#38 話って?
本年もよろしくお願いします!
大きな窓から朝日が射し込んでいる室内。
簡素な濃紺の作業服を着込み、額にうっすら汗を滲ませながら、ステラは作業に集中…………しようと努力している。
ステラが手にしているのはいつか研磨した黒い貴石。
親指の爪ほどの真四角の黒い貴石を、見事な金細工が施された台座にセットする。隆起したような細工の先にある爪を工具で慎重に下ろし、石を固定する。
そんな細心の注意が必要な作業中にも関わらず、あの言葉がステラの頭の片隅から離れない。
『僕たちのこれからについて、話があるんだ』――――
あの日から1週間。
アレクシスはポールの鑑定と、芋づる式に次々明らかになる犯罪の調査とで忙しい。王太子ジェラルドに呼び出され、王宮にほぼ入り浸っているため顔を合わせていない。
護衛に着こうとしたステラは、常に騎士達と行動を共にするため、今回は留守番でと、主から直々に言い渡されていた。
その結果、あの日馬車の中で聞いた『僕たちのこれから』について、まだ話が出来ないでいた。
「…………出来た……!」
手の中にあった物をそっと天にかざして確認する。
艶消しの金細工が上品な石座に、懸命に磨いた黒曜石が存在感を放つ。なかなかいい仕上がりになったとステラはにんまりとほくそ笑む。
(ここに来て初めての作品は、お礼の気持ちも込めて、主に捧げないとね)
出来上がったのは黒曜石のカフリンクス。
アレクシスの耳飾りに合わせられるよう、色合いを寄せて作ったものだ。
濃い紫のジュエリーケースに収めると、二つの黒い貴石が艶やかに輝く。ステラはそっと蓋を閉じ、作業台の引き出しに仕舞い込んだ。
「一体、何の話なのかな……」
カフリンクスが仕上がった今、ステラの思考のすべてはあの言葉に支配されていく。
◇
昼食後のお茶を楽しんでいるステラの元に、アレクシスの仕事がようやく一段落し、午後には戻れそうだと、着替えを持っていったソリッドが教えてくれた。
働きづめだったアレクシスを労いたい気持ちと、いよいよ来たか、という気持ちがステラの中でせめぎ合う。
(なんかドキドキする……)
話の内容について、思い当たる点がないこともない。
中でも一番有力なのは、雇用の話。
現在の『僕たち』の主従関係について、アレクシスには何かしら思うことがあるのかもしれない。
ステラにとって破格だった雇用条件を見直したいとか、護衛としての働きに不満があるとか、もしくは職人の修行の進め方にもの申したいとか、ストックウィン家当主としていくらでも言いたいことはあるだろう。
(むしろ、このままでいいのかって感じだけど)
ステラは内心で、へへ……と力なく笑う。
夜会の度に献上されるドレスはどれもステラ用に誂えたオートクチュールで、アクセサリーだっておそらく一流の品だ。
夜会に出席するため必要なものだとしても、一介の護衛に揃えるにしては金額が張りすぎる。
(アレクシス様は眼が肥えてるから、いいものを揃えたいのはわかるけど……やりすぎなのよね)
紅茶を一口含んで、ふう、と息を吐く。
カップを置くとすかさずおかわりを勧められ、言われるがままに了承する。ティーポットを手にしたハンナが、のんびりと話し掛けてくる。
「今回のお仕事は、随分と時間が掛かりましたね。いくら騎士達の目に触れさせたくないからといっても、ステラ様をお待たせしすぎです」
「……目に、触れる?」
「まぁ、ステラ様はお気になさらないでください。ただ、ステラ様を一人置いていくのですから、お手紙のひとつでも下されば良いのに、と思って」
呆れたようなハンナは、すっかり母親の顔だ。
それがなんだか嬉しくて、ステラは思わず笑い声をあげた。
「フフフ、なかなか厳しいですね。ハンナさんたら」
「そりゃそうです! 旦那様とはいえ、私共一家はお生まれになった頃からお側にいますので、ひどい仕打ちには一言申し上げたくもなります」
使用人としては好ましくないかもしれませんねと、ハンナはおどけた様子で舌をだす。
「……皆さんがお側にいたから、アレクシス様は孤独にならなかったのね」
「……旦那様と私達は主従の関係ですが、私共にとっては……烏滸がましくも息子や弟のような、家族として感じるような思いがございました」
ステラの呟きに、困ったような微笑みを浮かべる。
「アレクシス様も、雇い主としての線引きをなさった上で、私共にとても良くしてくださいます。ですが、……その調子ですべての人間関係に『踏み込まない』ように線を引いているように思えてしまって」
「『踏み込まない』……」
「ええ。ですから、最近の旦那様を見ていると、とても楽しそうに笑ってらっしゃるので私も嬉しいんです。……その線を越えて、関係を作っていきたいと思える方と笑っていて欲しい、なんて。……侍女の考えることではないんですけどね」
にっこりと優しい笑顔をステラへ向けると、ハンナはお茶請けのメレンゲクッキーを小皿に乗せながら、独り言のように呟いた。
(彼がもう一歩、踏み込みたいと思える誰か、か……)
自ら孤独を選ぶ事で周りを巻き込まないようにする彼が、ひどい噂話を見ないフリをして、人が離れる事を厭わない彼が、どうしても側に居たいと切望する人物。
きっとその人が居るだけでアレクシスは幸せになれるのだろう。
愛して止まない物達と同じように、溺れるほどの愛情を注ぐに違いない。そうして相手もまた、優しい彼を愛するようになる――――
なんと素晴らしい事だろう、ステラも心からそう思うのに、なぜか胸がつかえるような、妙な閉塞感に捕らわれる。
その感覚を押し止めて、ステラは柔らかく微笑んだ。
「いいえ、その通りだと思います。アレクシス様には幸せになって欲しいから」
◇
「すっ、すすすす、ステラぁ!」
「お仕事お疲れ様で……ちょ」
それから少しして、アレクシスが館に帰って来た。
玄関で出迎えにきたステラを見つけた途端、わなわなと病的に震えだす。
悟ったような表情のステラの元に一目散に駆け寄ると、ぎゅっと抱きついてきた。
ステラの肩口にグリグリと頭を擦り付け、絞り出すように息を吐く。
「あー、あー、あー満たされるぅ……」
「もう、帰って早々なんですか? いきなり飛び付くなんて変質者もいいところですよ?」
「だって! 1週間だよ? 1週間もステラを補充しないなんて死活問題だ!」
「……付いて行くと言ったのに、留守番と言ったのはアレクシス様じゃないですか。それにそうおっしゃるから、ハンカチを渡したんですけど?」
『ステラが不足してきた。まずい』というアレクシスの伝言により、何がまずいのか全くわからないまま、着替えと一緒にハンカチを渡したのだ。
彼の腕から逃れることなく、責めるようにじっとりとした視線を送る。
「うぅ……そんな目もいい……。足りなかった……」
「きちんと返してくださいね、ハンカチ。それで……、お話というのは」
このモヤモヤした気持ちをいつまでも抱えていたくない。
早く済まそうと切り出すと、アレクシスが途端にアワアワと狼狽えだす。
「あ、あの、まだ準備があって、明日! 明日のお昼に時間をくれないかな?」
「明日……はい」
「よかった! あ、僕これから来客があるんだ! 夕食の時でもゆっくり話そう! じゃ!」
「あ、あの……」
アレクシスは名残惜しそうにステラをぎゅっと抱き締めた後で、足早に執務室へと向かっていく。
(なんだろう、はぐらかされた?)
珍しくアタフタして、あまり話題にしたくないような雰囲気すらある。
どこか不自然なアレクシスの様子に首を傾げながら、遠くなる彼の背中をただ見つめていた。
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