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七曜の花  -月の花ー

森の中に一輪の花があった。

夜にしか咲かない大変珍しい花で、月光を浴びキラキラと輝いていた。

その花には精霊が宿り、花の手入れをしていた。

葉を食む虫やカタツムリなどを引っぺがし、近くの泉から水を汲んでは与えていた。

キカン坊のイノシシにこのあたりを荒らしてくれるなと注意したりもした。

また、時折やってくるフクロウなどと一緒に、神々への賛歌を歌ったりもした。

花の精霊は、花の世話をすることに喜びを感じていた。


ある日、一人の狩人が道に迷い、森の奥へとやってきた。

そして泉で精霊と出会う。

「何と美しい」

思わず狩人は声に出していた。

泉で水汲みをしていた精霊は狩人の気配を感じると、そこに水をぶっかけた。

「立ち去りなさい。人間。ここは、お前のような卑しきものの来るところではありません」

「帰りなさいと言われても、私は道に迷いここまで来たのです。何処をどう行けばいいのやら」

ずぶ濡れになりながら狩人は弁明する。

「では、案内するものを紹介しよう。そして、さっさと立ち去るがよい」

精霊はフクロウを呼び出し、狩人にフクロウについていくよう言った。

そして、精霊は踵を返し、立ち去った。

(美しい。あの美しさは人外のものなのだな。人の身に余る美しさという訳か)

狩人は一目で精霊に恋に落ちていた。

フクロウに連れられて森を出る間、ずっと精霊のことを考えていた。

森を無事出ると、狩人はフクロウに礼だと言い、昨日捕らえた獲物を差し出した。

そして、

「フクロウよ。この恩、感謝してもしきれない。どうか明日も供物をもってくるので受け取ってはくれないか?」

と言った。

フクロウは了承したのかしていないのか、狩人の上をくるくる回って森の方に消えていった。


翌日、狩人はフクロウと別れた場所に獲物をおいて、フクロウを待った。

フクロウが来てくれるか心配だったが、無事来てくれて獲物を受け取ってくれた。

そして、狩人は森に消えたフクロウの後を急いで追った。

追いながら今度は迷わぬよう、木々に傷をつけていく。

うっそうとした森を抜け、たどり着いたのは精霊にあった泉である。

そこには精霊はいなかった。

落胆する狩人。

狩人は夜露に濡れることも気にしないで、その場に寝転がり、月を眺め、星を数え、彼女を待った。

「そこで何をしている」

狩人がうとうととしかけた頃、声をかけるものがいた。

狩人は飛び起き、声の主を見る。

(やはり美しい)

そこには精霊が立っていた。

「何をしていると聞いている」

「また道に迷ってしまって・・・」

「そうか、ではまた使者を呼ぼう。そしてとっと失せるがいい。人間」

そう言って踵を返し、立ち去ろうとする精霊をあわてて呼び止めた。

「待ってくれ。すまない、嘘をついた。実は君に会いに来たんだ」

「私に?」

「実は君に一目会ったときから好きになってしまったんだ」

「戯言を」

「これは嘘じゃない。真実だ。信じてくれ」

「くだらない。人間、言葉を選べ。貴様のはらわたこの場でぶちまけたいのか?」

「本当だ。愛している」

精霊は鼻で笑い、立ち去った。

「俺はまたここに来る。君に俺の気持ちが伝わるまで、何度でも、何度でも」

精霊の答えは返っては来なかった。

狩人は肩を落とし、森を後にした。


その日から狩人は、精霊のもとを毎日のように訪れた。

そして、毎回のように拒絶の言葉を浴びせられ、落胆して森を後にするのである。

時には狼や熊をけしかけられたこともあった。

それでも狩人は精霊のもとを訪れ、愛をささやくのである。

だが、月日とともに少しずつの変化はあった。

それが、狩人にとってたまらなく嬉しかった。

やがて、精霊のかたくなに閉ざしていた心の扉は開かれ、狩人に興味をもつようになった。

興味は、好意に変わり、精霊は自分でも気づかぬうちに狩人に恋していた。

しかし、


「私は怖い」

「怖い?何が?」

「例えば、もし、仮にだ。私たちが恋人同士となったとしたら、どうなるのだ?」

「どうにもならない。こうやって二人で過ごす幸せな時間を噛みしめるだけだ」

「だが、人間は短命なのだろう?そんな時間はあっという間に過ぎてしまう」

「精霊はそれほど長寿なのか?」

「分からない。私は気づいたころにはここにいたからな」

「そうか」

二人は月光の中、寄り添い座っていた。

普段傲慢ともとれるほど強気な彼女が、うなだれている。

狩人は何とか励ましたいとは思うのだが、何もいい言葉は浮かばない。

何か良い手はないものかと、思いは巡るだけである。

ふと、狩人は一輪の花に目がいく。

おもむろに狩人は、花を手折り、彼女の髪にさした。

「美しい」

彼女は髪にさした花に気づき、

狩人に向かい、

にっこりと微笑んだ。

そして、彼の懐の中で光の粒となって消えた。

彼女の消える様を見て、狩人は驚き、彼女を求めて森を探しまわった。

彼女の名を叫び、森を駆け回った。

彼女のことを森の動物たちに聞いて回った。

彼女はもういなかった。

後には手折られた花が月光に照らされているだけである。

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