七曜の花 -木の花ー
初めは何の変哲もない森だった。
その変った一本の木が生えるまで。
その木はほかの木とは違い、一切花をつけなかった。
その木はただ真っ直ぐに上へ上へと、伸びていった。
花をつける養分も、実にためる養分も、全てがその木の成長に使われた。
木はやがて森自体を覆うほど巨大になった。
森にあったほかの木々は、日陰となりやせ細っていった。
当然その木への不満はつのり、木々たちは神に奏上することにした。
「あの木はどんどん天へ伸びております。あの木は愚かにも神々の住む天上を目指しているのです。どうかあの愚かものに、自身の立場というものを分からせてやってほしいのです」
神はその話をうのみにし、憤慨した。
すると、瞬く間にその木の上空に雷雲が立ち込めた。
神の鉄鎚とばかりに、稲妻がその木を真っ二つにした。
そして、また普通の森へと戻っていった。
ある日、その森に木こりが一人やってきた。
「おや、どうしたんだね。怪我でもしたのか?」
「そんなところよ」
森の中で、木こりは少女に出会う。
少女は、這いつくばったまま、動こうとはせず、ただ木こりを見ていた。
うつろな瞳は焦点があっておらず、しっかりした口調とは裏腹に、どこか寂しげであった。
「何なら家まで送ろうか?娘一人、こんなところじゃ危ないぞ」
「ええ、そうね。それではお言葉に甘えるとしましょうか」
木こりは少女を背負い、少女の指さす方へと進んでいった。
「ここでいいわ」
「ここかい?何もねえでねえか」
そこには、稲妻に裂かれたその木があった。
裂かれた木は、苔むして良い苗床になっている。
「ここでいいのよ。私はこの木に宿る精霊なのだから」
「へー、おったまげた。精霊さんなんて初めて見るぞ」
「初めて会う精霊が、こんな腐った木の精霊なんて残念ね」
「そんなことないぞ。俺は木こりだからな、木の精霊なんてものには嫌われて当然だから、多分もう一生精霊なんかに会うことはねえだろう」
「そう、嫌われ者なのね。私と一緒だわ」
くすくすと少女は笑った。
「そうだわ。これも何かの縁ね。ひとつお願いしてもいいかしら?」
「何だね?お願いってのは」
「この腐った木で花を彫ってほしいの」
「彫りもんかい?俺はやったことねえから無理だよ」
「へたくそでも構わないわ。あなたが彫ることに意味があるのよ」
「そうかい。そんなんだったら、引き受けなくもねえが」
木こりは少女の言う通りの場所の部分を切り取り、材木を手に入れた。
「花ができたらまた来て。待っているわ」
木材をもちかえった木こりは、湿ったそれを天日干しして乾かし、彫ることにした。
出来上がったそれは、おおよそ花とは呼べるものではないが、これは花なのだと主張すれば、なんとなく花に見えないこともない出来だった。
木こりはその花をもって、少女のもとを訪れた。
「あら、また大変なのが出来上がったわね」
「だから言っただろ。無理だって」
「ふふふ、失礼。じゃあ、そこに置いてもらえるかしら」
精霊は裂かれた木の中心を指差した。
「これで何が起こるんじゃ?」
「まあ、見てなさいって」
不格好な花は、その場に置くと、枯れていった。
そして実をつけ、実は育ち、種を落とす。
種からは芽が出て、苗木に、そして大きな木へと変貌していく。
木こりたちの目の前にはかつてあった巨大な木があった。
「こりゃすごいな」
「そうね。これもあなたが手伝ってくれたおかげよ。褒美にこのあたりの木は全部あなたにあげるわ」
「そりゃすげーや」
あたりの木々が戦々恐々とするさまを見て、少女はシニカルに笑った。
「じゃあ、この木がいい。いい材木がとれそうだ」
木こりは巨大になった木を指差し、斧を振りかざした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
カツン。
森じゅうに乾いた音が響いた。
「その木は駄目!あんた正気なの?」
カツン。
「駄目って言ってるでしょ!さっきやっと蘇った木なんだから!」
斧が奏でるリズムは、やむことなく続いた。
少女が脱力してへばっていると、木こりが汗をふきやってきた。
「そろそろ倒れるから、危ないぞ」
「あんた、私があの木の精霊だって言ったの聞いてなかったの?」
「ああ聞いたよ。だからまた俺が花を作ってやればいいんだろ。そしたらまた木が生えて、俺はその木で大もうけできる」
「あんた馬鹿?」
バキバキと轟音を立てて倒れる巨木。
それを見つめる木こりと精霊。
「じゃあ、また花彫ってもってくるから・・・」
話しかけた先に精霊はいなかった。
「何じゃ、せっかちなやつじゃ」
そこには巨大な木の跡がある。
その中心には花のようなものが供えられていた。
ただその花は、苔むした緑色の塊のようである。