君は俺のために泣いていた
次の日、顧問や大人たちに足の状況を説明した。すぐさま主顧問の佐賀美はすぐにコンテの訂正を始めた。壮太の負担を減らすと言う。
「……痛くなったら、すぐ休むから……みんなに迷惑かかっちゃう」
「壮太、ちゃうよ。これは壮太のためだけちゃうねん。6年生の壮太がこのバンドから卒業したら?誰がいままで壮太がやって来たことするん? そもそも壮太みたいな子をまた育ててたらその子に負担ばっかりかかる。これは今年に入ってからずっと考えてた。ちょっと壮太に頼りすぎって。周りができひんからって全部壮太がしてたら、周りはずっと壮太に甘えたまま壮太が卒業してまうやん。ちがう? だから、壮太がやってることをみんなですんねん。下級生もやけどもちろん他の6年生にもしてもらう。全然迷惑ちゃうし、もしこのまま続けて壮太の足が悪化してもあかんやろ」
それでも、僕がやらないと。その言葉は発することなく、息と一緒に飲み込んだ。
この世界ですら、自分を必要としなくなった。そんな気がして、自分でも分かるくらい顔が歪んでいる。
「泣くな。できひんくなる訳ちゃうんやから」
佐賀美はコンテの訂正の手を止めずにそう言った。
そういう事じゃない。先生はなんにもわかってない。怒りと悔しさと悲しさが入り交じった感情が、声にならない声で漏れる。
───結局何も言えず、涙が目に溜まる。頭を下げると、一緒に1粒だけ涙が落ちる。壮太は絶望のまま職員室を出るしか無かった。
「壮太」
「……、ひろと、」
体育館に戻るために少し歩いたところで、おそらく顧問たちに呼び出されて職員室に向かうであろう裕翔とばったりと遭遇する。
こんな自分があまりにも情けなくて、みっともなくて、まともに親友の目を見ることも出来ず、乱暴に手のひらで頬に落ちた涙を拭って裕翔の手元をなぞるように目を伏せる。
がしりと肩を掴まれて驚いて顔を上げる。裕翔はまっすぐ壮太の目を見ていた。
いつもこの目を見ると、言葉がするりと口から漏れ落ちる。まっすぐな瞳から逃れたくて、また目を逸らして。
「……、病院、行ってきてんけど。オスグット症候群って言うねんて。成長期で急に身体が大きくなってる時期に体を使いすぎたらなるねんて。それで今先生らに言ってきた。ほんなら、……、ほんまは、もうマーチング今すぐ辞めなあかんぐらいやねんけど、俺がワガママ言って、無理矢理出させてもらう。……当然やけど、コンテ、変えるって。俺の出番減らすんやと思う。ほんま、あほよな。こんな、さ。色んな人に迷惑やし、いいとこなくなるし。申し訳ないけども、そういうことやから。マーチングリーダーも、そろそろ代替わりかもな」
自虐的に笑ってみるが、いつものように相方は微笑んでくれない。
顔を上げると、裕翔の顔は先程の自分のようにくしゃりと歪んでいた。
「……なんで、裕翔がそんな顔するん。俺の問題やのに。裕翔のことじゃないのに」
「だって、……」
次の瞬間、彼の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。驚いて目を見開いていると、まっすぐ壮太を見つめたままぼろぼろと崩れたように泣き出した。
「悔しい、俺が、悔しくて。壮太はなんも悪くないのに。最後やのに。一緒に頑張るって決めたのに。1位になろって決めたのに。俺の相棒で、俺のライバルで、俺の、俺の───憧れやのに。なんで、なんで壮太なん……。めちゃくちゃ、ほんまに悔しい」
壮太の腕を掴んだまま、嗚咽を漏らしながら泣き続ける。こんな裕翔は久々で、固まってしまう。
「いや、裕翔のことちゃうやん、俺の問題で、」
「それでも、っ、悔しいからッ! 嫌や、最後までちゃんと一緒にやりたい。っ、うぅ……。壮太がおらなあかんねん、このバンドには……ッ。壮太がおらな嫌やぁ……」
次第に氷が溶けるように、自分の心もじんわりと熱を帯びてきた。
「……ッ!」
東京にいた頃は薄暗くて寂しい世界だった。しかし、葉月に移って初めて自分の世界に光をくれたのは裕翔だった。いつだってそうだ。彼はお人好しで、少しポンコツで。それでも、情熱をもって音楽を、友人を、世界を愛している。
思い出す。それと同時に自分の頬はいくつもの涙の粒で濡れている。
「俺も、嫌や……裕翔と、一緒に、全力でやりたいから……」
体育館からいつもの曲が聴こえる。練習しなくては、と顔を上げたが、今の自分は何を練習するのか。何も分からなくて、2人で泣いていた。
「───……グリーンアリーナか。久しぶりだな」
窓の外を覗く。アキハラエンターテインメントのマネジメント部新人の秋原賢人は、神戸の街をタクシーで走っていた。
「そこでライブしたことあるの?」
「……うん、まあ、1度だけね」
目的はそう、狙っている少年の2度目のスカウトだ。名刺を渡したが結局連絡がつかず、姉の鈴浦が言った通り関西大会に訪れた。
「あたし初めてだな、マーチング見るの」
「……大人しくしててくださいね、俺が姉さんに怒られるから。……頼むよ、うららさん」
隣に座るのは、同伴するはずの姉ではなく、
「わかってるよ。私はスカウト目的じゃないもん」
そう言ってうららはタクシーの運転手の断りなしに勝手に窓を開ける。
「やっと会える!"壮ちゃん"!」




