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陽真のせかい  作者: 星野 美織
想うだけで、それが夢
3/12

成宮家

「壮太、スカウトされてた?」

 県大会が終わり、双子の姉、真緒と2人、並んで夕焼けの帰り道を歩く。壮太たちの所属するマーチングバンド、"葉月第2マーチングバンド"のロゴが入った大きめのエナメルバッグの中には、それぞれ衣装やタオル、その他大会で使用したもので普段のランドセルよりも重くなっていて、疲れもあっていつもよりもゆっくりと歩いていた。先程の鈴浦たちとのやり取りを遠くから見ていたようで、目も合わさず前を向いたまま尋ねられる。

「……うん」

 彼女に嘘は通用しない。無駄で下手な嘘をつくよりも、正直に言ってしまった方がいいのだ。

「断ったん?」

「断る前に向こうの人ら帰ってった」

「ふうん」

 スカウトと言えば普通は驚いて動揺したり、舞い上がったりするものだ。こんな状況で平然とできるのは、自分たちだけだと思う。

 マンションの入口のロックを開けて、エレベーターに乗り込む。

「……今日のご飯、なんやろ」

「おばあちゃん、もう来てるんちゃう?」

 そう呟き合った頃には、エレベーターは最上階まで登っていた。

「ただいま」

 玄関の扉を開けて、真緒に譲る。これも習慣で、父からの教えだった。先に入った真緒に続いて、壮太も家の中へと入る。

「ただいま」

「おかえり!」

 真緒が座り込み、壮太が片手を壁に付きながら狭い玄関で2人で靴を脱いでいると、自分よりも十数センチは高い影が現れた。

「はるくん。ただいま」

 今年から大学生になった兄、陽史(はるふみ)。紺色のエプロンを身に包んで、笑顔で双子の弟妹を迎えた。

「どうだった?……って言っても県大会やしな。おばあちゃんが天ぷら揚げてくれてるよ。手洗って、お風呂1人ずつ入ってき」

「「は〜い」」

 真緒はあまりコロコロと表情が変わらない。しかし彼女がせんめんじょに向かう足取りは軽く、夕飯が大好物である祖母の天ぷらであることに喜んでいる。あまり関わりはない者からすれば何も変わらないと言われるが、自分は、と言うより家族や親しい者からすればわかりやすい。

「真緒、先入ってきてええよ」

「髪ほどかなあかんから時間かかるけどええの?」

 女子は基本的に、前髪も全てワックスで固めて、更にはダンスを踊るメンバーは化粧もしている。真緒は毎年、パフォーマンスをメインとしたポジションなのだ。

「いいよ別に。頭すっきりしたいやろ、汗もかいたし。先入ってき」

「わかった。ありがとう」

 うん、と頷き、真緒とは別れてリビングへと足を運んだ。

「壮ちゃん、おかえり〜。今日もよう頑張ったなあ」

「壮太! 今日もカメラついとったか?」

 リビングに入ると、祖母がキッチンで兄と料理をし、そして祖父がテレビの前のソファに座っている。

「ただいま。今日は僕のとこにはおらんかった。次の関西はインタビュー受けてって今日言われたよ」

「そうか〜、今年も楽しみやな」

 祖父の隣に座る。祖父が見ていたのは、報道番組でもバラエティ番組でもない。祖父が見ていたのは、先日放送されたばかりの、葉月第2が密着取材を受けたドキュメンタリー番組だった。

「また見てたん?」

「こんなんなんぼでも見たなるわ! 壮太のも真緒のも、はるの載ってた雑誌も、ずーっと見れる。まあ、真緒は多すぎて録画しきれへんかったけどな」

 カラカラと笑う祖父の隣に座る。パフォーマンスをする自分の姿がアップで映ると、祖父は声を出して喜んだ。

「ほんまに壮太は、お父さんそっくりな顔しとるわ」

「……はは、そうかも」

───月日を重ね、身長も伸びて顔つきも変わっていく。そんな外見の変化が他の同級生よりも早い4年生の頃から起こり始め、鏡を見る度に実感しては嫌気がさしていた。シャワーを浴び、濡れた髪を後ろへとかきあげて鏡に映る自分をみつめる。

「似てる、のかな」

 可笑しくて嘲笑する。人はどうして見た目で判断をしてしまうのだろう。

「僕は、全然違うのに」

 自分の後ろめたさに肩を落とす。祖父母はきっとそんなつもりで言ったのではないが、反応に困惑してしまう。疲れているくせに湯船に浸かることは辞めて、体を洗ってすぐに脱衣所へ向かった。

「───あ、壮太! もうご飯できてるで。パパもママも揃ってる」

 既に出来上がった夕飯に、食卓に座って揃う祖父母と兄たち。これはいつものことではないが、それでも成宮家ができる時は必ずしていること。

《壮太〜!今日もお疲れ様!》

《今日はパパも天ぷら弁当だぞ!》

 陽史の携帯端末から聞こえるのは、両親の声だ。

「お疲れ様。今日もお仕事?」

《そう! ママ久しぶりにおしゃべりエイトの収録だったの〜。今は東京のお家にいるの》

《パパは今日はこの後の生放送に出るから。いま楽屋にいるよ》

 女優、野咲(のさき)耀子(ようこ)、そして俳優の鳴宮(なるみや)壮亮(そうすけ)。それが幼い頃からあった、両親のもう1つの名前だった。

 芸能活動で多忙な両親とは、こうして別々に過ごすことがほとんどで、両親は陽史が大学生になった事を機に、関西を離れ東京のマンションの一室で夫婦で暮らしている。仕事の合間を縫ったり関西での仕事の後は必ず関西のこのマンションへと帰ってくる。

「よし、みんな揃ったな」

 壮太が席につき、夕飯を目の前に手を合わせた。

「ほんなら、今日も1日よく頑張りました。"いただきます"」

「「いただきます」」

 祖父の声に揃って家族で"いただきます"を必ず言う。携帯越しからも、いただきますと聞こえる。世の中は便利なものだ。場所は違えど、こうして電話を繋げれば一緒に夕飯を食べていることになる。

 一般的な家庭からすれば、ただの変な習慣かもしれない。それでも成宮家では、この少し変わったひと時も大切な時間なのだ。

「「あ」」

 祖母の揚げた天ぷらはどんどんとなくなっていき、壮太が箸を伸ばした先に、もう1膳の箸が同じものを掴もうとしていた。

 箸の持ち主は真緒だ。最後の1つを巡って、左手の拳を出し合った。

「「最初はグー、───」」

《なになに、壮ちゃんと真緒ちゃん、また取り合いしてるの?》

「2人ともラスト1個のかぼちゃの天ぷらでじゃんけんしてるよ。まあ、あいこばっかり続いてるけど」

《はは、お義母さんの天ぷらは全部美味しいけど2人は本当にかぼちゃが好きだな》

 電話越しで状況のわからない両親のために兄が解説する。

「「あいこでしょ───あ!」」

 繰り広げられるじゃんけんの真下にあったかぼちゃの天ぷらに、2人のものではない箸が割り込む。

「あんたらじゃんけんなんかしてたらキリないから、半分こしなさい。ほら、これでええやろ?」

 呆れたように箸で真っ二つにされたかぼちゃを見て、思わずくすくすと笑ってしまう。吊られた真緒も、陽史も、祖父母も。きっと両親も、皆笑っていた。

 我が家の日常は、変わっていても明るいのだ。

"芸能界に興味はない?"

 昼間の鈴浦の言葉を思い出す。保護者にも伝えるように促されていたが、きっと家族に話すことはない。普通の小学生、普通の少年として人生を歩む。これでよかったのだ。すっぱりと諦めがついて、もう何年も前の話になるというのに、鈴浦と秋原のせいで少しだけ思い出してしまった。

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