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紫陽花(アジサイ)

しとしとと降る雨に紫陽花が喜んでいた。

園芸部の仕業だろう。

土質の違いから、紫陽花は赤、青、紫のグラデーションができている。

あの葉っぱにかたつむりでもいたら絵になるだろうにと、少年は思った。

線で描けそうなやせ細った雨粒を少年はずっと見ていた。

放課後の教室に、少年が一人いた。

ほかにはだれもいない。

彼は課題をするために教室にいるのだが、一向に進みはしなかった。

彼の机には紙切れが一枚。

それが彼を困らせる課題だった。

課題の内容はこうである。

自分評価。

学習面、運動能力、自分の長所、短所。

以上四つの項目を書き込むと言ったものであった。

学習面、運動能力は五段階評価し、長所、短所についてはいくつ書き込んでもいいというものである。

黒板の上にかかげられた時計が、カチコチと彼をせかせるのだが、彼を思考の眠りから目覚めさせることはできなかった。

ここに書き込むべき自分とは、一体どの自分であろう、彼は悩んでいた。

1、 自分しか知らない自分

2、 他人しか知らない自分

3、 自分も他人も知っている自分

4、 自分も他人も知らない自分

彼にとって一体自分というものはどう表せばいいかわからなかった。

自分というものを深く考えれば考えるほど、自分という像の輪郭がぼやけてくるのだ。

長男である自分、学生である自分、日本人である自分、男である自分、人間である自分。

それらすべてが自分を構成する存在であるにもかかわらず、自分自身を表すのに一つたりと適した自分はいなかった。

結局ペンは進まず少年は、窓の外ばかりを見ている。

もしあの雨粒一つずつが、意識を持っていたとしたらどうなるのだろうか?

もちろん科学的にそんなことはありもしないことだと思う。

たとえ脳内の思考が電気信号のやり取りなのだとしても。

だが、ほかの学問ならどうだろうか?

たとえば哲学など。

少年は哲学をよくは知らなかったが、曖昧なものを学問に昇華するものとして思考の後ろ盾とした。

降り注ぐ意識は、地面に落ち、水たまりとなる。

水たまりの中での個々の意識は、混ざり合い、一つとなる。

そこには大きな一つの意思ができるのであろう。

ちょうどあそこに咲く紫陽花のように。

個々の花が集まり、大きな花となる。

やがて地面に染み込み、植物の中へ、動物の中へ、意識は移ろうのだ。


日は傾き、雨がやんだころ。

今まで沈黙していた彼のペンが紙を書きなぐった。

学習面、5。

運動能力、5。

長所、全部。

短所、ナシ。

雨がやみ、先ほどまで悩んでいたのがウソのように思考は晴れやかだった。

もしかしたら、自分はだれなのかと悩んでいたのは彼の思考ではなかったのかもしれない。

降り注ぐ雨粒の意識。

水たまりの混合した意識。

植物に取り込まれる意識。

それとも彼自身の三分の二を占める水分だったのだろうか。


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