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#41 婚約者は

本日2話投稿となっています

こちらからご覧ください

 




「長いこと独りにしてごめんね。寂しかったよね?」


「大丈夫です。お仕事お疲れ様でした」


「…………、そんなにハッキリと言わなくてもいいじゃない」



 時は来た。

 サンルームは改装で使用不可のため、食堂でランチをとった後、アレクシスの執務室でのお茶会となった。



 今日のステラは、ハーフアップにまとめたスタイルに、シンプルな紫のワンピースという、かなり地味めな出で立ちだ。例のモヤモヤのせいで、着飾る気にならなかったためだ。

 辛うじてケリーが付けてくれた金の髪飾りが、艶のあるステラの黒髪を彩ってくれている。


 昨日の夕食は言うまでもなく、朝食、昼食を経てもアレクシスの異変は続いている。焦りの表情こそ消えたものの、ステラの装いにも髪飾りにも反応を見せていない。


 いつもなら間髪いれずにグイグイ迫ってくるはずの彼は、向かいのソファに腰掛けて、緩い笑顔を浮かべてながら紅茶を飲んでいる。

 当たり前の光景のはずなのに、アレクシスの場合は不自然でいっぱいだ。

 言い知れぬ緊張を隠しつつ、ステラもまた紅茶を口へ運んだ。



「ずっと慌ただしくてね、ようやく落ち着いたんだ。……あの男の刑も、もうじき確定すると思うよ」



 ポールの刑は、罪状が多すぎてまだ確定していない。

 が、今の時点で、鉱山での労役に一生を費やすことになりそうだ、とアレクシスが云う。魅了という禁術を扱った事が重大視され、四六時中監視がつくらしい。


 そしてあの三面鏡は、やはり魔力を得ていたという。

 魅了の術を完全に抜くために、教会で浄められた後、特別な力を持った古道具として奉納される事が決まった。


 ささくれだっていた箇所に丁寧にヤスリが掛けられて、綺麗に塗装された姿は、紛れもなく上等なアンティークだったと、アレクシスが垂涎の表情を浮かべていた。

 神の元で穏やかな余生を過ごしてもらいたいと、ステラも切に願う。



「そうだ。あれから、ナタリア嬢から手紙が来たよ。君にも手紙を書いたとあったけど」


「はい、丁寧な謝罪のお手紙をいただきました」



 ナタリアは王都を離れ、領地に行くことが決まった。


 ナタリアはこれまで、アレクシスとの婚約解消について詳細を聞かされていなかったという。

 いつもは優しい両親が、その事を話題にすると壁を隔てたようによそよそしくなることに、いつしかナタリアは疑いを向けるようになった。

 侯爵夫妻が娘に憂いを負わせたくない一心で隠していた事が、ナタリアにしてみれば、両親への不信を抱く一因となってしまったのだろう。


 今回の事で家族とじっくり話し合った結果、ナタリアは家の力になりたいと、領地を治める兄の補佐を希望したようだ。心機一転、やる気に満ちているのが手紙から見てとれる。

 ポールへの憧れも完全に消え去り、いろいろな胸のつかえがとれたようだと、改めてステラへの謝罪と感謝が綴られていた。



(最後まで、誤解が解けないままだったわね)



 ステラは、彼女からの手紙の中に『仲睦まじいお二人』とか『お幸せに』とかいう言葉がチラチラと入っているのが気にかかっていた。

 アレクシスとステラが婚約しているとすっかり信じてしまっているナタリアが、『私もそんな相手と結ばれたい』と、憧れの言葉まで手紙にしたためてきたためだ。



(……誤解はすぐに解かなければいけない、ということね)



 彼女のやる気に水を差すようで気が退けるが、返事を書くときにキッチリ訂正しようと心に決めた。


 それもこれもアレクシスの過剰な演技のせいだ。

 あんなに蕩けるような顔をしていたら、誰だって愛し合う2人は素晴らしいと思い込むに決まってる。



(あの女性には、いつもあんな顔してるのかな)



 ステラの脳裏に、チラリとブルネットの女性が浮かんだ。

 が、よく考えると、あの顔は自分に対してもよく向けられている、と気づく。



(誰にでもあの顔で迫っている訳では……ないですよね?)



 ステラが思考をあちこちに飛ばしていると、アレクシスが意を決したように顔をあげた。



「……あのね、ステラ。君に話があると、言ってたでしょう?」



 来た。

 ステラはアレクシスの顔をまっすぐに見て、落ち着いた声で切り返す。



「はい、……あなたの婚約について、でしょう?」


「!」



 アレクシスの目が大きく見開かれた。

 とても驚いた様子で言葉に詰まっているのは、真を突かれたからだと嫌でもわかってしまう。



 やっぱり、そうなんだ――――

 納得なのか、落胆なのか、気持ちが追い付かないまま言葉だけが浮かんで来る。ステラは声が震えそうになるのを何とか堪え、微笑んだ。



「フフ、私の事を見くびらないで下さいね! アレクシス様の様子が違うので何かあるなと思ったら……」


「そ、そうか、バレちゃったんだ。なんだか締まらないな……」



 ステラを驚かせたかったのか、アレクシスは少し残念そうに呟いたが、すぐに恥ずかしそうにモジモジし始めた。



「それで、君はその……、婚約について、その、どう思うのかな」


「……おめでたいことですし、とても嬉しいです。だけど、その……」


「な、何か気になることでも?」



 姿勢を改めるアレクシスにつられて、ステラも背筋が伸びる。小さく息を吸って、自分の希望を切り出した。



「はい。あの、私の事なんですけど……。護衛は続けられるでしょうか」


「え!? つ、続けたいの……? もちろん君の良いようにしてくれて構わないけど……」



 ああ、良かった!

 ステラは胸を撫で下ろすが、まだ言わなければならないことが残っている。どちらかというとこちらの方が重要かもしれない。ステラは腹をくくる。



「ありがとうございます。それにあたって、もうひとつ、伝えなければならないことがあるんです」


「な、何だろうか」



 ステラの深刻な様子に、アレクシスの表情も固くなる。

 彼がどんな反応を見せるのか、緊張と不安でいっぱいのステラは思わず目を伏せる。



「その、私……、昨日お二人の姿を見てから、どうにもモヤモヤしちゃって。私、嫉妬してしまっているようなんです」


「し…………?」


「アレクシス様が望んだ方と居られるなら、私も祝福したいと思ってるんです。ただ、それを考えると、胸の奥がぎゅうっと絞められるような感覚になっちゃって、これは嫉妬なんだと」



 アレクシスからの言葉はない。絞り出すような声が聞こえた後はなんの反応もない。

 ステラは彼の表情が気になって仕方ないが、彼の方を見ることが出来ない。



「嫉妬心を隠してしまおうとも思いましたが、それは私の流儀に反します。もちろん、それを表に出すような事は決して致しません! あなたと、あなたが愛するもの全てをお守りすると決めたんです」



 一度口から出てきた思いはもう止まらない。ステラは自分の希望をすべてぶつけるつもりで顔をあげ、まっすぐにアレクシスを見据えた。



「あなたの幸せを、私に守らせて下さい!」



 懇願を込めて再び頭を下げ、アレクシスの反応を待つ。

 しかしいくら待っても、否定の声も肯定の声も、上がる気配が全く感じられない。

 そっと様子を窺うと、テーブルに肘をついてもたれるように顔を覆って、微動だにしない。

 ステラは、おそるおそる彼に呼び掛けた。



「あの……アレクシス様?」


「……ふ、ふふ、ふふふふふふ」


「えぇ……?」



 聞こえてきたのは、空気が抜けていくような笑い声。

 なぜ脱力したように笑うのか、ステラが訝しげな眼差しを向けると、アレクシスの顔がゆっくりと上がる。



「……随分と熱烈で、愛のある勘違いだなぁ、と思って」


「勘違い?」


「誰の事を言っているかのわからないけど、完全にバレたわけではなさそうだ。おかげで力も抜けたし、上手く伝えられそうだよ」



 彼はそう言って立ち上がると、ステラの傍らに跪いた。

 何が始まるのかと呆気にとられていたステラは、彼の慈愛に満ちた笑顔から目を離せなくなる。

 アレクシスはゆっくりと、右手を差し出した。




「僕が婚約したいのは、君。ステラなんだけど」






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