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魔女ジルルキンハイドラへの要請

深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。

魔女の名は、ジルルキンハイドラ。

その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。

そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。

俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。

ペットの名はトットルッチェ。

人語を解する稀有な黒いライオンである。

ある日のことである。

一人の兵士が訪れた。


「すみません。ジルルキンハイドラ様はいらっしゃいますか?」

「ふぁ〜〜〜い」

ジルは奥の方から、スプーンをくわえたまま玄関にやってくる。

手にもった皿の上では、木イチゴのゼリーが少しえぐられているもののプルプルしている。

「失礼いたします。私はルークベニア王国からまいりました。国王様から親書を預かっております。どうぞ」

兵士はロウで封をされた手紙を手渡した。

ジルはゼリーを落とさないよう慎重にテーブルに皿を置いた。

「どうしたの?手紙?」

「うん」

トットルッチェが奥から出てくる。

顔にはイチゴジャムがいっぱいまとわりついていた。

手でぬぐっては、ペロペロとなめている。

「なになに、どんな内容?」

ジルは乱雑に封を切ると、手紙を読みだした。

「えっとねえ、戦争するから、従軍しろって」

「戦争?」

「はい。現在隣国のアッシュラント王国が不審な動きをしていると報告があります。そこでジルルキンハイドラ様の千里眼で、敵国の状況を知りたいと国王は仰せです」

「そう言えば、アッシュラントの方は日照り続きだったから不作続きで大変だろうからね。今の状況じゃ攻めてくるかもしれないね」

「そうなのです。アッシュラントはそれほど豊かな国ではありません。ですが、山岳の民というのは屈強で、兵の士気も高いのです」

「それを相手にする兵士さんも大変だね」

「はい。こんなことを言うのはどうかと思うのですが、私も彼らを相手に正直戦いたくありません」

「強いもんね。僕も大きい熊とか見つけたら逃げるもん」

「はい。ですが私は兵士ですので、逃げるわけにはいきません」

「兵士も大変なんだね」

「はい」

トットルッチェと兵士が話している間、ジルはずっと手紙を見たまま無言だった。

「どうでしょう?ジルルキンハイドラ様。私と一緒に来ていただけますか?」

ジルは少し悩み、そして答える。

「お断りします」

兵士は唖然とした。

しかし納得したように、

「・・・そうですか。それでは、もしもの時は力ずくでもお連れするよう国王様から仰せつかっております故」

兵士は剣を抜いた。

「ほんと、兵士は大変なんだね」

「ええ、全く」

トットルッチェと兵士の間に緊張が走る。

「ルークベニアは豊かな国です。ですが今回の戦、確実に負けるでしょう。私はわざわざ負け戦に行きたくはありません」

「お言葉ですが、ジルルキンハイドラ様は何故今度の戦が負け戦になるとおっしゃっておられるのでしょうか?」

「ルークベニアでは大商人たちが保身のために大量に人を雇っている。思うように兵が集まっていないはずです」

「そこまでご存知でしたか。さすが、魔女ジルルキンハイドラ様です。ですが、それだけでは負け戦の要因にはならないでしょう。国の手前であれば大商人たちも兵を貸します」

「ルークベニアは地理的に守るに難く、攻めるに易い。それは誰の目に見ても分かることです。だからこそその前の関で敵兵を止めなければいけないが、それができない」

「なにもかもお見通しというわけですね。ですが、だからこそジルルキンハイドラ様のお力を何としてもお借りしなくてはいけません」

兵士はいまにもとってかかりそうである。

トットルッチェは牙をむき、のどを鳴らし威嚇する。

「私に策があります。少し待っていてください。国王あてに手紙を書きますので」

ジルは二人の対峙をよそに、手紙を書き始める。

そして、それを兵士に渡す。

「従軍はしません。ですが、この手紙通りにすればルークベニアが負けることはないでしょう」

兵士はまじまじと手紙を見る。

「中身を拝見してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

「・・・これは?!」

手紙には、

国中の民を連れて、北の街道を使い、アッシュラントを攻めるべし

と書かれていた。

目を見開く兵士に対して、ジルはにっこりと微笑んで見せた。


「ジル。あんなのでほんとに戦争に勝てるの?」

「えっ?私は勝てるなんて言ってないよ」

「なんかそれって騙したんじゃ」

「だましてないよ〜。いちばんいいと思った方法を提案したんだから」

「ならいいけど」

「あと、トットルッチェにお使いお願いしてもいい?」

「お願いの内容と報酬による」

「お願いはアッシュラントに手紙の配達、報酬は新しい罠を教えるのでどう?」

「うん、分かった。いいよ」


数後日、兵士がまたジルのもとを訪れた。

「すみません。ジルルキンハイドラ様はいらっしゃいますか?」

「あー、この前の兵士さん」

トットルッチェは、壁についた耳かきの梵天のようなモフモフで耳掃除していた。

「先日は失礼いたしました。あの、ジルルキンハイドラ様はいらっしゃいますか?」

「今ジルは昼寝中だから起こさない方がいいよ。寝起きすごく悪いから」

「そうですか。一言お礼を申し上げようと思ったのですが」

「その様子だとうまくいったみたいだね」

「はい。我が国の被害も少なく、無事アッシュラントを攻めとることができました」

「これから大変だね」

「そうですね。治水に開墾、道路網の整備などやることは山のようにあります」

「ルークベニアの方はどうなの?」

「あそこにはもう何もありません。物資は全部アッシュラントに運びましたから。あるといえば土地と海ぐらいなものでしょう。攻めとられてもいたくもかゆくもありません」

「ふーん」

「それではこれは国王からの謝礼です」

兵士は金貨の入った袋を渡すと帰って行った。


「ああ、おはよ」

「う・・・ん。トットルッチェ。誰か来てた?」

「前に来てた兵士さんが。ジルにありがとうってさ」

「そうなんだ」

「でもさ、ジル。これでよかったの?」

「何が?」

「結局とっかえっこしただけだし」

「いいのよ。アッシュラントに住んでた人は豊かな土地が欲しかった。あそこには海も森もあるわ。それで彼らは十分なの」

「じゃあ、ルークベニアに住んでた人は?」

「開墾するための牛馬もあるし、治水整備やら道路整備するための資金は十分にある。今頃今度は何で儲けようかみんな考えているかも」

「なんか今回のジルっていつになく真剣だったていうか。かっこよかったよ」

「だって私戦争嫌いだもん」

「よく言うよ。この前散々僕のこと殴ったのにさ」

「あれはトットルッチェが悪いんでしょ〜。ジャム全部食べちゃったから。なんか思い出したら腹立ってきた」

「駄目。ジル。戦争反対!」

その後二国間にはしばらくの間平和な時間が流れた。

水守中也先生


会話のやり取りが軽快で楽しめました。

ただ、ジルとトットルッチェのどっちのセリフか、わかりにくいところがあったかもしれません。

戦争の話なのに両国ともにみんなが幸せになるエンドは絶妙ですね。

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