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#32 特別な関係

 




「どういったおつもりで『化物公爵』などと?」


「…………」



 ステラが知りたいのはその理由。

 謝罪はステラではなくアレクシスに向けられるもので、それを受けるかどうかも彼の判断に委ねるべきだ。


 ナタリアのルビーのような瞳に疑念の色が浮かぶ。

 どうも彼女は、自分の思いを隠そうとしない人物のようだ。

 直情的な行動は自己をコントロール出来ていない事の表れで、ステラよりも一つ年上のはずなのにだいぶ幼く見える。

 変わらず胡乱げな視線を送ってくるナタリアに、ステラが補足をいれる。



「アレクシス様と婚約を解消したことと関係があるのですか?」


「……そんな昔の話、関係ないわ。大体婚約解消を申し出たのはこちらなのよ?」


「……ご家族も納得されてますか? 」


「私が公爵夫人にならずに済んで、ホッとしてるんじゃないかしら? お父様もお母様もそういう欲はないし、その件については何も言わないわ」


「そうですか。ではますます理由が気になりますね」


「理由なんてないわよ、あの男がどれだけ悪い人間か広めてるだけなんだから……」



 食い下がるステラに呆れたように肩を竦めると、ナタリアは何か納得したような表情を浮かべた。



「……あぁ、なるほど。私が元婚約者候補だからって、こんな風に拘るのね」


「いえ、そういう訳ではないのですが」


「……あんなに卑劣な男のために、そんなに必死になるなんて……。これも愛ゆえに、という事かしら……」


「は?」



 一触即発、ピリピリと張り詰めていた空気が一変、生暖かい風が吹いたように和らいだ。

 先程までの憎々しげな視線はソワソワと何か期待めいたものに変わり、ブツブツと呟きながらじっとステラを見つめている。



「あなた達の婚約にとやかく言うつもりはないけど、彼が裏でどんな事をしているかは知っておいた方が良いと思うし……」


「いや、ですから私は婚約者ではなく、護衛で」


「いいわ、知らないのなら教えてあげる。よく考えるといいわ」



 ステラの言葉など全く聞こえない様子のナタリアが、勢いよく前のめりになる。先程までのやる気の無さは消え失せて、イキイキとテーブルに体を乗り出した。

 誤解されるような格好をしているのはこちらだし、何よりその方が上手く話が進みそうだ。ステラはひとまず彼女の話を聞くことにする。



「……彼は、物を見ることで人の心を読めるそうよ。 そして、自分の意のままに操るの。その力で人を騙したり、罪のない人間を犯罪者に仕立てあげるの」


「はぁ」


「目が合ったら魂を取られるとか、見かけたら十字を切れとか、前を横切ると不吉な事が起きるとか、そういう話もあるわね」


「そんなアホな」



 思わず飛び出た言葉に、ステラは慌てて口を押さえる。


 アレクシスに人を操る力があるのなら、ステラのアクセサリーは毎日のように頬擦りされる事になる……いや、そもそも彼が法に触れるような行為をするとは思えない。

 後半は不幸のジンクスみたいな扱いではないか。最後に至ってはなんだ、黒猫か。


 やはり、ありもしない話でアレクシスを諸悪の権化に仕立てあげるのが目的なのだろうか。考え込むステラに、得意満面のナタリアの口は更に軽くなる。



「本当よ。実際に被害を受けた人から話を聞いたのだから間違いないわ。ポール・ダールベック様という方で、今注目の実業家なのよ!」


「へぇ……」



 急に熱量が上がったナタリアを冷めた目で眺めつつ、ステラは紅茶を口に含む。

 人が変わったようにキラキラと瞳を輝かせ、恥じらう乙女のように頬を紅潮させたナタリアが、ポール・ダールベックなる人物について、つらつらと話し始めた。



「ポールは、蜂蜜のような色合いの髪に健康的な肌、深い海のような青い瞳の、それはそれは美しい男性なんだから……」



 その美丈夫は、国から国へと渡り歩く行商人だという。

 取り扱う品は主に宝石や装飾品で、社交の場に顔を見せたかと思うと、その美麗な顔と珍しい品揃えを武器に、あっという間に多数の得意先を持つようになった。ナタリアもそのうちの1人らしい。


 よくよく話を聞くと、彼は元々隣国で店を構える商会長だったらしい。ところが、アレクシスが暴いた犯罪の煽りを受けて、廃業に追い込まれてしまったとのこと。

 最近ようやく再開にこぎつけた、らしい。



(う、胡散臭い……)



 目にうっすらと涙を浮かべながらの力説に、ステラは閉口していた。

 その商人の怪しさも然ることながら、それが原因で流言をばらまいているのなら、完全なる逆恨みじゃないか。

 ポールの言うことに対して、ナタリアがあまりにも盲目的すぎて心配になってくる。



「見て? このサファイア。彼がくれたの、お近づきの印にって」



 ステラの気持ちなどお構いなしのナタリアが指し示すのは、深い青のつやりとした光。

 胸元に小さく光るサファイアのネックレスを見つめる彼女の顔が、愛しいものに向けるようなとろけたものに変わる。



「お得意様にだけのサービスだそうよ。私達は特別な関係なの」


「では、お二人は恋仲なのですか?」


「言ったでしょう? 特別な関係よ。恋仲だなんて誰か1人の特別ではなく、ポールは皆から敬愛されるべき存在なのよ」



 うっとりとした表情のまま宙を見つめるナタリアを見て、ステラは眉を潜める。恋は盲目とかそんな生易しいものではなく、これは洗脳に近い。



「流言は、彼に頼まれて流したのですか?」


「ポールはそんな事言わないわ! ……彼をあんなに苦しめておいて、のうのうと夜会に顔を出すだなんて、許せないのよ」


「そう……ですか」



 ステラはナタリアのネックレスの青い光を注視する。

 0.5カラットにも満たないほどの小さな一粒石のネックレス。しかしサファイア自体の品質は良いものらしく、濃い青色のとろりとしたツヤのある輝きは美しく存在感たっぷり、なのだが。



(なんだか、ゾワゾワと落ち着かないのよね……)



 サファイアの純粋さ、すべてを洗い流すような清廉さが全く感じられない。こんなにキレイに輝いているのに、どこか澱みを感じる。

 このネックレスへの違和感を見過ごしてはならない気がする。ステラは惚れ惚れとしたような表情を作ると、ため息を一つ溢した。



「……美しいサファイアですね。私も手に入れるのは難しいかしら」


「……これは特別なものだから、同じものは無理かもしれないけど。……購入するつもりなら話を通してもいいけど?」


「まぁ、ご親切にありがとうございます」



 そう言うと、ステラはにっこりと外連味たっぷりに微笑んだ。




 ◇




「絶っ対に、ダメ」



 帰宅後、本日の一連の流れを当主に報告したステラだったが、ポール・ダールベックという商人と会うつもりでいる事を告げると、即座に不許可を言い渡された。



「僕の言われようが予想以上に面白かったのはいいけど、ステラがその商人と会うのは嫌だなぁ」


「でも……」



 アレクシスの執務室のソファで、用意された紅茶のカップから湯気が立ち上る。

 ナタリアのペンダントの事も気に掛かるし、何より流言の発信元と思われる人間に問い詰めるチャンスを逃したくないステラは、彼の判断に頷けないでいる。

 そんなステラに、アレクシスはへにょりと困ったような顔で穏やかに諭す。



「そのサファイアみたいな石が怪しいんでしょ? そんなの扱う商人なんて絶対なんかあるから、ダメ」


「大丈夫です、グスタフも連れて行きますし」


「いくらグスタフさんが有能でも、君が強くても……。そんなところに1人で行かないで欲しいんだ」



 膝が触れそうなほどすぐ隣にいるので、アレクシスの伏せ目がちな顔もとても近い。不安にさせているのはステラなのだけれど、シュンとされると頭を撫でたくなってムズムズしてしまう。

 そんな思いを吹っ切るように小さく咳払いをして、ステラはある思い付きを口にした。



「じゃあ……一緒に行きます?」









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