の可能な限りの願いをかなえましょう。いかがでしょう?」
ジルは散々考えた末、メルフォキアの申し出を受けた。
「いいの、ジル?ウサギさんが可哀そうだよ」
「トットルッチェ、メルフォキアをなめてたら痛い目にあうわよ」
「え、何?何かあるの?あのウサギさん」
「今も着々と私たちに勝つために暗躍している。こっちも全力で行かないと負けるわ」
「ジル、真剣だね。そんなに人参食べたくないの?」
「・・・うん」
後日、メルフォキアはジルのもとをまた訪れた。
「ルールは簡単です。先に相手にまいったを言わせれば勝ちです」
ジルとトットルッチェ、そして、メルフォキアは対峙した。
やや開けた場所に移動した三者。
いよいよ勝負は、始まる。
「それでは始め」
「行け!トットルッチェ!先手必勝よ」
「任せて」
ジグザグに逃げるメルフォキア。
それを追うトットルッチェ。
「さすが百獣の王。一撃当たればひとたまりもない」
「当たればねって言いたいわけね」
巧みにフェイントをかけるメルフォキア。
それに引っかかるトットルッチェ。
「もう何してるの?もっと!あ〜、ちが〜う」
ジルの必死の応援もむなしく、トットルッチェはついにへばってしまう。
「だらしがないですよ。百獣の王の名が泣きますよ」
「うん。もうどうでもいいや、そんなの。よく考えたら僕が人参食べるんじゃないから、僕が頑張る必要ないかななんて」
「トットルッチェの薄情者!」
「それでは今度はこちらの番ですかね」
グモグモとメルフォキアが鳴くと、ウサギが現れた。
ただその数が尋常ではなかった。
森じゅうのウサギを集めたのかというほどの数である。
「この数は卑怯だよねー」
「そうですか?二対一は卑怯じゃないけど、これは卑怯なんですか?」
あっさりとジルとトットルッチェは囲まれた。
「どうです?降参しますか?ジルルキンハイドラ様」
問いかけるメルフォキア。
しかし、絶望的な状況にジルは微笑んでいた。
「今よ!トットルッチェ!」
「オッケー!」
「?!て、撤退!!!」
メルフォキアの号令とともに、ジルたちを中心にドーナツのように地面が崩落した。
一気に形勢は逆転した。
「どう?奥の手は最後に取っておくものよ。さあ、メルフォキア。降参してもらおうじゃない!」
身を震わせるメルフォキア。
「さすがジルルキンハイドラ様。なにもかもお見通しという訳ですね。私がウサギたちを集めていたのを知っていて、自分たちを囮に一網打尽にしてしまう。さすがです」
エッヘンと胸を張るジル。
「しかし・・・」
ぐもぐもとメルフォキアが鳴くと、ウサギが現れた。
ただ数が尋常ではないのである。
先ほどの倍ぐらいの数である。
「な、何それ〜!」
「ウサギの繁殖力をなめてもらっては困ります」
メルフォキアは懐から人参を取り出し、ガリリとかじった。
結局、ジルたちは兵糧攻めにあって、三日目に降参した。
「では、約束通り食べていただきます」
「観念して食べなよ、ジル」
「だって人参臭いよ〜」
「人参ですから」
「人参だからねー」
「・・・パクッ・・・モグモグ・・・」
「おお、食べた」
「いかがですか、ジルルキンハイドラ様?」
「・・・おいしい。なんで?」
「それは良かった。ウルリカロナエルザ様もお悦びになられます」
「まあ、三日間断食状態だったから、何食べてもおいしいのかもしれないけどねー」
その後、ジルたちの食卓にウサギ鍋が、上がることはしばらくなかった。
栖坂月先生
お子ちゃまだ。お子ちゃまがいる。
どうも、栖坂月です。
人参はともかく、野菜を全く食べないのは 栄養が偏りますよー。肉食動物も内臓とかを食べることで野菜のミネラルを補充してますからね。
しかし、基本的には知恵比べ的な内容なんですが、何という力技でしょうか。しかも最後は兵糧攻めとは。
一体、どれだけの人参を用意していたのか、むしろそっちが気になります。
最後のオチは予測の範囲内でしたが、これはやっぱり外せませんね。そしてやっぱりウサギ鍋はやめられなかったという辺りが、いかにもな感じで良かったです。
また来ます。それでは