やっと見つけた、探してた
「それにしても、よくこんな子地方番組で見つけたわね」
「関西のホテルに泊まった時にね。たまたま見つけた」
翌日、東京某所、アキハラエンターテインメントの事務所内にて。鈴浦知世と秋原賢人は、オフィスで開いた鈴浦のデスクトップの画面を眺める。そこに映るのは、先日放送されたドキュメンタリー番組の密着取材でインタビューを受ける壮太の姿だった。
「しかしほんといい表情するわ、この子」
宇宙飛行士の格好をした少年。キラキラとあどけない純粋な目を輝かせ、さいたまスーパーアリーナで堂々とパフォーマンスをする。スカウトをした時の表情的には落ち着いていたため既にどこかの事務所に所属しているのかと思ったが、話を聞けばそうでもなさそうだ。
マーチングやブラスバンドに詳しくはないが、壮太の演技力を理解するためにも少し調べてみたところ、マーチングバンドはテーマを決めてそのテーマに沿って何曲も演奏しながら動いてパフォーマンスをするものだった。
「……"夢見る少年少女"、ねぇ」
その年の壮太の所属する葉月第2マーチングバンドのテーマタイトル。そもそも、マーチングを何も知らない素人からすればこの画面に映る小学生たちは職人集団だ。しかし、ドキュメンタリー番組ならではの裏側や素顔が、壮太の圧倒的なセンスを感じさせたのだ。
「あんたはどうせこの本番のこの映像だけでスカウトしたいとか思い始めたのかもしれないけど、それならこの隣の女の子だってよく見たらいい顔してるわよ。こういうのは普段がどう言った子なのかがキーパーソンになることもあるの」
図星をつかれた弟は言い返す言葉もなく口を開くことすらできない。密着取材での壮太と演技をしている壮太。全く表情が違うとは感じていたが、見れば見るほど彼にしか目が行かなくなる。身体の奥底から、指の先まで全身で"夢見る少年"を演じているのだ。それだけではない。5年生ながらに部長とはまた違うマーチングのリーダーという肩書きと共に、バンドの表現を徹底的にこだわっていた。
《ななみママ。ガードのメイクやねんけど、前列の子たちの目元のキラキラなくしたら地味かな》
《ここのフラッグ持って走るところなんですけど、流れ星みたいな感じもっと出したいんでもっと旗のキラキラ感が目立つようにゆっくり揺らすように走って欲しいんですけど、難しいです》
細部までこだわり抜く彼に思わず関心してしまう。
「すごいわね、本当に。声もいいし、何よりも普通の小学生よりも成長が早いんじゃない? 普通に6年生ぐらい身長あるわよ、この子。……是非ともうちのタレントになって欲しいんだけど」
「本当に。本人がその気なら尚更早くしないと他の事務所にとられる。サニーさんに見つかる前に……いたっ」
秋原が焦ったように壮太のパフォーマンスの映像を再生し直すと、鈴浦にファイルで頭を叩かれた。
「ほら、いつまでもジュニア時代に捕らわれない。自分で決めたんでしょ、裏方に専念するって」
「……うん」
弟は主に男性アイドルを売り出す大手のサニーズ事務所にCDデビュー、俳優デビューをしていないタレント、所謂"サニーズJr."として所属していた。知名度もそこそこながら、挫折を繰り返してついに退所したのだ。
「さて、あとは本人からの連絡を待つのみ。それと賢人、この葉月第2の県大会の結果はどうなったの?」
「ちょっとまって。……あ、県代表で関西大会に進出してるみたい」
「そう。じゃあ連絡がなかったら関西大会に行く方がいいか。それいつ? 調べといてね」
「え、俺ですか……」
「おはようございまーす!知世さん、来たよー」
「うらら。お疲れ様。打ち合わせしましょうか」
「あ、うららさん、お疲れ様です」
「賢人さん! ご無沙汰してます」
オフィスに現れた、制服姿の少女。現役中学生女優の紅本うらら。アキハラエンターテインメント所属の看板女優が登場した。鈴浦はうららの数多くいるマネージャーのうち、統括でまとめるチーフマネージャーである。
「学校お疲れ様です。今夏休みじゃないの?」
「そうなんですよ〜、ほら、ちょうど映画撮ってた時に期末テストだったから補習で……って、何見てるの?」
「あー、これ、この子。昨日スカウトしてきたの。俳優にぴったりじゃない?」
「……どれ? この男の子? って、小学生? なんかでかくない?」
うららはずかずかと鈴浦たちの間に割り込んで、画面を覗き込んだ。
「小学生。こないだ会ったけどたぶんまだ伸びてる。次アップくるよ。あ、この男の子───」
「えッ!? ちょっと待って!」
少年の表情がアップで映りこんだところで、うららは大声をあげてさらに画面に顔を近付けた。
「え、この子? 名前は?」
「え? 成宮壮太くんだけど」
「"ナルミヤ"……?」
動揺したのか動画を止めたうらら。まじまじと壮太を眺め、やっぱり、と確信をついた。
「"壮ちゃん"……!」
「うらら、成宮くんと知り合いなの!?」
「知り合いとかじゃなくて、……うんと、えっとー……そう、幼なじみ! この子、あたしちっちゃい頃からの友達!」
片言になりながら鈴浦に必死に訴える。
「え、壮ちゃん、うちで俳優やるの!?」
わたわたと混乱状態のうららだが、鈴浦も、もちろん秋原も困惑している。
「違うわよ、スカウトしただけ!」
「まだ本当に昨日スカウトしたばかりなので、うちに話を聞きに来てくれるかどうかはなんとも……」
また勝手にパソコンのマウスをクリックして、うららは再生させる。偶然知っている友人をスカウトしたと言うだけなのに、何故こんなにも動揺しているのか。うららが動画を巻き戻してストップさせたところは、"成宮 壮太くん (11)"と言う名前のテロップが出ているインタビューの場面だった。
「このほっぺたの黒子……。成宮、壮太、───ナルミヤ……鳴宮壮亮、鳴宮 真子、野咲耀子、野咲、壮、真子、───"野咲 壮真"……!やっぱり絶対壮ちゃんだ。知世さん賢人さんッ! 絶対この子うちの事務所に入れて! 絶対!」
秋原の肩をがしりと掴んで揺さぶる。こんなにも取り乱すうららは長年マネージャーをしているが久しぶりかもしれない。
「うらら、うらら。わかったから落ち着きなさい。まずはこの子からの連絡を待っているから。連絡が来なかったら、またそこから考えるから」
「でも、ほんとに早くしないとそれこそ他の事務所に取られちゃうよ!」
「大丈夫よ、それは私たちがなんとかするから。どうしてそんなにこの子にこだわるの」
スカウトをした身としては必ずうちの事務所でデビューさせたい気持ちはわかる。しかし一タレントである彼女はどうしてここまで必死なのだろう。
「やっと見つけた、壮ちゃん……!」
ずっと探してた。懐かしむような、動揺したようなうららは、またマウスをクリックして、カメラに笑顔を向ける壮太を瞳を揺るがしながら眺めた。