#34 鏡
「よろしければ私がお付けしましょうか?」
「いーや! ステラ、愛しの僕が付けてあげるよ」
「いいえ、自分でやりますので」
アレクシスとポール、2人の申し出を断り、ステラはふるふると揺れるようにきらめくバイオレットサファイアをじっくりと観察する。
(こないだのサファイアみたいな嫌な感じはないのね……)
そっとペンダントを手に取り、身に付けた。
アレクシスが心配そうにその様子を窺っているが、体に何も変化は見られない。
透明感のある紫色の雫はただただ美しく輝くだけで、別段不審な点もない。思わず率直な感想がついて出た。
「……見事ですね。とても綺麗だわ」
「お気に召したのなら良かった。さぁ、こちらでご覧になってはいかがです?」
ポールが席を譲るために立ちあがる。
そこには先程の三面鏡が置かれていて、胸元のネックレスが入るよう高さを調整されている。
ステラが立ち上がると、ポールは椅子の背後に回り、甲斐甲斐しく椅子を引いた。
ステラがその椅子に座ると、ネックレスをつけて、少し緊張の面持ちの自分の姿が鏡の中に映る。
ネックレスは鏡の中でも変わらずに美しい。光を留めたようなバイオレットサファイアの輝きに、ステラはうっとりと目を奪われる。
「ステキ……」
「あぁ……お美しい。よく、お似合いですよ」
ポールはステラの背後から身を乗り出して、鏡を覗きこんだ。
頬が触れそうなほど寄り添う2人の姿が鏡に映り、ポールが妖しく微笑む。
それを見たアレクシスが慌てて立ち上がり、何か叫んでいるがステラには聞こえない。
その姿を見たのが最後、鏡の中の輝石からまばゆい光が溢れ、ステラは白い光に包み込まれるように視界を奪われた。
◇
光はいつの間にか白いモヤとなり、気づけばステラはその中にいた。
むせ返るような薔薇の香りが辺り一面に漂っているが、決して爽やかな芳香ではない。ベタベタと体にまとわりつくようなどぎつい香りに、ステラは眉間のシワを深くする。
『ねぇ、素敵な方でしょう?』
「……そうでしょうか?」
『まるで、異国の王子様のようでしょう?』
「いえ。根無し草のような人、としか」
『あの方の側に居るだけで、幸せな気持ちになるでしょう?』
「そうとは限らないと思いますけど」
周りを見渡せば『お得意様』の令嬢達とテーブルを囲んでいる。さながら薔薇の庭園でお茶会に参加しているような雰囲気で、きゃっきゃと話に花を咲かせている。
どうやってここに来たのか、ステラはどうしても思い出せない。
頭は霧がかかったようにぼんやりしているが、令嬢達から矢継ぎ早に飛んでくる質問にはキッパリ反論を続けている。
しかしその度に、脳内に響くような令嬢達の声が段々と強くなっていく。
『あんなに素敵な方なのに、なぜ心を奪われないの?』
『なぜ触れたくならないの?』
『なぜ愛さないの?』
「なぜと言われても。……そう思わないから。だって」
――――だって、何?
思い至ると、頭の中が一気に澄みわたる。
感覚がハッキリしてくると、ゾワゾワと引き込まれるような不気味な気配を感じる。
ここにいるのは人ではなく、何か怨念のような――――
『そう思わない、ですって』
『もうそれでもいいわ』
『私達と共に、あの方の虜になりましょうよぉ』
令嬢達を模していた何かの口がニヤァっと大きく歪み、顔が崩れていく。瞬間、本能的な嫌悪を感じたステラが弾かれたように飛び上がった。
徐々に人としての形を崩し始めた『何か』は、大きなナメクジのような体をウゾウゾと動かして、地べたを這いずり回っている。
(怨念というか、ナメクジだったわ)
よくわからない空間に生えている、よくわからない木の枝に捕まりながら、ステラは下の様子を眺めている。
溶けかけのナメクジに似た『何か』は、ステラを取り込もうと触手のようなものを伸ばすが高い所に届かない。そのうちに数体が集まってきて融合し、嵩増しをし始めた。
(とりあえず、ここから出ましょうか)
地上で不気味にブヨブヨと大きくなる『何か』に向かって、手にした扇をシャランと打ち鳴らすと、掴んでいた枝から手を離した。
◇
「……テラ! ステラ! しっかり!」
ステラが気が付くと、眼前にアレクシスの必死な顔が現れる。
床に膝をついた彼は顔面蒼白で、横抱きにしたステラに懸命に呼び掛けている。
「ア、レクシス様……」
「ステラ! よかった……! 大丈夫なの?」
自分の頬をそっと撫でる手の暖かさと、アレクシスの腕の中にしっかりと抱えられている状況に、ステラの目が一気に覚めた。
「も、問題ありません……。それよりも私、彼に話をしなきゃ」
アレクシスの手に捕まり立ち上がると、ステラはまっすぐにポールへ視線を送る。
その様子にポールがニンマリと満足そうに笑みを浮かべ、ステラを迎え入れようと両手を大きく拡げた。
「あぁ! 僕の思いが通じたのですね! 愛しい人!」
「はぁ!?」
珍しく大きな声で不快感を示したアレクシスを横目に、ステラは口角を上げて穏やかな微笑みを浮かべる。ポールをしっかりと捉えつつ、そのまま一歩ずつ距離を詰めていく。
「……このネックレス。とても美しくて目を奪われてしまいました」
「フフ……私も、初めてお逢いした時から、貴女の洗練された美しさに目を奪われておりました」
「……お上手ですこと」
「さぁ、私と共に行きましょう? 美しい方」
ポールが目の前に立つステラに跪き、愛を乞うように右手を差し出した。
ステラは笑みを深くして、すがるように差し出されたその手首をがっしと逆手で掴み、そのまま捻り上げた。
「ぐぁっ! …………な、何を?」
「ウフフ、お望み通り、王城の騎士団の詰所へご一緒しますわ」
先程までの穏やかな顔はどこへやら、ステラは好戦的で不敵な笑みを浮かべている。腕をとられて痛みに顔を歪めながらも、ポールの目は泳いで動揺を隠せていない。
「な、なぜだ……。なぜ効いていない……?」
「まぁ、何か私に仕掛けたみたいに仰るのね?」
騎士が数名、ステラ達のいるブースへ駆けつける。
アレクシスが彼らに状況を説明し始めたのを見て、ポールは敵意を持った眼差しをステラへ向けた。
「どういうことですか? いい加減手を離していただきたい」
「人心を操るような魔法は禁止されています。国際条約でも厳しく罰せられます。あなたは禁術である『魅了』を使いました。まだ言い逃れ出来るとお思いで?」
「言い逃れも何も、私がしたという証拠はあるのですか?」
「証拠、ご覧になります? あれですよ」
ステラが目線で促した先にあるのは、例の三面鏡だ。ポールはバカにしたように鼻で笑い、悪態をつく。
「……ただの古い鏡でしょう。何が証拠だと? バカらしい」
「長い年月を経た道具は、まれに魔力を持つ事があります。古道具の三面鏡の魔力を使い、魅了の術をかけたのです」
「術など、私は何も知らない!」
「魅了の術は術者の体の一部を使用します。おそらく髪の毛や爪など……。必ずどこかにあるはずです」
「ハッ! そんなものがどこにあるというのか、是非拝見したいですね」
ポールが勝ち誇ったように笑い声をあげたその時、テーブル上の鏡が微かに発光した。
鏡面がむくっと盛り上がり、そこから半透明の甲冑男がぬるりと這い出てきた。
ステラとアレクシスにとっては、最早お馴染みの光景なのだが、ポールにご令嬢達はもちろん、駆けつけた騎士達その他ギャラリーにとっては衝撃的映像であったらしく、揃ってポカンと口を開けている。
ポールに至っては腰も抜けたらしく、ヘタリと尻餅をついて、這うように甲冑男から距離を取る。
甲冑男はいそいそと首元に手を突っ込むと、中から薄紙の小さな包みを取り出した。そのままステラの前に跪いて、恭しく包みを献上する。
「なっ……、なんだこの化物は」
「化物ではありません、グスタフです」
ステラがカサカサと包みを開けると、中には蜂蜜色の毛を麻紐で括ったものが数本入っている。それをポールの髪と見比べて、納得するように小さく頷いた。
「……見つかりましたね、髪の毛。決定的な確信を得たいのなら、騎士団で鑑定していただけると思いますので、安心してください」
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