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陽真のせかい  作者: 星野 美織
想うだけで、それが夢
10/12

約束、思い出したら

「涼真、涼真。着いたよ、コンビニ。明日、……ていうか、今日か。また5時に迎えに来るから。寝坊に気を付けて」

「……すみませ、ありがとうございます」

 夕方、うららとのトーク番組の収録を終えた後に、別の収録と雑誌の取材、ラジオ生放送となかなかハードなスケジュールをこなした篠田涼真。マネージャーの車に揺られ、自宅周辺のコンビニの駐車場で目を覚ました。

 到着したことを把握するなり慌てて帽子とマスクをつけ、ありがとうございますと言って車を降りる。

「しっかり休んでね。また明日」

「お疲れ様です」

 そう言ってマネージャーは車を走らせて去っていった。

「……めちゃくちゃ寝てた……」

 駐車場の周りに誰もおらず、大きめの独り言と深いため息が出る。同乗していた他のメンバーも気付けば誰1人車におらず、本当に自分が疲れていることを実感する。

「……飯、どうしよ」

 時刻は深夜の1時。先週よりも少し涼しくなった風に、ぐっと背伸びをした。コンビニに寄るのはやめよう。そのまま家路を辿ることにした。大学を卒業したことと年明けのデビュー決定を機に3ヶ月ほど前から始めた1人暮らし。自分の想像以上の生活力の低さに落胆し、外食やインスタント、深夜までの仕事があれば何も口にせずに過ごす日々が続いていた。明日、と言うより今日も朝は早い。疲れた体はなにか口にするものよりも、疲れを落とす湯船と布団を欲している。水と最低限の物だけ食べよう。そう決めて涼真はカードキーをかざしてマンションの中に入った。

「壮真くん、初めまして。岩崎(いわさき)(みなと)を演じる、サニーズJrの篠田涼真って言います。みんなからは"しの"って呼ばれてる。よろしくね」

「……」

 初めて"野咲壮真"に出会ったのは4年前。人気少女漫画の実写化ドラマのクランクインだった。ただでさえ小さい身体が蹲って、小さな丸い塊と化した少年を見て苦笑いをした。

「マネージャーさんが別件で席外しちゃってからダンゴムシ状態で……」

 野咲壮真については業界内で少しだけ噂になっていた。公表はしてはいないものの、父は鳴宮壮亮、母は野咲耀子。さらに双子の姉は教育番組のいわゆる"おねえさん"としてレギュラー出演している、『第2のうららちゃん』とも言われる鳴宮真子。ここまで身内が有名人だらけで、さらには壮真自身も1歳から芸能活動をしている。あまり姉のように露出はないが、それでも幼い頃から芸能活動をすること自体に涼真は頭が上がらなかった。

「壮真くーん、ご挨拶しよっかー」

 主人公役の同年代の女優が困ったように屈んで声をかける。自分を含め、周りにはスタッフやキャスト陣。そのうち呆れたような監督の姿も見え、壮真の姿は大人に囲まれて影がかかってしまった。

『こんなに大人に囲まれたら怖いだろ、可哀想に』

 誰も少年と同じ目線になろうとはしない。それに気付き、涼真はしゃがんで壮真の肩に手を置いた。

 震える小さな手はぎゅっと服の腹の当たりを握っていた。その異変に気付き、思わず手を背中に回した。

「……壮真くん、お腹痛いの?」

「……んーっ……。痛いぃ……」

 絞り出すような声で呟いた少年をすぐに抱き上げた。どうやら唯一頼れる大人であるマネージャーが席を外して不安だったのだろう。

「そっかそっか、ごめんね」

 慌てたスタッフが素早く対処し始める。こちらへ、と案内されて医務室のベッドへ降ろした。

「横に……って、座ってる方が楽かな?」

「ん……」

 向き合うと、初めて壮真の顔を見た。わ、と思わず声を出したのは、5歳と思えないほどの綺麗な顔だったから。

 くりくりとした丸い目に、大きな瞳。肌は真っ白で透けてしまうのではないかと思うほどだった。本人は腹痛で少しばかり涙を流していると言うのに、その顔に思わずみとれてしまった。

「涼真。この子のマネージャーさんどうしてもこっち来れないって。壮真くんいつもすぐ治るらしい。別のシーンから撮影することになって時間はまだあるから、もうちょっとだけそばにいてあげて欲しいらしいんだけど、いける?」

 自分のマネージャーが、携帯片手に飛び込んできた。どうやら壮真のマネージャーに連絡をとっていたようだ

「あ、はい、僕はいけますけど……」

 自分の担当のタレント、しかも子役をこんなに放置するなんてどういうマネージャーなのだ。少しばかり苛ついたが、こちらも駆け出しの新人タレントに過ぎない。出過ぎた真似は出来ないため、大人しく頷くしかできなかった。振り向くといつの間にかベッドの隅に移動していた壮真。気を利かせてマネージャーは退室し、医務室には2人だけになった。

「……隣、座っていい?」

「……うん」

 壮真の隣に座ることには成功したが、こんなにも小さい子供相手にどんな話をすればいいのかわからない。そばにいることを決めたものの、どうすればいいのか途方に暮れて沈黙が続く。

「お兄さん、俳優さんなの」

「え? あー、えっと、サニーズって知ってる? 俺、サニーズJrなの」

「サニーズ……アイドルなの?」

「うん、一応ね。アイドルの卵、って感じなのかな」

「……ふうん」

 口数は少ないが、声を交わせただけでもほっとする。

「アイドルになるのに、どうしてドラマに出るの?」

「……え?」

 このドラマのキャスティングは、オーディションではなくオファーだったのだ。しかし壮真はきっと、頼まれたから、なんて言う答えを求めているのではないと思った。というか、小学校1年生の子供がそんなことを言ってくるとは思わず、もしかしたら生意気な奴なのかもしれないと警戒してしまう。

「うーん、そうだなぁ……。確かにアイドルは歌うのが仕事だけど、それだけじゃないと言うか。おしゃべりエイトってわかる? ああやってバラエティにも出るし、こうやってドラマとかお芝居に出てみたり。そしたらファンの人達は喜んでくれるし、自分もいろんなことさせてもらうと結局なりたい自分とか、やりたいことことに繋がってくるんだ。自分のこと知ってもらえるチャンスだしね」

「……」

「壮真くんは、楽しい?お仕事」

 壮真は埋めていた顔を上げて、潤んだ目をしながら答えた。

「わかんない。僕は、パパとかママとか、はるくんとかまあちゃんみたいにできないから」

『"はるくん"って誰だ……』

 両親は確定で鳴宮と野咲のことだ。"まあちゃん"も、おそらく姉の真子だ。しかし、"はるくん"が全く分からず、涼真の頭の中にははてなが浮かんだ。

「あのね。あんまり言ったらだめなんだけど、僕の家族、芸能人なの。双子のお姉ちゃんも子役してて、……それから、もう辞めちゃったけど、お兄ちゃんもモデルさんしてた」

「お兄ちゃんも……そうなんだ」

 やはり噂は本当だった。逆にこの状況で身内が芸能人ではないと否定は出来ないのだろう。元モデルの兄がいることは初耳ではあったが。

「"はるくん"も、すごい人気のモデルさんだったの。"まあちゃん"も僕なんかよりもいっぱいお仕事してて。マネージャーさんも、僕なんかよりも"まあちゃん"の方が大事だから、今日の撮影だっていてくれないや。僕がドラマに出ても、お兄さんみたいに誰も僕のことを覚えてくれない」

 なるほど、この子のマネージャーは壮真だけでなく、真子のことも担当しているのだろう。真子は教育番組のレギュラーなのでそれなりに忙しいのかもしれない。この子はそんな姉に対して後ろめたく感じてひねくれているだとか、そんなものではない。少し傷ついたというか、落ち込んでいる。こんなに小さな少年が夢を諦めるには早すぎる気がして、そっとまるい頭を撫でた。

「壮真くんのことも、きっと大事だよ。僕なんか、って思わなくていい」

 周りの何気ない環境がこんなにも幼い子供を追い詰めている。芸能界では自身の実力はもちろん必要だとは思う。しかし、まだドラマなどの経験が浅い壮真がここまで落ち込む必要はあるのか。

「ううん……僕は、パパとかママとか、まあちゃんとか……お兄さんみたいには、なれないんだよ」

"俺は、デビュー組とか先輩とか、一輝とか……涼真みたいには、なれないんだよ"

『……こんなにちっちゃいのに、賢人(あいつ)みたいなこと言うなよ……』

 どこか聞き覚えがあるようなその言葉に、思わず撫でる手を降ろしてしまった。それに気付いた壮真は、ゆっくりとこちらに視線を合わせてきた。どうすることも出来なくて、もう一度頭に手を置こうとしたが、気付けば自分の手は壮真の頭ではなく、壁と少年の首を通って肩を抱いていた。

「……"途方に暮れた僕、君は夕焼けの中 笑ってた"───」

 自分でも何を思ったのか、気付けば歌を口ずさんでいた。自分が憧れて、サニーズに入所するきっかけになった歌。当時壮真よりはもう少し年上だったが、それでもこんなにも追い詰めた顔はしていなかった。言葉では伝えきれない。無意識に歌い始めた自分の先輩の曲を止める訳にもいかなかった。歌詞が、歌がこの子に伝わればいいと思ったから。

「"気付いた時には 君は横にいて 僕の背中を支えてくれる"」

 あまり本気を出してしまえば医務室の外まで声が漏れてしまう。軽く歌い続けていると、気付けばずっと腹部を押さえつけてた壮真の手は緩んでいた。顔はよく見えないが、それでも徐々に力が抜けている。

「……もう、お腹痛くない?」

「……うん。お兄さんの声、落ち着く」

 自分はあまり歌を褒められたことがなかった。だから、そんなことをぽろりと口に出した壮真に思わず驚いた。

「……嬉しい。ありがとう。あと、お兄さんじゃなくて、しの。しのって呼んで」

「しの、くん」

 そう、と頷くと、壮真はへにゃりと表情を崩して、初めて笑った。思わず心臓がきゅっとなった。

「俺と1つだけ、約束しようよ」

「約束?」

「お互い有名になろう。絶対。俺はアイドル、それから壮真くんは俳優さん。それで、このドラマの他にももっといっぱい共演しよう」

「……うん、約束。絶対」

 互いに右手の小指を絡めて、指切りげんまん、といつぶりかわからないことをする。

「もう大丈夫?いけそうだったら、行こうか」

「手、繋いでくれる……?」

 もじもじと手を弄りながら、立ち上がった涼真を見上げる。なんだかやはりこの少年は自分の同期に似ている気がした。

「いつでも繋いであげる」

「ほんと? じゃあ、約束だね」

 そう言って、少年の手を取って医務室をあとにした。

「うん、約束……」

 頬に触れる感覚は、ひんやりと冷たくて硬い。しかし、それ以外は蒸し暑く、しばらくしてから夢を見ていたと気付く。

「……んん……?」

 顔を上げると、寝室ではなく自分がいたのは玄関だった。どうやら自分は家に入って靴も脱がずに倒れ込んでそのまま眠っていたらしい。あまりにも疲れすぎている自分に驚いた。リン、と鈴の音が鳴った。ぬくもりを感じて目をやると、自分の腹の辺りには飼っている愛猫が頭を擦り寄せていた。

「ラテ……ごめんね、ただいま」

 にゃあ、と鳴いて頭を撫でると目を細めた猫に、身体を起こして立ち上がろうとした。硬い床で寝てしまったせいか、身体のあちこちが痛い。マンションの部屋がオートロックでよかった。ポケットに入れていた携帯が震えて、咄嗟に電話と気付いて、誰かも分からずにその電話をとった。

「……"賢人"、……?」

《あ? 寝ぼけてんのか?》

「……」

《おい、今起きたのか?……よかった、早めに電話かけといて》

 どうやら期限の悪そうな電話の相手は口に出した人物とは程遠いようだ。

「……一輝(かずき)

 的場(まとば)一輝(かずき)。涼真と同じユニットに所属する、3歳年上の現在となってはたった1人の涼真の同期だ。愛猫のラテを抱えながらリビングに入る。カーテンと窓を開けている間にも一輝は苛ついたように小言を言ってくる。

《ほんと、俺がモーニングコールしてくれてよかったな。お前あのまま寝てただろ。まったく、なんであいつの名前が出てくんだよ》

 寝ぼけていた意識が覚醒して、そういえばこいつの前では"賢人"の3文字は禁句だった、と思い出して、やってしまったとため息をついた。

「ん、ごめんって。夢に出てきたの」

《は? あいつが? 》

「違うよ。また別の人が」

《それで賢人のことでも思い出したのか?夢の中でもあいつに馬鹿にされるのか?》

「もういい加減そんな言い方しないでよ!」

 声を荒らげてしまい、腕の中にいたラテが驚いて逃げてしまった。

「……賢人が辞めてから、一輝ずっと、……怖いよ、そんなピリピリしないで」

《……悪い》

「俺も、ごめん」

《じゃあ、ちゃんと5時にマンションの下にいろよ。迎えくるから》

「……わかってる」

 気まずい雰囲気のまま、じゃあ、と一輝から電話を切られ、携帯を机に置いた。

「……ラテ、ごめん、大声出して。シャワー浴びてくるから、ご飯食べてな」

 時刻は4時になった頃だ。あと1時間。急げば間に合うので、汗臭いまま仕事に向かうことだけは避けたくて、朝食や掃除などの選択肢を全てかき消して、とりあえずシャワーを浴びることを大優先に考えた。キャットタワーからこちらの様子を伺うラテに、キャットフードを見せて、急いで支度に向かった。

 およそ2年前、サニーズ事務所を退所したもう1人の同期、秋原賢人。彼は父親の芸能事務所にマネージャーとして入社したと噂で聞くが、未だに1度も会っていない。というよりも、恐らくサニーズ事務所の人間を避けているのだろう。昨日のうららだってそうだ。

"本音は、壮ちゃんに会いたいから"

 まっすぐな目でそう素直に言える彼女が羨ましく思った。自分にはそんなことを言えるような分際ではない。

 賢人が事務所を去ることを聞いた時。頭が真っ白になった。人気がなかった訳でもないし、むしろジュニアの中では人気が高い方だったのに、なにが満足いかないのか、当時の自分にはわからなかった。退所をスタッフやマネージャーからではなく、会議室に集められ自分の口からグループに伝えたところが彼らしいとは思ったが。

 目の前で怒鳴り合い、一輝は賢人の胸ぐらを掴んで、見たこともないような形相だった。苦しそうに顔を顰める賢人も、慌ててそれを止めるメンバーたちも、当時19歳だったグループ最年少の涼真は顔を青くして怯えて見ていることしか出来なかった。

「俺はみんなみたいにはなれないから。俺が居なくてもなんともないでしょ。俺も一緒だよ。このグループから俺が居なくなっても、俺はなんとも思わない。じゃあね」

 そう言ってそそくさと会議室を出た賢人を、やっと動いた足で追いかけた。

「賢人、待って」

「……ごめんな、涼真」

「待ってってば、一旦落ち着いて……そうだ、俺、今週誕生日だよ。初めてのお酒、一輝と3人で飲むって決めたじゃん。約束したじゃん」

「……ごめんな、約束、守れない」

 そう言い残して、姿を消した賢人。その後彼が事務所に出向くことも、メンバーと和解することもなく退所した。

「誰も守らないじゃん、約束」 

 頭を洗う手はいつの間にか止まっていて、泡水が目に入って、痛くて、涙と混じって頬を伝って落ちた。

NightBeat(ナイトビート)

大手サニーズ芸能事務所所属の年明けにCDデビューを控える6人組アイドルグループ。通称"ナイビ"。

持ち前のダンスや歌、さらにはドラマや映画の単独出演など、様々なジャンルで活躍を見せる期待の若手グループである。


日下部(くさかべ) 祐一(ゆういち)

 グループ最年長のリーダー。26歳。

 面倒見が良く、料理や油絵の資格を持つなど多才。

 スタイル抜群なことから、モデルをすることが多い。

新田(あらた) 悠里(ゆうり)

 ダンスリーダーを務める。25歳。

 振り付けを担当することもあり、ダンスのスキルがプロからも高く評価されている。

的場(まとば) 一輝(かずき)

 圧倒的ビジュアル担当の25歳。

 ファンから付けられたあだ名はツンデレ王子。

 ダンスから歌声までレベルの高いオールラウンダー。

槙塚(まきづか) 陸斗(りくと)

 メインヴォーカルをこなす24歳。

 出身は広島。サニーズに入所すると同時に家族で上京。

 "天使の歌声"と評価を受ける。

深田(ふかだ) (いつき)

 バラエティ担当の23歳。サニーズJr.の番組でMCを担当するなど、トーク力が抜群。

篠田(しのだ) 涼真(りょうま)

 ドラマや映画などに単独出演をこなす演技派。

 最年少22歳。身長が高く、日下部と共に雑誌の専属モデルを務める。

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