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山の茶屋

夏にはいつも登山に行った。

それほど装備を整えなくてもいい場所をいつも選ぶ。

山はいい。

山で出会う人は、もうそこにいるだけで友人になれるのだ。

あいさつ一つで、人っていいなあと思えるのは山ならではでないだろうか?

今年も東北のとある山にいた。

ちょうど中腹辺りに珍しいものを見つけた。

茶屋である。

まるでそこだけ時代が切り離されたようだ。

「すみません」

「はーい」

奥から出てきたのは、美人の若い女性だった。

「お茶を頂けますか?」

彼女はにっこりと笑って返事した。

空は青く、通り過ぎる雲さえない。

彼女は奥からお盆に載せた急須と湯のみをもって、俺の隣に座った。

そして、俺の目の前でついでくれた。

彼女は着物の袖を抑え、お茶の入った湯のみを差し出してくれた。

「どうぞ」

湯呑からは湯気が立ち、正直飲みづらかった。

それでも、お茶に口をつけたのは、彼女が隣でじっと俺のことを見ていたからだ。

「・・・おいしい」

素直にそのおいしさに驚いた。

冷たいお茶のように、爽快感があるとはいかなかったが、熱いせいでお茶をゆっくりと味わうことができた。

俺が驚きながらお茶を飲む様子を彼女は楽しそうに隣で見ていた。

「おかわり入れましょうか?」

「はい」

彼女と少し話をしながら、結局三杯も飲んでしまった。

始終彼女は楽しそうにニコニコしていた。

「じゃあ、お会計お願いしてもいいですか?」

「お会計?」

そろそろ行こうかと会計をしようとした時、彼女は不思議そうな顔をした。

「おいくらでしょう?」

「いえ、お金はいりませんから」

「無料なんですか?」

「じゃあ、お客さんの楽しいお話がお代ということで」

「そうですか?じゃあまた来るときにはもう少し話のネタを仕込んでこないといけませんね」

「はい。楽しみにして待っています」

それから毎年夏が楽しみになった。

ほかの季節では味わえない、暑い日差しと熱いお茶、そして彼女。


そしてある年である。

その年もその山を登っていた。

「おい、兄ちゃんどこ行くんだ。危ないぞ」

おじさんに声をかけられた。

「そんな獣道いっちゃ、道に迷うぞ」

獣道?

その山は結構整備されていて、獣道なんてあったけと思った。

けれど目の前には確かに獣道があった。

「兄ちゃん、大丈夫か?何なら一緒に登っか?」

「そうですね」

俺は仲良くおじさんと話しながら山を登った。

「ここの山の茶屋が目的でよく登るんですよ」

「そうだな。ワシもふもとの喫茶店よくいくよ。あそこオムライスがおいしいんだよ。兄ちゃんもよかったら今度食べてみてみるといい」

「ふもとの?山の中腹になかったですか?茶屋が?」

「そんなものねえな。ワシずっとここの山の登っとるけど、そんなもん聞いたこともねえな」

そんなはずはない。

そう思いながら、いつも通り山をいつも通り登った。

茶屋はなかった。

翌年もその山に登っても茶屋はなかった。


山はいい。

君も登ってみるといい。

きっとやみつきになるだろ。

そして、もし君が彼女に出会うことができるなら、どうか俺の代わりにとびきりの話を彼女にしてやってほしい。

おいしいお茶と彼女の笑顔が待っているから。

YAS先生


最近山登りに興味を持っており、先生の作品をふと目にして読ませていただきましたが、とっても心にきゅっと来ました。

少しだけ背中に涼しい感じもありましたが、でもそんなオカルトな感じではなくて、アリスのような少し不思議な世界に紛れ込んでしまったような、そんな印象を受けました。


私も山登りする際には、面白いネタを仕込んで行ければと思います。


栖坂月先生


私は昔話が好きで、ネタとしてもよく使うのですが、これは見事なダイレクトアタックですね。

タヌキやキツネなどに化かされる話というのは昔話の典型パターンの一つですが、大抵は敵対関係にあります。実は私、その構図には昔から少し疑問を持っていたんですよね。そもそも、本当に何か目的――食べ物であれ何であれ、それを求めての行動であったなら、騙すだけなんてあり得ないと思うんですよ。持ち物を奪ったり、あるいは殺したり、いっそ食べてしまったりすべきですね。

もちろん、そういう話もあります。ただ、騙すだけの話の場合、もっと違う目的があったのではないのかなーと思ったのです。例えば、今回の話みたいなパターンはありでしょう。

まぁ、昔話の元になった体験談は、大半が自分の失態を隠すためのゴマカシであったり、目を逸らすための方便であったりというのが実情だと思っていますから、結局は人間のエゴなんだろうと思いますがね。

何だか感想とは言えないような話になってしまいましたが、この話が何だか微笑ましくて、ついつい思い出してしまいました。

また来ます。駄文失礼しました。

それでは

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