#6 辺境伯ピルチャー家の人々
「ふぅん、『真実の愛』とは。相変わらずどうしようもないバカだな」
「エド兄さん……」
「こちらにしてみれば、婚約破棄を申し出る理由と証拠が肩を組んで誓約書まで付いて向こうからやって来てくれたのですもの、バカの愚行にしては気が利いているじゃない。ねぇ、ランディ?」
「お母様、あの……」
「愚かしい奴の最期の善行か? そのまま最後まで手続きを済ませれば良かったものの、激昂して逃走とは。なんと堪え性のない。いつまでも子供のような振る舞いを続けているから、ダメ王子と陰口を叩かれるのだ」
「お父様も、もうその辺で……」
「すごい! 本当に素晴らしい! アクセサリー達のポテンシャルを最大限に発揮できるようなメンテナンスを、こんなに完璧にこなすなんて……感激だよ……」
「……アレクシス様は、少し黙ってて下さい」
ピルチャー家のタウンハウスに戻ったステラは、領地から出てきていた両親と、たまたま家に居た長兄にこれまでの経緯を事細かく説明した。
核心に近付くにつれ部屋の空気は冷たくなり、元婚約者の言葉を伝える度にあちこちから舌打ちが聞こえる。
話の終盤に差し掛かる頃にはバイロンへの不敬をものともしないような言葉が飛び交うようになっていた。
「……と、いうわけで、婚約解消は保留ということなのよ」
「保留とか何様のつもりだ。……今度見かけたら叩っ切ってやる」
「……兄さん、それはちょっと」
「そうよエドワード。こういうときにはジワジワと報復するものよ? 産まれてきた事を後悔するくらいにね」
「そうだな、流石はジルだ。だがステラの気持ちも大切にしよう。さぁ、ステラは時間を掛けて追い詰めるのと、短期間でさっくり致命傷を負わせるのと、どっちのタイプで殺……、やってやりたい? 父さんに言ってごらん?」
「……」
今日の家族会議はいつになく血生臭いものとなった。
両親も長兄も微笑んで会話しているはずなのに、目がやたらと血走っている。
領地にいる次兄ロックと、幼なじみの伯爵家に嫁いだ長女アマンダがいなくてよかった。もし居たら更に具体的に報復の案が詰められ、実行に移されていたに違いない。ステラは身震いする。
◇
ステラの生家であるピルチャー辺境伯家は、古くから国境の守護に奔走している。
小さな小競り合いの絶えない隣国の過激派や、原生の森に潜む魔物達。
そういった外敵から国や領地を守るために、騎士達は普段から鍛練を怠らず、有事に備えている。
そして、戦わない者も騎士達のサポート役として貢献している。
家に残った者達は、騎士達が戦いから帰る家をしっかり守る。戦い疲れた者を温かく迎え、穏やかに過ごせるように努める。
子供達は勉学と遊びに励み、賢く逞しく健やかに成長することでこれからの未来を支える。
誰かのために、自分ができる事をする――――
個々の力は小さくても、全ての領民が一丸となって、国や領地を守っているように感じられる、そんな考え方がステラは好きだったし、それを実践する家族や領民を尊敬し、愛していた。
幼い頃から、辺境の要に産まれた娘として厳しい教育を受けてきたステラだが、同じくらいの愛情も一身に浴びてきた。
姉と兄達は、こぞって年の離れた末っ子の世話を焼きたがり、両親も歳を重ねてからの子どもを思い切り可愛がる。
護衛兼教育係のグスタフや使用人達も、懸命に努力を重ねるステラを優しく見守っていた。
そんな家人達はステラをぞんざいに扱うバイロンに対して、前々からかなりの悪感情を抱いていた。
特に今回の騒動に至っては使用人含めた一家総出で怒りを滾らせているのだった。
◇
「それで、ストックウィン公爵はなぜここまで着いて来て下さったのかしら?」
「まぁ、何と言ったらいいのか……」
ステラの両親であるランディとジルがチラリとアレクシスに目を向ける。
彼はステラの隣で、楽しそうにアクセサリーケースの中を覗き込み、話の邪魔にならないように小さく歓声を上げていた。
「彼がステラの助けとなってくれたのは理解できたが、家まで送り届けてくれた理由と、そしてなぜこんなに嬉しそうにアクセサリーを眺めているのか、気になるじゃないか」
「そうよね、ええと……」
「……僕が、ステラ嬢の手仕事に興味がありまして、親切を装って付いて来てしまいました」
「手仕事?」
ケースを閉めて姿勢を正したアレクシスの言葉に、ピルチャー家の面々は首を傾げる。
「今日のイヤリングは、ステラ嬢のひいおばあ様の持ち物であったと伺いました。それを丁寧に愛情こめて手入れをしていらっしゃるとか」
「確かにステラは、そういう細かい作業を好みますが……。古いアクセサリーを手直しする事など、よくあることではないでしょうか?」
兄のエドワードが不思議そうに訊ねると、アレクシスの目にキラリと光が宿った。
「ただのアクセサリーのメンテナンスならばそうですね。しかし、それらは一般的に工房に依頼してするものです。ステラ嬢の場合はご自身でやっているというから驚いたのです。そこいらの工房の職人よりもずっといい腕をしている」
「そんなに大仰なことでは……」
ただ好きでやっていることを偉業のように持て囃されて、なんだかいたたまれない。心からの謙遜の言葉が口をついて出る。
「いいや、君は品物の造りを大きく変える事なく、そのものの良さを見事に引き出している。丁寧な作業の結果、君の手に掛かった物達は皆、生き返ったかのように輝いているんだ。そういうメンテナンスが出来る人は少ないんだ。君は素晴らしいよ」
「は、はぁ」
「こんなにも愛情を込められた物達を、もっと見てみたくなってしまって……。こんな気持ちになったのは初めてなのです……」
「ええっ」
アレクシスはステラの素晴らしさを熱弁し、初めての感情に戸惑い、乙女のようにモジモジと恥じらう。
まるで恋に落ちたようなその表情に当てられたステラの顔はあっという間に真っ赤に染まっていく。
「だって、見てよ。このバングルなんてピカピカだけど、モチーフの所は少しマットな感じで落ち着きを出すように仕上げたでしょ? すぐにわかったよ。こっちのペンダントトップのクオーツの研磨も素晴らしい。指輪のサイズ直しまでしてたのには驚いた。あぁ、楽しいよ。君の技術は本当に素晴らしい」
「ですよね、技術。うん、ありがとうございます」
――――わかってたよ、わかってたけどね!
アレクシスが、女性に愛を請うようにステラの技術の素晴らしさをを呟くものだから、ステラはまたもや勘違いしそうになる。
うっとりとした美しい顔が間近に近付いてくると、どうしても冷静でいられない。
だが、もう理解した。彼のそういう表情は、物に対して向けられているのだ。アレクシスの取り扱い方が少しずつわかってきた……気がする。
「本当だよ。君の愛情をたっぷりに受けた子達はイキイキと幸せそうにしてるんだ。妬けるなぁ」
「……ふふ、そんなに喜んでもらえてるなら、嬉しいですね」
彼が言うなら、きっとそうなのだろう。
ステラにはアクセサリーの気持ちを読み取る事など出来ないが、自分のした事を嬉しいと思ってくれていると思うと、これからの作業にもやりがいが産まれるというものだ。
ふと顔を上げると、ピルチャー家の面々がソワソワと落ち着かなさそうに身動ぎしている。
ステラの視線に気付くと、ランディとエドワードはニヨニヨとした顔をあからさまに逸らし、ジルは『皆まで言うな』みたいなしたり顔で頷いている。
おそらくはステラと同じ勘違いをしたのだろう。それを正そうと口を開いた時、ノックの音と共に家令が入室してきた。
「失礼致します。旦那様……」
ランディは家令からの報告を受けると、戦いを目前にした時のような好戦的な表情で、ステラの方へ向き直った。
「ステラ宛に茶会への招待状が届いた。明日王宮で催される、王太子殿下主催の茶会だそうだ」
「お茶会? 王太子殿下がどうして……?」
「大丈夫、おそらく騒動について話を聞きたいだけだと思うよ。もしあちらがステラ嬢を断罪するつもりなら、『お茶会』などと呑気な事は言わないだろうし。君は無実だ、問題ないよ」
突然の招待を訝しむステラを宥めるように、アレクシスが諭す。ランディもそれに同意するように大きく頷いた。
「お茶会に出席したら婚約破棄確定してくれるかしら……」
「…………君って存外、肝が座ってるんだ……」
これ以上めんどくさく、ややこしくなりませんように――――
そう祈りつつ、ステラは温い紅茶を一気に飲み干した。
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