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空蝉の子

俺は散歩に出ることにした。

たまった仕事をほったらかしにして、気ままに外に出るのは存外いい気分である。

しかし、夏の日差しはきつく、俺はすぐにばてた。

近所の公園を探して、休むことにした。

ベンチに腰をかけ、タバコをくゆらす。

夏休みに入っているのだろう、小学生が楽しそうにはしゃいでいる。

できることなら俺にその元気を少し分けて欲しいくらいである。

俺にも夏休みが欲しい。

俺にあるのは、くだらない仕事の山だけである。

仕事を忘れるために散歩に来ているのに、散歩して仕事のことを思い出すとは、いつから俺はこんな真面目人間になったのだろうか。

立派な大人になったものだ。

嬉しくて反吐が出る。

少年たちよ、決してこんな大人になるんじゃないぞ。

はしゃいでいた少年たちはもういない。

元気なことである。

いるのは一人だけである。

ぽつりと一人だけ男の子がいた。

その男の子はじっと木の幹を見ていた。

何かあるのだろうかと、少年のそばに寄ってみると蝉の抜け殻があった。

「蝉か・・・」

「うん」

「珍しいもの見つけたな、坊主。これは蝉の抜け殻だ。蝉の幼虫が成虫になった時のものだ」

「これは蝉のおうちじゃないの?」

子供の発想には驚かされる。

俺は立派な大人になりすぎて、彼の言うことに笑ってしまった。

「おうちじゃないな。蝉は大人になったらもうここには入らないよ」

「そっか・・・じゃあ、僕が住んでもいいのかな?」

「坊主が住むのか?ここに?」

俺は思わず、住めるものなら住んでみるがいいと言いそうになって、言葉をのんだ。

子供の純真な心を目の前にすると、自分がいかにすさんでいるかをまざまざと実感させられる。

「駄目かな?」

「まあ、無理だろうな」

「そっか・・・」

「坊主にもうちがあるだろ?それで我慢しろよ」

「でも、僕お母さんに追い出されちゃったし・・・」

なんだ、家出少年か?

またややこしいのに関わっちまったなあ。

少し声をかけたことに後悔し、とりあえず警察かなあと携帯を取り出す。

「なあ、坊主。今警察呼ぶから、おまわりさんに君の母さん説得してもらおう」

俺は少年をあやすように頭をなでようとした時、少年は驚いたように後ずさった。

ああ、こいつは俺と一緒か。

少年はおびえたような眼で俺を見ている。

知ってるもんなあ、この眼。

俺は携帯をしまい、少年の目線と同じになるまでしゃがんだ。

そして、俺の手がちゃんと見えるように、下から彼の顔にゆっくり手を近付けた。

彼の頬を指でなでてやる。

しばらくなででやると、安心したのか、頭をなでても逃げなくなった。

それから抱きしめてやった。

少年は落ち着きなさそうにまごまごとするが、放してはやらなかった。

彼の呼吸に合わせて、抱きしめた腕の上からトントンと心地よい振動を与えてやる。

少年はコクリコクリとしながら睡魔と闘うが、ついに負けてしまう。

俺は少年を抱きかかえ、ベンチの方に連れて行く。

少年の服をたくしあげると、やはりそこにはあった。

昔自分の体にもたくさんあったあざである。

しかし、弱ったなあ。

気楽な散歩が思わぬ拾いものをしてしまった。

これからのことを考えると非常に憂鬱だ。

俺に出来ることは限られているとはいえ、乗り掛かった船である。

何も知らんふりはできなかった。

とりあえず俺に出来ることといえば、眠っている少年に、俺みたいな立派な大人になるなよと語りかけることぐらいだった。

栖坂月先生


これは上手いですね。

始まりから終わりが全く予想できませんでした。少年の少年らしさに感心する辺りまでは普通の印象だったのですが、その後の展開が急激でありながら無理がなく、主人公の大人びている部分を説明することなく深く納得させてくれました。

これは鮮やかです。

山羊ノ宮先生には一人称が向いているのかもしれませんね。改めてそんなことを思いました。

それでは


夢念先生


読んだ2作続けて展開がほぼ同じだったので結構びびりました。

夏休み(土師海月先生-その他)を、この作品の前に読みました。


両者共に自分の過ぎてしまった夏休みに思いを馳せる筆者が、少年に語りかける物語なのですが、僕自身は等身大の過ぎてしまった夏休みに対する率直な侘しさみたいなものをもっと詳細に読んでみたいなぁと思いました。むしろ少年との距離がもっとあったほうが、リアルで面白く語れるんじゃないかなと。

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