井戸の底 (残)
私は生きている。
たぶん生きているのだろう。
ここは暗くて、何も見えない。
日の光も、月明かりでさえ入ってこない。
体は全く動かないけれど、髪も爪も伸びている。
腹に刺さった包丁のせいで、熱くうずく痛みは絶え間ない。
今も腹からは血が流れ続けている。
時々桶が落ちてきて、私の血で赤く染まった水を汲んでいく。
人の声もたまには聞こえる。
その声がたまらなく恨めしくもあり、恋い焦がれるものでもあった。
ある日、私は気づいた。
髪の先が少し自分の意思で動かせることを。
この髪を井戸の外まで出すことができたら、もしかしたら誰か私に気づくんじゃないか、そう思った。
私の髪は、まるで植物のツタのように井戸の壁を這っていく。
少しずつ伸びる髪が、たまらなくうれしくなった。
早く伸びろ、早く伸びろ、そう念じた。
ジャポンと水の跳ねる音がした。
誰かがいたずらで小石を投げ込んでいるのだろうか?
早く止んでほしい。
しかしそれが止むことはなかった。
今度は私の体にドサッと砂がかかった。
私は気づいた。
この井戸は今埋められている。
髪はまだ井戸の入り口には達してはいない。
たぶん気づかれないだろう。
私は叫びたかったが、声は出なかった。
私は生きている。
私はここにいる。
誰か助けて。
無情に降り積もる砂。
そして、私は埋められた。
私は生きている。
たぶん生きているのだろう。
息苦しく。
体中の骨がきしんでいる。
相変わらず腹に刺さった包丁は、私に熱くうずく痛みを与えている。
髪の先は以前と同じように少し自分の意思で動かせるが、砂の重みで思うように動かない。
私は絶望した。
ある日、私は気づいた。
爪の先が少し自分の意思で動くことに。
私の爪は地上を目指した。
それは発芽する芽のように、確実に土をえぐり地上を目指す。
髪の伸びる速度に比べると、やはり遅いものだが、私はたまらなくうれしくなった。
私は祈った。
爪が地上に出て、私の存在を示すことを。
私が生きていることを示すことを。
私の爪は今も地上へ向かい伸び続けている。