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#4 罪とは

 




「罪……とは?」



 思い当たる事が次々出てきた。

 ステラの脳内で、バイロンの事をけちょんけちょんに打ちのめしている事だろうか?

 それとも日頃から対バイロンを想定して、クッションにボディーブローをお見舞いしてる事がバレたのか。


 扇を口元に当て考え込むステラに、バイロンは更に捲し立てる。



「しらばっくれるな! ローラが俺の寵愛を受けていることに嫉妬して、彼女に嫌がらせをした事はわかっている!」


「はぁ?」



 私が? 嫉妬とは?

 急激に立ち上る苛立ちに声が出たステラは、扇越しにバイロンを睨み付ける。

 バイロンはその視線に一瞬たじろぐが、負けじとキッと睨み返した。



「い、言い逃れは出来ないぞ。証拠だってあるんだ!」



 ス、とバイロンが右手で合図を出すと、後方に控えていた従者が、布が掛けられたティーワゴンを運んできた。


 バイロンが勢いよく布を剥ぎ取ると、そこには紅茶の染みがあちこちに付いたアカデミーの制服と、ボロボロに切り刻まれた教科書があった。

 ステラは自身の物ではないとはいえ、馴染みのある物があまりにひどく傷つけられている事に眉を潜める。



「これを……私がやったと?」


「そうだ! お前は人目の無いサロンで彼女に紅茶を浴びせ、それだけでは飽きたらず、人目の無い教室でローラの教科書を切り刻んだと言うではないか!」



 バイロンはどうだ! と言わんばかりに指を突き出してステラへ向ける。

 あまりの物言いにステラもため息を隠しきれない。



(このアカデミーには国内外から集まった多くの学生達でひしめいていたはずだけれど、都合よく人目が無くなるものだわね)



 私を貶めたくてたまらないのね、多分。

 ステラは冷静を保ち、諭すようにバイロンに問いかける。



「……私がやったという証拠はございますの?」


「証拠だと? ローラ本人がそう言っているのだ! これ以上の証拠はあるまい!」


「……証言ではなく、私がやったという動かぬ証拠はあるのかと申し上げているのですが?」


「ひどい! ひどいです! ステラ様は私が嘘をついてると言うんですか!?」



 バイロンの横から耳につくキンキンとした声が上がる。

 それまで目に涙を浮かべてプルプルと震えるだけだったローラが、ステラ達の間に割り込んだ。


 そういうことじゃないんだけどな。

 ステラが口を挟むより前にローラが畳み掛けてくる。



「いつも冷たい目を私に向けて酷いことを言ってるじゃないですか! 私、とっても怖かったんですぅ!」


「は……?」



 あなたとは初対面ですけど!?

 気づけばいつの間にか周りをギャラリーが囲んでいて、夜会の注目をしっかりと引き付けてしまっているようだ。


 どうやらとんでもなく面倒な事になりそうな気がする。

 ステラが否定しようとすると、今度は別方向から横やりが入る。



「ローラ……。こんなに震えて、可哀相に」


「バイロン様ぁ……」



 ぴったりと寄り添い、すっかり二人の世界に入り込んでしまっている恋人たちを、ステラは呆れ顔で眺めている。



(今日は婚約破棄の祝杯をあげる予定だったのに)



 妙な冤罪を掛けられて、このまま黙って帰るわけにはいかない。ステラは弁明するべく2人へ向き直る。



「とにかく、私はやっておりません。言い掛かりはお止めください」


「罪を認めないというなら仕方ない。お前が言う『動かぬ証拠』というやつを見せてやろう」



 バイロンがギャラリーの方へ目線を送る。

 その視線の先にこちらにやって来る人物を見つけ、ステラは小さく驚きの声を上げた。



「アレクシス様……」



 現れたのは、先程出会ったばかりのアレクシスだ。

 穏やかな表情を浮かべて、人垣の中を悠然とこちらに歩いてくる。貴公子のような美しさに、彼の周りだけ光を撒いたようにピカピカと輝いて見える。

 人波を抜けると、当たり前のようにステラの横へ並び立ち、恭しく臣下の礼をとる。



「バイロン様、お呼びですか」


「よく来てくれた。早速頼みたい」


「バイロン様ぁ、このカッコ良……この方は誰ですか?」



 突然現れた端正な顔立ちのアレクシスに頬を赤らめたローラは、彼から目が離せない。

 そんな彼女の様子には気付かないバイロンが得意気に話し出す。



「あぁ、ローラは知らないか、彼はアレクシス・ストックウィン公爵だ。彼の不思議な能力にかかれば犯行の全てが明らかになる」


「そ、そんなことが出来る訳ないじゃないですか!」


「疑うのも無理はない。だが、彼の力で暴かれたものは父上も、法も認める正式な証拠となる。ステラの罪が公になるのさ!」


「……まさか」



 ローラは一転して、笑顔をひきつらせる。

 程よく染まっていた顔も青ざめて、その表情には動揺が見てとれた。



(なるほど、犯人探しのために夜会に呼ばれたのか)



 先程のローラの訴えは完全に事実無根なのだから、ステラは自分が無罪だと確信できる。

 しかし、アレクシスの能力がそこまでの影響力を持っているなら、虚偽の報告をしてステラを犯人とすることも出来るだろう。

 アレクシスがバイロン側の人間で、ステラを犯人に仕立て上げ、貶めるために依頼されているのだとしたら―――――



「アレクシス様、私はやっておりません」



 無罪を主張したところで無駄かもしれない。

 だけど耳飾りを見つけてくれた彼の笑顔は、そんな悪どい策謀とは無縁のものに感じたから。


 ずっとにこやかなままのアレクシスに、ステラが小声で訴えると、彼は少し悪戯っぽい表情を向けて呟いた。



「そう。奇遇だね、僕もそう思う」


「え?」


「さぁアレクシス殿、早速だが頼む。この卑劣な犯行を日の元に晒してやる」


「かしこまりました。では」



 笑顔であっさりと肯定されて、呆気にとられるステラを残して、アレクシスがティーワゴンに近付いていく。

 無惨な状態の制服と教科書を見て、はじめて彼の顔から笑顔が消えた。



「なんて酷い……。こんな事をされて、辛かったね? 何があったのか、教えてもらうね」



 アレクシスはまるで彼自身が辛い思いを抱えているように、眉をひそめ、気遣わしげな声を出す。美麗な青年の憂いの表情に色めき立った野次馬の女性達からうっとりしたため息が聞こえる。

 そんな中、再び顔を上気させたローラが彼の前にクネクネと躍り出た。



「……は、はい! アレクシス様ぁ、私辛くてぇ……、怖くて」


「集中してるから、静かにしてくれないかな」


「へ? は、はい、すみません……」



 目を潤ませてくにゃりとしなを作り、アレクシスに近付いたローラは、思いがけず拒絶されて小さくなる。

 おそらくローラは、アレクシスの優しい言葉が自分に向けられたものだと思い、ここぞとばかりに彼にすり寄ったのだろう。


 しかし先程、衝撃の現場を目の当たりにしていたステラには、彼の言葉が誰に向けられたものなのかわかってしまった。



(ここにいる誰も、制服と教科書に向けられた言葉だとは思ってないでしょうね)



 周りの観衆も皆、気遣う様子から一転、ローラを冷たくあしらうアレクシスに驚いているようだ。ステラだって先程のアレを見ていなければ同じ反応だったに違いない。

 事情を知らない者にしてみれば、ただの情緒不安定な人として見えるだろう。彼が遠巻きにされる理由の一端が垣間見えた気がする。


 しばらくの間じっと黙って傷つけられた制服達を眺めていたアレクシスは、ふぅ、と長い息を吐き出して、バイロンの方へ向き直る。



「解りました。バイロン様」


「おぉ、流石だなアレクシス殿! それで?」



 勝利を確信しているといった表情のバイロンに、アレクシスが冷たい微笑みを浮かべていた。







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