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#35 愛の証と冷たい嘘

 



 ステラは包み紙をテーブルの上に置くと、令嬢達の方へ向き直る。



「目的は存じませんけど、こちらの方に好意を持つような術です。私を引き込もうとしたナメ……、念のようなものも消滅済みですから、そろそろ皆さんに掛けられた術の効果もきれるでしょう」



 鏡の中にいたナメクジは、ポールの魅了によって捕らえられていた令嬢達の思念。

 術の影響なのか攻撃的で、仲間に取り込もうといきなり襲い掛かって来たが、武闘派令嬢ステラによってまさかの返り討ちに合う。


 その後、精霊であるグスタフの力で浄化された思念達は、フヨフヨと漂って壁を抜けて行った。おそらく元いた場所に帰っていったのだろう。



 令嬢達は半信半疑といった様子で、お互いの顔を見合わせている。効果が既に薄れて来ているのか、特に反論してくる事もない。ナタリアもしっかりとした眼差しで黙ってステラを見つめている。

 ステラは一人一人の顔をみながら、言い聞かせるように言葉を続けた。



「これはもはや呪いです。今回は術の掛かりが浅くて解くことが出来ましたけど、もし自我を保てなくなるほどの呪いだったらと考えると……恐ろしいですわね」


「ち、違う! 呪いだなんて嘘です! 皆さんにお渡ししたのは、僕の愛の証です!」



 ポールは令嬢達に向かって必死に弁解を始める。

 勢いよく立ち上がり、彼女達の方に歩み寄ろうとするが、背後に立つ騎士に肩を抑えつけられる。

 ステラはその言葉を鼻で笑うと、彼を嘲るように見下ろした。



「まあ、たくさんの愛の証をお持ちなのね。ずいぶんと不誠実だこと」


「……くっ」


「皆様、その証は騎士団の方にお預け下さい。ネックレス自体に呪いは込められていませんが、調査と安全確認のために必要なのです」



 ステラが令嬢達に呼び掛けると、騎士達によってテーブルに小さな革袋が数枚置かれる。

 彼女達には迷いが見えたが、一人がネックレスを外して革袋に入れると、次々とそれに続いていく。

 最後に前に進み出たナタリアが、そのままステラに声を掛けた。



「……ポール様が言っていた事は、全て嘘だったということ?」



 意思の強そうな眼差しはそのままに、しかし先日とは違って落ち着いた様子で、意を決したように話し始めた。



「ストックウィン公爵が人の心を読んだり、思いのままに人を操ったりすることはないということなの?」


「僕の能力は、そんな都合のいいものではありませんよ」



 ステラの代わりに、いつの間にか隣にいたアレクシスが答える。



「……詳しいことは国家機密になるので言えませんが、そんなに便利な能力があれば、もっといろいろ上手くやれるんじゃないでしょうか? ねぇ、ステラ?」


「……なぜ私の顔を見るんですか」



 ニッコリとお手本のような笑顔の中に、そこはかとなく圧を感じる。彼はそのままの顔でステラの腰に手を添えて、自分の方へと引き寄せた。



「ちょっ……アレクシス様?」


「君が危ない目に合うなんて聞いてなかったんだけど。君の心の中を覗ける力が欲しかったなぁ」


「う」


「君が倒れて、目覚めて……彼の元に歩いてく姿を見て……。あの状況で、よく正気を保てたと自分で自分を誉めてあげたい」



 彼がずい、と近い顔を更に寄せて覗き込んで来た。

 アレクシスは一連の流れに思うところがあるらしく、笑顔で不服を申し立ててくる。


 彼の護衛でありながら報告が足りなかったのは不徳の致すところで、余計な心配を掛けてしまったことは反省すべき点だ。

 そう思いながらも、あまりの距離のなさに耐えきれず、ステラはフイと顔を背ける。



「……報告、すべきでしたね……」


「その辺のところ、あとでお話ししようね。じっくりと」


「…………はい、すみませんでした……」



 アレクシスの追及が一段落着いたところで、ナタリアとの会話が途中だったことを思い出した。

 視線を向けると、呆然とした様子のナタリアがその場に立ち尽くしている。



「ナタリア様?」


「…………わからないことがあるの」


「……?」


「あなたが悪くないなら、どうしてお父様はあなたとの婚約を解消したの……?」



 何かに戸惑っている様子のナタリアは、アレクシスに向かってうわ言のように疑問を投げ掛ける。



「……お父様は、なぜあなたを見捨てるような事をしたの?」



 貴族間の婚約は政略的なものであり、そこに不利が生じることがあれば、スッパリと関係を解消することなど、往々にして良くある話だ。ステラだって、おそらくナタリアも、そんなことはよくわかっている。

 しかし彼女は、ステラと同じように、あの婚約解消についてどこか納得できないのだろう。


 自分の父親が、孤独な幼いアレクシスとの関係を絶った事が、どこか非道な振る舞いのように思えて、信じたくないのかもしれない。

 ナタリアは悲痛な様子で顔を歪め、こらえきれずに俯いてしまった。


 何と言ったら良いのかわからずステラが思案していると、横から声が上がる。

 片手でしっかりステラの腰を抱いたまま、穏やかな口調で話し始めた。



「……私がグッドフェロー侯爵に進言したのですよ」


「え……?」



 意外な答えに思わず声が出た。ナタリアもふと顔を上げて、アレクシスの話に耳を傾けている。



「両親が亡くなり、我がストックウィン家のこれからが一気に不透明になりました。そんな中であなたのお父上……グッドフェローのご夫妻は、私の身をとても案じてくれました」


「お父様…………」


「王家と私、そしてグッドフェロー侯爵との話し合いで、私が成人するまでの後見人となり、名代としてストックウィンの家を残すように尽力すると、陛下の前で誓ってくださった。しかし――――それを私が拒んだんです」



 昔を懐かしむような優しげな表情が、少しだけ引き締まる。

 曖昧に微笑みを浮かべながらも、どこか突き放すような冷たさを感じる。



「当時から、僕の力を利用しようとする者、その力が目障りな者達から身を守る必要がありました。それで僕は、この国で一番大きな権力を後ろ楯として得たいと考えた。だから侯爵……あなたのお父様の申し出を断ったのです。侯爵家も悪くはないが……いささか荷が重いでしょう?」



 不意に言葉の中に侮蔑の色が浮かび、緊張が走る。

 貴族然としたにこやかで隙のない表情のアレクシスは、なんでもない事のように話を続ける。



「王家という最高の後ろ楯を得たおかげで、こうして安全で優雅に面白おかしく暮らしているので、今更になって婚約の話を持ち出すなど困ります。……まぁ、幼いなりに必死だったのです。婚約が叶わなかった事、悪く思わないで下さいね」


「そ、そんなつもりは……」



『関わるな』と言わんばかりのアレクシスに、ナタリアは言葉を失う。

 侯爵にかけられた温情が本当ならば、彼の冷ややかな物言いは何とも恩知らずで、権力を欲する者の言葉に聞こえる。


 しかしステラが知っているアレクシスは、そんなつまらないものに拘らない。真意は他にあるのだと、ステラは黙って状況を見守っていた。


 ナタリアが言いあぐねているところに、大きくせせら笑う声が響く。

 騎士達に腕を取られて拘束されているポールが、おかしくてたまらないといった様子で、にやにやと悪意に満ちた顔をアレクシスに向けた。



「ナタリア様、そんな男と結婚せずに済んで良かったではないですか。あなたのお父様は正しかったのです」


「え……?」


「その男は、自分の能力を使って両親を殺したといわれているんです。陰で『親殺し』と囁かれているのですよ」








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