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#37 出来ること

 




「僕は大丈夫だから、ね?」


「ひゃ」



 アレクシスが、ステラの頭に顎を乗せるような形で、彼女を腕の中に閉じ込めた。

 背後の(グスタフ)ごと抱き締めたため、黒いモヤの中にいるような状態ではあるが、そんなのお構い無しだ。


 我を忘れたようにポールへの追及を続けてきたステラは、突然の拘束に固まった。

 背中のじんわりした温もりが、ポールに向けてもたげた鎌をゆっくりと解かしていく。ステラは顔を赤らめつつも、元の落ち着きを取り戻した。

 しかし、腑に落ちない部分は大いにある。自分の背中にペタリと貼り付いているアレクシスに向かって問いただす。



「な、何故です? 彼は放置してはいけない人物です。アレクシス様に害をなそうとしました」


「そ、そんな大それた事考えた訳では……わぁっ!」



 思わず口を挟んだポールは、ギラリとしたステラの一睨みで再び縮こまる。

 アレクシスは、ステラを囲う両の腕に更に優しく力を込めた。



「僕は平気だよ。こんな噂、少しも痛くない」


「じゃあどうしてっ」


「ほら、やっぱりここにシワが出来てる。僕の為に怒ってくれるのはわかってるけど、彼にばかり構っているのは妬けるなぁ」


「…………っ」



 冬の夜空のような紫紺の瞳に囚われたステラの眉間を、アレクシスの指がちょん、と触れる。珍しく感情的に問い詰めようとしたステラの動きを、アレクシスが完全に封じた。

 軽い口調とはうらはらに、覗き込んだ彼の眼差しは真剣で、ステラの心にするりと染み入って毒気を解していく。



「あんな噂に惑わされるほど、僕は幼くもないし、清純ではないよ。その為に君の手を汚すことはない」


「………………」


「た、……助かった!」



 ステラが目を伏せた途端に、安堵の声が上がった。

 つい先程までステラの怒気に当てられていたポールが、解放されたと言わんばかりに肩の力を抜いた。

 そしておもむろにアレクシス達の足元に跪き、うっすらと笑みまで浮かべている。



「いやぁ、私が浅はかでした……! こんなにも慈悲深いお方の悪評を広めるなど、どうかしておりました……。生意気にもあなた様の栄光に嫉妬して、こんな愚かな真似をしてしまったのでしょう……!」



 ただでは起きないつもりなのか、ポールはいともたやすくその手のひらを返して見せた。アレクシスに媚びるような口調でペラペラと調子よく捲し立てる。

 ステラが睨みを効かせるも、この場で命の危険がないと読んだのか、先程のように怯えた様子はない。



「これから私は、自ら犯した罪と向き合わなければなりません……。しかし、償いを済ませ、自由となった暁には、必ずや世に蔓延るあなた様の悪評を全て打ち消してご覧にいれましょう!」


「君、これだけ悪いことをして、自由になれると思ってるの?」


「は?」



 ニッコリと良い笑顔で、アレクシスがボソリと呟いた。

 聞き取れなかったのか、ポールは曖昧には微笑むばかりで要領を得ていない。

 アレクシスはステラを片腕に抱き直すと、ポールの右手首に光る鈍い銀色に目を留めた。



「君のそのバングル、ちょうど良いからその子に聞こう」


「は…………? な、何を……」



 じっと目を凝らして銀のバングルを注視する。

 髪を耳に掛けるような仕草で耳飾りに触れると、ポールの周りにぷかりと例のシャボン玉が浮かび上がる。

 アレクシスが指をならすとぱちんと弾けて、辺りに男性の声が響いた。



『この古道具使えるな。あっという間に貴族様の懐に潜り込める。加減しながら魅了する事が出来れば、体の良い金蔓の出来上がりだな』


『最近また『精霊公爵』が夜会に居て目障りだ。前のように儲け話をフイにされては困る。社交の場から遠ざけたいが……』


『金蔓が良いカモを見つけてきた。愛しの婚約者殿が他の男に靡いてしまえば、しばらく夜会には出られないだろう。絶望するアイツの顔が今から楽しみだ……』


「何だ? え……、は?」



 シャボン玉の中はもちろんポールの声。

 本人は訳がわからずにキョロキョロしながら、言葉にならない声を呟くだけ。

 狼狽える彼にアレクシスが淡々と状況を付け加えていく。



「うわ……、脅迫、詐欺、傷害も? 君の『黒い蜂』ていうのは結構手広いね。犯罪組織は根絶しないとね、アジトもお仲間の事も達も含めて全部晒すから。ジェラルドから特別手当がでるかもなぁ」


「……待て、なぜそれを知っ……、いや、え」


「魅了の他に罪が増えても構わないと言っていたし、良いよね? 生きてるうちに自由になれるといいけど、たぶん無理」



 唐突に出てきた『黒い蜂』という言葉にステラは首を傾げるが、ポールには心当たりがあるのか動揺した様子で、どんどん顔色が悪くなっていく。



「何も知らない(アクセサリー)達を犯罪に利用しておいて、僕がただで済ます訳ないでしょう? それに」



 アレクシスはステラを抱く腕に一層力を込めて、凍てつくような怒りの眼差しでポールを見下ろした。



「ステラを巻き込んだことは、決して許さないから」




 ◇




 ポールの身柄は、騎士団の預かるところとなった。


 禁術の魅了を使用した罪に加え、更に犯罪組織『黒い蜂』に深く関わっている事がわかり、数々の悪事が表面化することになりそうだ。後日改めてアレクシスによる鑑定が行われ、罪が確定するのはその後になる。


 ポールは魔法封じの縄で両手を括られて、騎士に引き摺られるようにして出口へ向かう。その顔には未だ戸惑いが多く見られ、何が起きたのか理解できていない、といった表情だった。


 ナタリアをはじめとする令嬢達は、完全なる被害者として事情を聞かれることになった。ポールに対して抱いたほんの少しの好意が魅了によって増幅され、彼に心を縛られていたようだ。今日は医師の診察を受けて健康状態を確認したあと、問題なければ自宅に戻り待機となる。


 令嬢達が次々と騎士や侍女に付き添われて去っていく中、ナタリアだけが物言いたげな顔でステラ達を気にしていたが、その内に促されるままに会場を後にした。




 ◇




「アレクシス様は嘘が下手です」



 ストックウィン家に向かう馬車の中、ステラが突然切り出した。

 会場を出てからというもの、お互いに無言で思いに耽っていた。ボンヤリと窓の外を眺めていたアレクシスは、ゆるゆると隣に座るステラの方へと顔を向ける。



「嘘?」


「痛くないはず、ないんですよ。あんなひどいことを言われて、平気なはずがない」



 小首を傾げてかわいらしく訊ねたアレクシスを見ることなく、ステラもまた、窓の外を眺めている。言い含めるようにゆっくりとした口調は、どこか腹を立てているようにも聞こえる。

 今日の事について、彼女は納得していないのだろう。アレクシスは苦笑いでステラの問いに答える。



「……そうだねぇ。確かに僕が子供なら、悲しい思いをしたかもしれない。でも今では、その言葉が僕を弱らせる為の手段でしかないとわかっているし、俯いても始まらないからね」



 アレクシスがそう言うなら、彼の中できっちりとケリがついた話なのだろう。外野がとやかく言う事ではないが、それでもステラは腑に落ちない。

 なぜ彼がその言葉を聞かなければならないのだろう。

 ステラは振り替えることなく、言葉を続ける。



「ナタリア様との婚約解消だって、あんな理由ではないでしょう?」



 権力主義などという言葉の対極にいるような彼が、どうしてあんなことをナタリアに話したのか、少し考えれば理由などすぐにわかる事だ。



「……グッドフェロー侯爵家の皆さんを、遠ざけるためでしょう?」


「……顔に出たかな?」


「いいえ、全く。小賢しい権力主義者のお顔をしていましたのでご安心ください」



 意外そうに目を丸くしたアレクシスに、口を尖らせて嫌味をお見舞いする。

 なぜ彼が、孤独を選ばなければいけないのか、ステラは納得出来ない、したくないのだ。

 ステラはずっと、窓の外を向いたまま。

 今振り返ると感情的になりそうで、アレクシスの顔を見ることが出来ないでいる。



「彼らは本当に、僕に心を砕いてくれたから。……優しいあの家の人達に害が及ぶのは、どうしても嫌だったから」


「じゃあ、そう言えばいいのに」


「……本当の事を言うよりも、その方が話がスムーズに進むだろう?」



 いつか、あのローラが言っていた『独りぼっちの狂人アレクシス』という言葉が頭をよぎり、ステラはその思いを振り払う。

 きっと過去には、孤独な思いを抱えていたことがあるだろう。ただそこに、ステラに出来ることは何もなくて、それがどうしようもなく歯がゆくて堪らない。

  もう、彼がそんな思いをすることがないように、出来ることは――――



「それ、私には通用しませんから」


「ん?」


「私は離れません。あなたの護衛ですから、何が起きてもそばにいます」



 危険から身を守るだけの護衛ではなく、二度と悲しい決断をさせないためにそばにいる。

 姿勢をシャンと正して、クルリとアレクシスの方に向き直る。



「だから、アレクシス様が離れてしまっては困ります。私にきっちり守られてください」



 ステラのまっすぐな眼がアレクシスを射抜く。

 ステラの意気込みに呆気にとられていたアレクシスの顔が、段々と蕩けるような笑顔に変わっていく。



「…………そんなこと言われたら、もう逃がしてあげられないじゃないか」


「逃げませんったら。何が来ても立ち向かうのみです」


「…………そういう意味じゃないよ」



 不意に、ステラの体が引き寄せられる。

 肩を抱かれ、手をとられたステラは、アレクシスの胸にぴったりと包まれた。

 彼の心音を直に感じる近い距離で、ステラは目を白黒させながら今日の自分の装いを振り返る。



(え、ええと、ネックレスは外したし、イヤリングかしら? それとも髪飾り? ドレス? あれ? でも、なんだかこれって)



 私の事が愛しくてたまらない、みたいに抱き締めるのね――――



 そんな考えが浮かんだそのとき、少しだけ体を離したアレクシスが、真剣な顔でステラの顔を覗きこんだ。



「僕たちのこれからについて、話があるんだ。事件が落ち着いたら聞いて欲しい」









お付き合い下さりありがとうございます!


年内に完結出来ると思ってましたが、予想以上にもたついて、時間がかかっております。

もうゴールはすぐそこなので、どうかもう少しお付き合いください。


ご覧いただいている皆様には、ただただ感謝しかありません。

モチベーションの源です。ありがとうございます。

どうか、よいお年をお迎えください!



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