#33 ポール・ダールベック
ステラが商業ギルド主催による宝飾品の展示会に姿を現したのは、それから数日後の事だった。
この展示会は、国内外からやって来た商人が、己の足と嗅覚だけを頼りに手に入れた、選りすぐりの宝石やアクセサリーを誇らしげに披露する場だ。
もちろん彼らは商魂も存分に発揮する。宝石に興味を持って会場を訪れている貴族達に、ここぞとばかりに自慢の商品を売り込んでいる姿があちこちに見られている。
会場となる大ホールはいくつかのブースに区切られていて、そこから更に分けられたスペースが商人へと与えられる。
彼らはそこで自由に商品を展示し、商談をすることが出来るという、マーケットのような非常にオープンな経済活動の場なのだ。
「ポール・ダールベックと申します。これほどまでに麗しい方にお目通りが叶い、恐悦至極です」
「ステラ・ピルチャーです。形式的な事とはいえ、ずいぶんと大袈裟な事を仰るのね」
「ハハハ、これは手厳しい」
4人掛けの円卓、ステラの向かいに座るのは、件の男ポール・ダールベック。
蜂蜜色の髪は癖があるが、短く清潔に整えられている。鍛えられた体躯と日に焼けた肌は、商人と言うよりも冒険者という方がしっくりくる。女性に人気があるのも頷ける容姿の男性だ。
彼の背後には豪奢なドレスに身を包んだ『お得意様』と思われる令嬢が数名、侍従のように控えていた。その中には先日顔を合わせ、この席を設けたナタリアの姿も見える。
ステラのツンと澄ました挨拶にヒソヒソと囁き合っていたが、彼が白い歯を見せてにっこり笑った途端、ホゥ……と感嘆の声が聞こえた。
「早速ですが、あのサファイアをご所望と伺いましたので、いくつかお持ちしております」
「赤みの強めのものはあるかしら。より紫に近い方が好ましいのですが」
「なるほど……噂の婚約者様のお色ですね?」
「まぁ……。みなさま想像力がたくましくていらっしゃるのね。困ってしまうわ」
愛想の良い商人の顔に潜む、こちらの出方を窺うような目線を煙に巻く。
否定も肯定もせず、含みを持たせて微笑んだステラに、グレーのベルベットのアクセサリートレイが差し出された。
「では、こちらのペンダントなどいかがでしょう? 他の方の物よりも大粒ですが、お色はご希望のものに近いでしょうか?」
「まぁ……」
差し出された品は、雫型にカットされた美しいバイオレットサファイアのペンダント。繊細な金の鎖に、鮮やかな菫色が際立つ印象的な品に、思わず息が漏れる。
ポールは白手袋をした手で、恭しくペンダントトップの辺りを指し示す。
「いかがです? こちらならお眼鏡に叶うかと思うのですが」
「そうね、とても素敵ですわね。付けてみてもいいかしら?」
「もちろん。少しお待ちください」
ポールはニコリと静かな微笑みを浮かべ、ワゴンから木製の卓上鏡を持ち出した。
かなり年期の入った三面鏡で、修繕はされているものの、擦れてささくれた木片があちこち飛び出ている。
彼は落ち着いた様子でそれをテーブルに設置しながら、場を繋ぐように話し始める。
「今日は、……婚約者様はご一緒ではないのですか?」
「あら、何かご用が?」
世間話のようなありきたりな問いを惚けてかわしたステラに、ポールの纏う空気が妖艶なものに変わる。
「いえ。貴女のようにお綺麗な方、私なら片時も離れがたいのにと思いまして」
「うわ鳥肌が」
「は?」
「いえ何も」
フェロモンたっぷりの誘うような笑みにゾワリと悪寒が走る。
初対面の、しかも客として来店した人物に対して色香を垂れ流すなんていかがなものか。ステラは素知らぬフリでゾワゾワする二の腕の辺りを労るように擦る。
そんな様子を気にも介せず、ポールはゆっくりとステラの方へ媚びるように手を伸ばした。
「……こんな有象無象が集まる場所に、大切な女性を独りで行かせるなど耐えられない。常に僕の腕の中に閉じ込めて置かなければ……」
「あら?」
その手と視線を難なくかわしたステラは、ふと、こちらに近付いてくる人影に気が付いた。穏やかな表情のまま、猛烈な怒気を纏ってやって来た人物に、ステラは嬉しそうに手を振った。
「噂をすれば、ですわね」
「な…………?」
「もう少し時間が掛かると思ってましたのに。早いですわよアレクシス様」
ふわりと微笑むステラの肩に、そっと手を置いたのはアレクシスだ。
ポールとご令嬢達は驚いて言葉が出ない。ナタリアは目線を外して俯いている。
「ひどいなぁ。君に逢いたくて急いで仕事を終わらせて来たんだよ」
アレクシスはステラの顔を覗き込んでから、向かいに座るポールを一瞥して、座ってもいいかと彼に訊ねた。
しかし唖然とした様子で返答がないので、仕方なく自ら椅子を動かして、ステラのすぐ横へ移動させた。
そのまま優しく彼女の手を取ると、いとおしそうに口づけをおとす。
「お待たせ、愛しいステラ」
「へぁっ…………」
思わぬ行動に、ステラの顔が一気に赤くなる。楽しそうなアレクシスにじっとりと抗議の眼差しを向けた。
「台本にない……じゃなくて、……人前では控えてください」
「おや? 人前じゃなければ控えなくていいと? 言質は取ったからね」
「~~~~~っ」
これは『婚約間近の相思相愛なふたり』の演技。
ポールの企みを暴くため、ステラが考えた作戦だ。
アレクシスを逆恨みしているらしいポールは、関係者であるステラに対しても何か仕掛けてくる可能性がある、とステラは踏んでいた。
ならばその可能性をより高めるため、『当主と護衛』から『婚約者』へと関係を深めて彼の前でそれらしく振る舞う、というのが本作戦の概要だ。
その中で予想外だったのは、作戦を大絶賛したアレクシスのノリの良さと演技力の高さだ。
『婚約者を溺愛してメロメロのアレクシス・ストックウィン』を見事に体現することが出来ているので、ポール達から見れば不自然な点はないはずだ。
だが、これまで見てきたアレクシスの『大好きな物を見る目』よりも甘く、熱を持った瞳でステラを優しく見つめてくるのは居たたまれない。
思わず素で照れてしまいそうになり、ステラは目を逸らす。
(私も誤解しちゃいそうだわ……)
「……見せつけておかないと、君の美しさにのぼせた男達が勘違いしてしまうといけないからね」
いまだステラの手を優しく包んだまま、アレクシスは正面のポールに微笑みかける。どこか冷たくて威圧感のある笑顔に、初めてポールが反応した。
「……これは……仲がおよろしい事で」
「あぁ、ありがとう。それで? ステラはこのペンダントが欲しいの?」
「ええ、綺麗でしょう? それに……」
「うん、僕の色だね」
そして顔を見合わせて互いに微笑む、までが台本。
ただ、アレクシスの嬉しそうな顔は、演技ではなく本当に喜んでいるように見える。
演技派という新たな一面にどぎまぎさせられたステラだったが、視界の端にワキワキと小刻みに蠢く彼の手を見つけ、急激に平静さを取り戻す。
(耐えてる……)
ポールは胡散臭いが、バイオレットサファイアの品質は申し分ないし、ペンダントのデザインも洗練されている。美しいモノに歪んだ情熱を注ぐアレクシスが放っておけるはずがない。
キリッと凛々しく佇みながら、手はワキワキと忙しそうだ。穢れを知らないような美しい顔と、煩悩たっぷりの生々しい手の動きというギャップがひどい。
幸いポール達からは死角で見えないが、ここで暴発されては元も子もない。
ステラは彼の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「何を、してるのですか?」
「……それをステラが着けるのかと思ったら、興奮しちゃって」
「……死ぬ気で堪えてください」
ステラの言葉に考える素振りを見せた後、アレクシスはニヤリと企み顔でステラに囁く。
「じゃあ、頑張るから、ご褒美ちょうだい」
「ご褒美って……わかりました。常識の範囲内でなら……考えておきます」
「言葉が引っ掛かるなぁ」
「さて、愛の語らいはそのくらいでよろしいですか?」
2人の小声のやり取りに横槍が入れられた。
アレクシスの襲来で崩れた体裁をきっちり立て直したポールは、当初の商人の顔を取り戻してにっこりと笑顔を見せている。
「せっかくですから、婚約者様に美しく着飾った姿を見ていただきましょうか」
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