羨望の音
うらやましいな。
そう私は素直に思った。
姉は買ってきたオルゴールをリビングの中央において、ねじを巻いた。
オルゴール独特の物悲しく、繊細な音色が響いた。
そこには両親がいて、姉がいて、私がいた。
きれいな音色だと両親がほめていた。
姉は朗らかにそれにこたえる。
私は、その光景をただ見ていた。
「よかったらあげようか?」
私は指くわえて見ている子供ではない。
そんなに物欲しそうにしていたのだろうか。
馬鹿にされた気がした。
「いらない」
私が冷たく言い放っても、姉の笑顔はゆるぎなかった。
姉はできた人間だった。
そそくさと立ち去る私を見ても怒りはしない。
だからこそ自分が余計にみじめな感じがした。
うらやましい。
いつもそう思っていた。
けれど、もうそうは思えなくなった。
姉が死んでもう数週間たつ。
今ではあのオルゴールは、私の机に飾られている。
「消えてしまいたい」
そう声に出てしまうほど、私は後悔していた。
姉のせいにしていた自分のあさましさが、姉のいなくなったせいでどんどんと露呈していくのである。
自己嫌悪の渦の中、私は一人部屋でふさぎこんでいた。
「いいよ」
部屋の扉がバタンと大きな音を立てて閉まる。
扉を見るが誰もいない。
ああ、そうか。
風通しが良くなるように窓を開けていたから、急にしまったんだと思い、窓を閉めた。
「消えたいのなら、お手伝いしてあげる」
ささやく声が耳元にした。
オルゴールが巻いてもないのになりだした。
私の頭もついにいかれたらしい。
声を無視して眠りにつくことにした。
「あなたもお姉さんと同じ、消えたがっているのよね?」
姉と同じ?
私は思わず幻聴に答えてしまった。
「そんなわけないだろ」
そして、鼻で笑った。
あの姉が何で消えたいと思うのだ。
「彼女は演じていたの。完璧な自分を。そして、そんな自分を嫌悪していた」
まさか?
姉は完璧なのだ。
怒りたいときでも、泣きたいときでも笑顔を絶やさない素晴らしい女性だ。
「そして、あなたのことをとてもうらやましがっていた」
私を?
それこそ冗談だ。
目の前に少女が現れる。
どうやら声の主はこの少女らしい。
「本当よ。自由で、素直に自分の感情を表現できる人間らしい妹だと」
「うそよ」
「それに引き換え、私はまるで人形のようだと」
少女は私の腹に手を当て、私の顔を見上げる。
「心当たりあるでしょ?」
ないと言えばうそになる。
気づくのが遅すぎた。
姉に対してすまないという気持ちでいっぱいになる。
「消えたいのなら手伝うわ。大丈夫。痛くもないし、苦しくもないわ」
少女は私の体から何かを取り出した。
少女の言う通り、痛くも、苦しくもなかった。
ただ意識がなくなっ・・・た・・・
少女がとりだした何かをシャリシャリと音を立ててかじっていた。
「やはり最期になって、恐怖心が芽生えたのかしら、少し味が落ちているわ」
その部屋には死体が一つ。
オルゴールが、その独特の物悲しく繊細な音を鳴らしていた。