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向日葵(ひまわり)  (残)

小高い丘に一輪向日葵が咲いていた。

その向日葵は二メートルほどもある大輪で、遠くからもよく見えた。

そこいらの土地は痩せていて、作物は育たない。

まして花なんて咲きはしなかった。

そこに住んでいた人たちは不思議がった。

あの向日葵は何で咲いているのだろうと。

やがて、その向日葵は国中でうわさとなり、観光客が訪れるほどになった。

健康祈願の象徴として、その向日葵はもてはやされ、種はお守りとして売られた。

そして幾年か過ぎたころである。

今年も向日葵は一輪だけ丘に咲いた。

向日葵を拝むのに長い列ができていた。

その列を挟むように、屋台が並び、土産や、涼を得るものなどが売られていた。

年を追うごとににぎやかとなり、村は潤った。

巡回中の村の若者が、変わった老婆を見つけた。

老婆は手に大きなシャベルを持っていて、並んでいる参拝客をかき分け丘を目指していた。

「ちょっとそこのおばあさん。そんなに急いでどうしたね?」

老婆は若者を一瞥しただけで、えっちらおっちら丘を登っていく。

「ちょっと待ちな。そんな物もって、まさか丘の向日葵堀に行くんじゃないだろうな」

「そうだよ」

老婆は吐き捨てたように言い放ち、また丘を目指す。

若者は夏の陽気におかしくなったのかと、げんなりした。

そして、仲間を呼び、老婆を村の詰め所まで連れて行った。


「何するんだい!」

「まあ、おばあさん。落ち着いて」

詰所には若い駐在さんが一人、ほかには村の男衆が幾人かいた。

駐在は老婆をなんとかなだめながら席に着かせる。

「なんでまたあの向日葵を掘ろうとするんだい?あれはこの村のご神体みたいなものなんだよ。この村の人たちにとって大切なものなんだ。なのにそれをとったらみんな困るだろ」

駐在が老婆に対して、ゆっくり落ち着いて話しかける。

「はん。何がご神体だ。あれはそんな大層なものじゃないよ。単なる目印さ。私がほしいのはその下に埋まっているものなんだ」

「あの向日葵の下に埋まっているもの?」

駐在は村人を見回したが、皆一様に首を振った。

「何が埋まっているんだい?」

老婆が駐在を見つめ、重く口を開く

「私の孫娘さ」

そこにいる皆が驚愕した。

何かの事件かと思い駐在は調書の用意をし、老婆にまた質問をした。

「なんであの向日葵の下にあなたのお孫さんがいると、お思いになられたんですか?」

「孫娘は、何年か前に駆け落ちして私の村から出て行ったんじゃ。ずっと連絡もなく心配して居ったんじゃが、何日か前に孫娘が夢枕に立っての。駆け落ちしたその男に殺され、今は向日葵の下に埋められていると言ったんじゃ」

なんだ与太話かと村人の一人から嘲り笑う声が聞こえた。

老婆の妄言で話が収まろうとしたとき、一人の村人が言った。

「でも確かに、俺たちはあの向日葵の下に何が埋まっているのか知らない。もしかしたらあの向日葵の秘密がわかるんじゃないか?もちろんあの向日葵の下に死体が眠ってるなんて、思ってもみないけどな」

老婆が一人わななく中、皆一様に笑い声をあげた。


それから夜になって、丘の向日葵の下を掘ることにした。

もちろん老婆の言葉を信じてというよりも、その下に何かあるのではという好奇心からである。

夜の帳の中を、シャベルの土を掘る音が静寂をかき乱した。

がりっと何かに当たる感触。

「何かあるぞ。光をくれ」

カンテラに照らされたそれは、

白骨化した死体だった。

老婆がうめきを漏らし、村人たちは閉口した。

死体の体には向日葵の根がくまなく絡みつき、まるで血管のようだった。

「ほら見たか。私の孫娘じゃ」

老婆は死体に近づき、しわしわの頬を白くくすんだ骨にすりつけた。

「一人でこんなところで苦しかったろうに、つらかったろうに。今ここから出してちゃんと供養してやるからな」

やさしく老婆は語りかける。

掘りあてた死体が、本当に老婆の孫娘かは確かめようもなかった。

死体となったものが語るべくもないのだから。

「ささ、はよう掘り出しとくれ」

「それはできない」

一人の村人が言った。

「なんじゃと」

「掘り出したら向日葵が枯れてしまうかもしれない。そうしたらこの村はまた貧しい時に逆戻りだ。だからできない」

「ふん、それじゃ私一人でもやるよ」

老婆は腕をまくり、シャベルを構える。

その様子を見て、先ほどできないと言った村人の男がシャベルを持った。

男はシャベルで老婆の頭をうしろから殴った。

老婆は動かなくなった。

生きているか、死んでいるか分からなかったが、とりあえずは動かなくなった。

その動かなくなった老婆を穴に放り込むと、その男は上から土をかぶせていった。

男の周りの村人は、悲痛な顔の者や、非難の表情で見る者もいたが、誰も彼にとってかかろうというものはいなかった。

その男がやらなければ、違う誰かが手を出していただろう。

その男を殺しても罪をかぶる人間が変わるだけである。

皆一様にそのことをわかっていた。

その男は一人で土を盛り、向日葵を植え直した。

周りはただその男の様子を見つめるだけである。


そして、また幾年か流れた。

人々の関心は移ろいやすく、向日葵の信仰は徐々に薄れていった。

次第に村もさびれていき、さびれるにつれて向日葵の扱いもぞんざいになっていった。

もうお参りする人間など皆無となってしまった。

そして、今年も丘にはたった一輪向日葵が咲いている。

栖坂月先生


面白かったです。

私も死体と植物というネタで一作構想しているのですが、こちらの方がテーマもストーリーも洗練されている印象でした。いずれ書くと思いますんで、そんな話が出てきたら笑ってやってください。

それにしても、この話は綺麗だと思いました。

出来事自体はファンタジックな印象があるのに、背後に見え隠れする事実が妙に現実的で、それが胡散臭い昨今の報道を見せられているかのような、現代でも転がっていそうな話にも思えましたね。むろん、死体が埋まっているからといって都合良く向日葵が咲くことはないでしょうから、実際にはあり得ない話でしょうが。

そういう印象も含めて、これは面白かったです。

これからも期待しています。それでは

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