#9 審問会
「ただいまより、ステラ・ピルチャー嬢の審問会を執り行う!」
盛大に響く宰相の声に、広間に集められた貴族達からささやかなどよめきが漏れる。
その人垣の奥、一段高いところには王と王妃、そしてジェラルドが堂々とした面持ちで真っ直ぐに前を見据えている。
彼らの目前には横一列、ステラとアレクシス、少し間を開けてバイロンとローラが跪いて控えていた。
あのお茶会から3日後、ステラが関わる一連の事件についての審問会が開催された。
毛足長めの紺地の絨毯の上に跪きながら、ステラは同じく控えるアレクシスにひとつの疑問を投げ掛ける。
「あの、アレクシス様……」
「なんだい?」
「なんで、アレクシス様までここにいるんですか?」
当事者であるステラにバイロン、ローラがいるのは当たり前だが、アレクシスがこの並びにいるのはおかしい。
証人としての仕事があるだろうが、それなら出番が来るまで控えの間ですごせばいいのに。
アレクシスは問い掛けるステラの目をじっと見つめる。
その真剣な眼差しにステラがたじろぐと、ニッコリと口元を緩めた。
「……それはね、君を一人になんてできないからさ」
「えっ……」
それって……?
アレクシスの優しい表情と言葉が重なって、ステラが赤面して視線を外すと、彼の手元が目に入った。
絨毯の毛並みをしっとりと確かめつつ、犬を可愛がるようにワシャワシャ動かしている。
ステラの視線に気が付くと、何事もなかったようにス……と手を引っ込めて嘘臭い愛想笑いを浮かべた。
「………………最っ低」
「何で!? 本当なんだからね? …………ただ、この部屋入ったことなくて、絨毯どんなかなって触ってただけで」
「……へぇ」
「あっ信じてないな? 本当なのに」
「もうわかりましたよ。ありがとうございます。そろそろジェラルド様の目が怖くて向こうを見れませんし、真面目にやりましょう」
先程から壇上のジェラルドが人を射抜くような視線をこちらに向けている。今顔を上げれば間違いなくヤられる。
2人がしれっとした顔で元の姿勢を取ると、宰相の大きな咳払いが響いて会場のざわめきが一気に引いた。
「では陛下」
「うむ。バイロン、そしてステラ嬢。立ちなさい」
「「はい」」
白髪の髭を蓄えた温厚そうな王は、貫禄のある声で2人に声をかける。
名前を呼ばれて一歩前に出た2人は、それぞれに臣下の礼をとった。
「まずはバイロン。事実を簡潔に報告せよ」
「はい父上。先日私はステラに婚約破棄を宣言しました。元はと言えば、彼女が私の運命の相手である美しいローラに嫉妬して、ローラの私物を傷つけた事が発端です。そのような醜い感情に任せた行動は、王族である私の妻にはふさわしくありませんから、その罪を知らしめるためにも人目のある夜会で告発致しました」
「…………私が聞いていた報告とは違うな。ステラに対するお前の態度と不貞が原因と聞いている。そして、ローラ嬢の私物を害したのも、ステラ嬢が犯人ではないとアレクシスから進言があったのではないか?」
「う……、い、いえ、それは」
王がギロリと威厳たっぷりに睨み付けると、バイロンは途端に狼狽える。事実と違う事をよくもあんな自信満々に言えるわね、ステラは内心で鼻白む。
「バイロンは下がってよい。アレクシス殿、証言を」
反論できずに立ちすくむバイロンをよそに、王はアレクシスに声をかける。アレクシスがステラの横に並び立ち一礼した。
「貴殿は先日の現場で、ステラ嬢は犯人ではないと公言していたが、それは本当か」
「はい、陛下にご報告申し上げます。あれは凄惨な事件でした。被害にあった物は、もう元の元気な状態には戻れないでしょう……。犯人の残虐性が窺える事件でした」
「物?……あ、そうだったな、貴殿はそういう男だった……」
熱弁を繰り広げるアレクシスから王が目を逸らす。
ここ何日かの付き合いしかないステラ以上にやるせない気持ちになってきたのだろう。ステラは伏せ目がちな壇上の方々の苦労を思う。
「して、犯人はもうわかっているのであろう?」
「はい、この事件の犯人は」
「待ってください!!」
アレクシスの言葉に会場中が注目したその時、背後からの大きな金切り声がその続きを掻き消した。
「ろ、ローラ?」
「私から皆さんに、お伝えしなければならない事があります! これは全部、私がやったんです!」
「は?」
ふと見ると、ローラがその場で立ち上がり、両手をぎゅっと握りしめている。
何が起きたのかわからない、といった表情のバイロンが駆け寄るが、二の句が継げずに立ちすくむ。
そんなバイロンの様子をチラリと覗いて、ローラが一歩前に進み出る。決意に満ちた顔で、会場中に響く大きな声で話し始めた。
「私とバイロン様が惹かれあったせいで、ステラ様との仲を引き裂いてしまいました。でも、私気付いたんです。バイロン様の本当の真実の愛は、ステラ様のものだと」
「あ゛ぁ?」
「ローラ?……何を……?」
思わずドスの効いた声が出てしまい、ステラは慌てて扇を口元にあてる。アレクシスも予想だにしていなかった様子で、大きな目を更に見開きポカンとしている。
一人反応したバイロンは泣き笑いのような顔で、震える手を手を伸ばす。
「お二人ともそれに気付いていないだけなんです。バイロン様は私に愛を伝えてくれましたけど、心の奥にはきっとステラ様がいると思います」
その手を避けるようにもう一歩、ローラは前に出た。
アレクシスとステラの横に並ぶと、更に演説を続ける。
「ステラ様ももっと素直になってと思うんですけど。私にバイロン様を取られたと思ったんでしょう。自分の気持ちに蓋をして、バイロン様の気持ちを尊重したんです。心の底では2人は思いあってるのに」
自分の妄想を正義のように垂れ流して、ローラはうっとりとした表情を浮かべている。
何の目的でそんなことを言い出したのか、彼女の真意が読めない。ステラはスゥ、と目を細める。
「まずは、ステラ様がバイロン様を愛してるんだというのをわかってもらおうと思いました。ステラ様が私にヤキモチを焼いているように見せるために、制服と教科書をわざとぐちゃぐちゃにしました! ステラ様の本心がわかれば、バイロン様も素直になれると思って……。お二人が幸せになるんだったら、それくらいへっちゃらです!」
(同情を集めようとしてるのか……何がしたいの)
彼女の目的はてっきりバイロンとの婚約と思っていたのに、違うのだろうか。
どちらにしろ、今更ステラとバイロンをくっつけようとするのはおかしい。
まるで当人の気持ちなどお構いなしに、子供の人形遊びのように人を扱う。ステラはローラの言動に気味の悪さを感じていた。
「報告では、そなたもバイロンへ愛を誓ったと聞いていたが、身を引くということか?」
王の許し無く演説を続けるローラに呆気にとられていた王が口を開く。
その問いにローラは少し困ったような顔で答えた。
「いえ、身を引くというか……。私のバイロン様に対する感情は男女の愛ではなく、家族に対する愛情に近いものだと気付いたんです」
「な! ……嘘だろう! あんなにも熱く深く愛し合ったのに、それは違うというのか!?」
ローラの言葉がショックだったのか、バイロンが2人の関係を生々しく暴露した。
婚約者がありながら他の女性と深い関係になるなんて、あまりの事に審問会の聴衆は眉をひそめる。
その中でもステラの兄エドワードは、今にもバイロンに飛びかかりそうな殺気を放っている。
壇上の3人も同様で、特に王妃は血の気を無くして肘掛けにもたれ掛かっている。
そんな周りの状況には全く関心がないのか、ローラはバイロンを一瞥するとふるふると首を横にふる。
バイロンは憔悴したように呆然と、膝から崩れ落ちた。
「今なら、その違いがよくわかります。私も今度こそ『真実の愛』を見つけたから……」
そう言って赤らんだ顔を上げたローラの視線の先には、無表情でただ前を見つめるアレクシスの顔があった。
お付き合い下さりありがとうございます!
次回更新は土曜の夜になるかと思います……
後2~3話で一区切りですので、お付き合い下さると嬉しいです!
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