かつ丼ラプソディー
「かつ丼頼んでやるから正直にはきな」
刑事はそう言った。
「そんな今どき食いもんにつられて、はくやつなんているわけないだろ」
俺は刑事を睨めつける。
「分かってないなお前は、かつ丼は一種のツールだ。犯人は刑事の優しさに触れてポロっと本音をこぼすのだ」
「どうでもいいよ、そんなもん。頼むんだったら、さっさと頼めよ」
「まったく最近の若者はせっかちでいかん・・・ああ、ライライ軒さん。かつ丼二つ。お願いね」
刑事は電話を切り、俺に迫ってくる。
「それで、どうなのだ。昨日一緒にいた女の子は恋人なのか?んん?」
「気色悪いよ、親父。そんなの関係ないだろ」
そう、この刑事のコスプレした男は、俺の親父だった。
母親が亡くなった俺を元気づけようと、あらぬ方向に走ってしまった哀れな男だ。
「ということは、友達以上恋人未満というやつか。男ならここはアタックだ。アタックチャンス!」
「黙れ。あいつとはそんなんじゃねえ。あいつとは・・・その・・・ただの恋人だ」
「赤飯持ってこい!今日は祝いじゃ!酒もってこい!」
親父は叫びだし、窓を全開にした。
「みなさーん!私の息子に!恋人ができました!」
「恥ずかしいからやめろ!」
すかさず俺は、親父を抱え込んで飛びあがる。
そして、空中できりもみしながら、地面にたたきつける。
親父は変態なのでこのくらいでは死なない。
「すみません。ライライ軒です」
玄関から声がした。
かつ丼が届いたようだ。
「はい。今開けます」
開けたとたん、何か黒い影が、俺の前を通り過ぎた。
「な、何?!」
「ダーリン会いたかったわ♪」
倒れた親父のそばに一人の女がいた。
名を藤堂律子、親父の仕事の同僚である。
アラウンドフォーティーの結婚を焦る、これまた哀れな変態である。
「藤堂律子!」
俺が名を叫んだ瞬間、背後に殺気が走った。
気がつけば、俺の首はしめられていた。
「りっちゃんて呼びなさい。いつも言っているでしょ。何ならお母様でもいいわよ」
「いえ結構です。りっちゃんさん」
「と、藤堂君。こんな日に何の用だね?私は忙しいのだよ」
俺が気を失いかけそうになった時、先に親父の方が目覚め、助かった。
「あら、先程ダーリンの声が聞こえたから駆けつけたのに。今からやるんでしょ、お・い・わ・い♪」
藤堂律子の手には一升瓶。
親父を酔いつぶして、どうこうしようという腹は明らかである。
変態の父親だけで十分なのに、変態の継母まではいらない。
俺は金属バットをもって、酒を酌み交わしている藤堂律子をしとめることにした。
(藤堂律子、覚悟!)
「甘いわ」
藤堂律子は渾身の一撃を指一本で受け止めていた。
(しまった!)
「そこまでだ」
またも俺を救ったのは親父だった。
その手にはかつ丼。
「これを見ろ。この卵の半熟具合を、このカツの衣のキツネ色に染まった様を!まさにベーーーーーーストバランス!」
親父は三回転して、ポーズを決めた。
斜め四十五度に開かれた両の腕、その手にはかつ丼。
伸脚している足。
これは・・・完全に酔っぱらっている。
「なんか、もう疲れた。俺寝るわ」
俺はもう何もかも放っておいて部屋へと消えた。
その後のことは知らない。
そして次の日の朝食は、赤飯だった。
栖坂月先生
えーと、これはやっぱり私に感想を書けと、そうおっしゃっているものと解釈しました。
単純に面白かったです。と同時に、お花シリーズのテーマ縛りに疲れ果てた様子が目に浮かびます。気持ちはわかりますよ。私も夏ホラーの作品を書いた後は、無性にフリーダムな作品を書きたくなりましたから。
それにしてもこのりっちゃん、アラフォーのクセに元気ですなー。
アラフォーくらいになると、もう少し体力と共に気力も落ちてくる頃合なんですが、よほど精力のつくものでも食べまくっているのでしょう。羨ましい限りです。
たまにはいいですね、こういうのも。