#42 ずっとそばに
本日2話投稿しています
未読の方は、前の話からご覧ください
「婚約、私と……?」
ステラは、アレクシスの言葉にフワリと沸き立つ思いを自覚して、ハッと引き留める。
そんなはずはない、だってステラは見たのだから。
「で、でも、あの方は? 一緒にサンルームに入っていった女性は?」
「サンルーム? 女性?」
「昨日の夜、お二人で……婚約の話をしていたじゃないですか」
「それって……」
アレクシスが言い掛けた瞬間、ドアを勢いよく叩く音がその言葉を遮った。
ステラは咄嗟に彼を庇うように立ち上がる。この邸にいる人達は、こんなに乱雑にドアを叩かない。
よもや襲撃か? とステラが警戒したところで、勢いよく扉が開け放たれた。
「アレクシス、ちょっと! って、あら?」
そこに現れたのは、見覚えのある特徴の人物。
適当にひとまとめにされたブルネットに、お仕着せのような粗末なワンピースにエプロンを纏った女性が、目を丸くしてこちらを凝視している。
(あの人だ!)
話題の人物の登場に、ステラの顔に焦りの色が浮かぶ。
アレクシスは未だステラに寄り添っていて、誰が見ても誤解される、というか実際に口説かれている最中なのだから言い訳も出来ない。
彼女に見られてしまったが何て言っていいのか、適した言葉が見当たらずに、ステラはただ動揺している。
「あら、あら、あらあらあらあら!」
件の女性はというと、驚いた顔でこちらを凝視したまま、イソイソとまっすぐに駆け寄って来た。
その行く手を阻むように立ち上がったアレクシスを簡単に押し退けて、ずいとステラの顔を覗き込んだ。
「あなたが、ステラちゃんね? ようやく会えたわ! 私はエレンよ!」
「ど、どうも……はじめまして」
突進するようなあまりの勢いに、叱責が飛んでくるのかと身構えていたステラは、彼女の眩しい笑顔に拍子抜けした。
至近距離でまじまじとエレンの顔を見ると、とてつもなく妖艶な美人であると気づく。
少し低めのハスキーボイスに長い睫毛、上気した頬と形のよい唇、そして――――
(あれって……、アレ?)
ステラの目線は彼女の口元に釘付けになる。
自分には見られないその特徴に、ステラは愕然としている。
あれは、夜勤明けにリビングのソファで居眠りをしている兄や、寝ぼけまなこで食堂に来て、母に怒られる父の口元に見えるものと同じで――――
「あらやだ! ごめんなさいねぇ。昨日から作業に掛かりきりだったから、ひげが生えてきちゃったのね!」
ポカンとしているステラに気付いたのか、エレンがあっけらかんと笑い、確かめるように口許を撫でる。
「いいえ、あの、はい、いや……え? ひげ……?」
「そうなのよ! 私ったら朝は絶対こうなっちゃうのよねぇ。良かったら近くで見る? ホラホラ」
「近すぎだよ」
エレンは、顎の辺りを見せ付けるように更に顔を近づけて来たが、襟首をものすごい勢いで後ろに引かれる。
アレクシスは彼の首根っこを抑えたまま、悪意が滲んだ良い笑顔でステラに紹介する。
「ステラ、こちらはエレン。こんな格好をしているが、れっきとした男性だよ」
「……アレクシスったら、そんなすぐに種明かししなくてもいいじゃない」
「きっちり説明しておかないと、とんでもない誤解は早く解きたい」
遠い目をしたアレクシスと、どこか不満げなエレンは、とても気安いやり取りを繰り広げている。
一方ステラは、エレンが男性であると説明を受けても、次々明らかになる情報に理解が追い付かない。
「誤解って……? お二人は将来を約束した仲なのでは……?」
「ステラちゃん、そんなことを考えるなんてかーわいい。……ご期待に沿えなくて申し訳ないのだけれど、私の恋愛対象は女性よ。あなたみたいにかわいい娘は特に好み」
珍しく隙だらけのステラに、エレンは色気たっぷりに微笑んで見せる。獲物を捉える蛇のような眼差しを向けた途端、再び首根っこを後ろにグンと引かれる。
「いい加減にして、エレン。……だから会わせたくなかったんだ」
「あら、狭小な嫉妬は醜いわよ。そんなことなら早くに射止めればいいのに」
「……いろいろ心の準備がいるんだよ」
「ホントめんどくさいわね」
「あ、あの……」
ステラが言い合いを続ける2人に戸惑っていると、アレクシスがそれに気づいてフッと微笑んだ。
「一緒に、来てくれる?」
◇
「…………!」
「……どうかな? これを依頼していたんだ」
「……真っ白……、きれい……」
白を基調としたサンルームから溢れたのは白い薔薇。
中央のテーブルから、飾り棚やソファの周り、そして窓辺から庭に続くバルコニーまで、所狭しと薔薇のアレンジで装飾されている。
部屋に満ちているのは、先日の媚薬のような甘ったるい香りではなく、目が覚めるような爽快感のある清らかな香りだ。
「エレンは、うちの庭師なんだ」
エレンの本来の職業は舞台俳優だ。
所属している劇団が大変な人気で、普段は公演のため国中をあちこち飛び回っている。
手先が器用で、小道具作りから舞台美術も手掛けている彼が、ある貴族をテーマにした舞台で見せた花の庭園が素晴らしいと、アレクシスの目に止まる。
エレンは舞台を続ける事を条件に、ストックウィン邸の庭師兼フローリストとなった。月一回ほどのペースで庭の様子を確認するために訪れたり、イベントの度に邸を彩りにやって来るのだという。
「昨日の舞台終わりにそのまま連れてこられて何事かと思ったけど、こんな面白そうなこと、首を突っ込まないわけないじゃない?」
そう言ってエレンは『役目は終わった』と言わんばかりに颯爽と自室に戻っていった。これから惰眠を貪る予定なのだという。
彼が去った後は、サンルームに2人きり。
窓からバルコニーの景色を楽しんでいたステラの横に、アレクシスが並び立った。
「こういうときには、贈り物もあった方がいいかなと思ったんだけど……ダメだったんだ」
「ダメ?」
「……アクセサリーがいいと思って、いろいろ見せてもらったんだけど、君が付けると思うと昂ってきて震えが止まらない」
「…………それもう変態通り越して病気じゃないですか?」
「じゃあ、部屋を飾り付けてもらうのはどうだろうと思って。直接身につける訳じゃないから大丈夫だった、アクセサリーよりは欲情しなくなったんだ」
「前言撤回します。きちんと変態でした」
「そうだね。僕は、君の事となるとどうにも理性を保てないらしい」
ふふふ、と怪しく笑うアレクシスに物言いたげな目を向ける。
『君の事』ではなく、『君が身に付ける物』の間違いでしょう? と、彼に顔を向けると、アレクシスもまた、ステラをじっと見つめている。
「ステラ、僕と結婚して。僕は君がいないともうダメだ、好き過ぎてどうにかなっちゃいそう」
「すっ……」
「君の希望通りだよ、ずっと側にいて欲しい。僕の幸せは、君と共にあることだから」
そう言うと、ゆっくりとステラの右手をとって、宝物のように両手で包み込んだ。
切望が込められたアレクシスの眼差しは、髪飾りでもワンピースでもなく、まっすぐにステラへ向けられている。
「僕の幸せを、守ってくれるんでしょう?」
彼の微笑みはうっとりと愛に溢れている、例のあの顔で――――
(これは、今までも私に向けられていたの?)
ずっと誤解していたのは、私だった――――
もろもろの自分の勘違いをようやく認識すると、今度は恥ずかしくて仕方がない。ステラは赤面しながら、たまらず弁解を始める。
「だ、だって」
「だって?」
「アレクシス様は、私の身に付ける物がお好きなのでは……」
「好きだよ? 愛情たっぷりで、こっちまであったかい気持ちになれるから。それに、すごく羨ましかった」
「うらやましい……?」
「僕にも、こんな風に愛をくれないかなって、いつも思ってた」
「うう……」
「さぁステラ、返事を聞かせて?」
こんなにも甘く、想いが込められた視線を浴び続けて、平気でいたなんて。
穴があったら入りたいけれど、きっと彼は返事を聞くまで横穴を掘ってでもニコニコ着いてくるに違いない。
(結婚……、本当に、これからも一緒に居られるんだ……)
これまで感じたことのない恥ずかしさの中にいながら、ステラの心の芯にあるのは、これからも側に居られるという安堵と、アレクシスの告白を嬉しく思う気持ち。
そこに気付くと、ステラがこれまで感じていた全ての引っ掛かりがきれいに解れていく。
「……私、アレクシス様の事が大好きみたいです」
「ふぇ?」
照れるステラがかわいくて、つい攻めがちになっていたアレクシスは、彼女からの突然の独白に完全に不意をつかれている。
ステラはハンカチを取り出すと、中に包んでいた物を彼の手に握らせる。その手の中を不思議そうに覗き込むと、アレクシスがそのカフリンクスを高く掲げた。
「こ、これは、なんて素晴らしい……。贈り物かな? 作り手の大きな愛が感じられるよ。こんなに深く想いを寄せられる人は幸せ者だろうね……」
「これは、私がアレクシス様にお礼がしたくて作った、プレゼントです」
「!…………!」
アレクシスが完全に停止した。
表情も笑顔のまま、掲げた手も、頭の先から靴の先まで微動だにしない。
息もしてないのではと心配になり、ステラが彼の頬をつついたその時、彼は帰還した。
ステラの肩を引き寄せて、その腕の中にきつく抱き締める。
「どうしようステラ、う、嬉しすぎて上手く息できない!」
「息して下さい。私のカフリンクスで窒息とか意味がわかりません。それに」
彼の腕の中からモゾモゾと顔を出したステラが、照れ臭そうに呟いた。
「……せっかく、結婚が決まったんですから、そんなの嫌です」
「そんなこと聞いたら……嬉しくてますます窒息しちゃうじゃないか」
アレクシスの手がステラの頬にそっと触れて、2人の顔がゆっくりと近づいていく。
「愛してるよ、ステラ」
◇
数日後――――
ガタガタと馬車に揺られながら、ステラは窓の外を眺めていた。
今日は王太子ジェラルドへの挨拶に向かう馬車の中、本日何度目かのため息を吐き出した。
「今日も素敵だね。クリーム色のドレスに銀の髪飾りがよくはえているし、みんなとても嬉しそうだ」
「ありがとうございます……。でもこの体勢は、どうにかなりませんか?」
「いいじゃないか、僕たち愛し合っているんだよ?」
「いやまぁ……そうなんですけど」
今日のステラのため息の原因は、馬車の中での2人の体勢について。
アレクシスはステラを膝の上に横抱きにして、ステラを全身で包み込むように座っている。
いくら婚約が成ったとはいえ、こんなにぺったりしていては恥ずかしすぎる、というステラの抗議は先程から流されるばかりなのだ。
「見て? 僕のカフリンクス。とても誇らしげに輝いているでしょ。綺麗だなぁ……」
「気に入ってもらえたなら、私も嬉しいです」
「あぁ……、もう。愛でたい、頬擦りしたい、キスしたい」
「人前ではお控えください。見られたらまた変態度が上がりますよ」
相変わらず、アレクシスはありとあらゆる物達に愛を注いでいる。
彼の行きすぎた愛情表現を止めるのは、婚約者となった今でもステラの大切な仕事だ。
いつものように、頭の上から聞こえた夢うつつのような呟きにもの申すと、少し間を置いて、ステラを閉じ込める腕が少しきつくなる。
「じゃあ、今ならいいよね?」
「は?」
「頬擦りとキスは、ステラにしたいんだけど」
「~~~~~~っ!」
近付いてくるうっとり顔をぐわしっと鷲掴みにすると、ステラは少女のようにもじもじと頬を赤らめる。
「……恥ずかしいので、馬車の中ではダメです……」
「…………わかった。でも、早く慣れてね。でないと僕の頭がもたないかもしれない……」
「……私が慣れるのが先か、アレクシス様の頭の限界が先か、ですね」
「……攻撃をやめるという選択肢はないのかな」
ブツブツと文句を言いながらも、頭を擦り寄せてくる婚約者を受け入れつつ、ステラは考える。
この甘い空気に慣れるくらい、一緒に居られる――――
喜ばしくも気恥ずかしい思いを悟られないように、ステラは馬車の中から、高い空を眺めるのだった。
今回で完結となります
お付き合い下さりありがとうございました!
☆の評価やブックマークの登録を頂けると、とても嬉しいです
よろしければ、お願い致します!




