青ヒゲ
その猫の名前は青ヒゲといった。
若々しく、そのしなやかな体から繰り出される猫パンチには、ご近所中の猫たちが一目置くほどであった。
青ヒゲの特技はその名の通り、その長く美しいひげを自由に動かせることであった。
普通の猫であったならば人間でいう耳が動く程度の特技であったが、ただ青ヒゲのひげはほぼ光速に近い速度で動かせたという噂であった。
その青ヒゲがいつも通り町のパトロールをしていたある日のことであった。
「ワシに何か用か?」
青ヒゲは目の前に立ちはだかる者に対して啖呵を切っていた。
猫の世界では目を合わせるのは礼儀知らずである。
にもかかわらず、目の前の者はおくびもなく青ヒゲをじっと見つめていた。
同族なら自慢のフックのかかった猫パンチがさく裂するのだが、
いかんせん相手は人間だった。
しかも子供である。
これは猫にとって天敵であるともいえた相手である。
時に持ち前の好奇心で敏感な尻尾などを握りつぶし、時に泣き声で鋭敏に研ぎ澄まされた聴覚にプレッシャーをかけてくる。
こういう相手には、君子危うきに近寄らず。
逃げ出すのが筋である。
しかし、青ヒゲは対峙していた。
その威風堂々たる姿に、ご近所中の猫たちが一目置くのもわかるような気がする。
「ワシに用がないのなら早々に立ち去るがよい」
青ヒゲは尻尾を悠々と持ち上げそう言い放った。
もちろんその子供にはニャオンとしか伝わらないのだが。
ガッ!
不意に子供が青ヒゲを捕まえようと手を伸ばした。
もちろんそう易々と捕まるような青ヒゲではない。
残像を残しながら、一瞬で飛びのいた。
「馬鹿めが!ワシが貴様などに捕まると思うてか!」
そう言い放ち一瞥しようとしていた青ヒゲの前に何かが通り過ぎた。
その優れた動体視力は、相手を逃さず、すかさずストレート猫パンチ。
当たりはしたが、完全に捉えてはいなかった。
(なかなかやる。しかし、これならどうかな?)
再び襲いかかるそれに、必殺の猫アッパーを食らわせた。
世界広しといえども、この猫アッパーを繰り出せるのは数えるほどしかいない。
そう、青ヒゲはその数えるほどの猛者なのだ。
しかし、その青ヒゲをもってしても相手を完全にノックアウトすることはできなかった。
相手が地べたをはいずるように、逃げていくのが見えた。
「逃がさでか!」
まるでキタキツネをほうふつさせるようなジャンプで相手の動きを止めた。
「ふっ。他愛もない。・・・???・・・!!!」
青ヒゲは気づいた。
その足元にいるものの正体を。
それは、
猫じゃらしだった。
「しまった。ブービートラップか!」
しかし、気付いた時には時すでに遅かった。
もうすでに魔の手は迫っていたのだ。
「フ、フギャーー!」
陽気のいい昼下がり、公園では青ヒゲの絶叫がこだましたのだった。
栖坂月先生
ここまでの三作品、一度に読ませていただきました。
簡潔で読みやすく、所々に挟まれるコミカルな表現も気が利いていて心地良いです。良し悪しはともかく、個人的に『好み』の文章でした。
もちろん、アイデアも描写も素直に巧いと思います。
強いて言えば、最後の『青ヒゲ』は文学にするよりコメディに分類された方が合っていたような気がしますかね。もちろん『これは文学じゃない』などと主張するつもりはありませんよ。ただ、文学とコメディだとジャンルとしての人気に格差があるので、良く出来た作品がスルーされることも多いんです。無理にとは申しませんが、ジャンルを分けて投稿することも御一考してみてください。
とりあえず私は楽しみましたので、また寄らせていただこうと思っています。頑張ってください。