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#31 ナタリア・グッドフェロー侯爵令嬢

 



 勝利を確実なものにするには、相手の事を知るべきだ。



 ずば抜けた戦闘力で敵を一掃する装甲戦車だけではなく、小回りの利く歩兵や速力の高い騎馬兵、情報を巧みに操る諜報員など、相手に応じて上手く立ち回りを変えることが戦地での勝利に繋がる。

 まずは敵の考えややり方を知らなければ、その(すべ)を考えることも出来ない。



「あらまぁ、ごきげんよう。グッドフェロー侯爵令嬢ナタリア様、ですわね?」


「あ、あなた……!」



 本日の戦場はお茶会だ。

 ここはステラの姉であるアマンダの嫁ぎ先、マクレイ伯爵家のタウンハウス。

 伯爵ご自慢の大きなサンルームは全面ガラス張りで、日射しが降り注いでいてとても明るく、花のような令嬢達のお茶会にぴったりの会場だ。

 その会場に今、今だかつてないほどの緊迫した空気が流れていた。



「どういうつもりなのよ!」


「どういうも何も……。淑女たる方々とひとときの語らいを楽しみたかっただけですけれど?」


「方々って……あなたと私の2人っきりじゃないのよ!」



 ホホホ、と悪びれずに微笑むステラに動揺を隠せないグッドフェロー侯爵令嬢、もといナタリアの目が忙しなく泳ぐ。


 今日のナタリアは先日の華やかな赤ではなく、優しい空色のシンプルな装いでお茶会に現れた。

 繊細なレースが重ねられた上品なドレスと控えめなアクセサリーのせいか、前回の派手で華々しい雰囲気とは異なり、一見清楚でかわいらしい印象を受ける。


 相対するステラはアイボリーのディドレス。

 光沢を抑えめに仕上げた生地に点在する金のビーズが陽光に当たるとチラチラとさりげなく光る。

 胸元にはアレクシスがどうしても着けて欲しいと譲らなかったアメジストのネックレスが、しっかりとその存在感を表していた。



「あなたが妹なんて聞いてない……、騙し討ちよ……」


「騙し討ちなんて人聞きの悪い。私はただ、あなたのお話を詳しく聞きたかっただけなのに」



 がっくりと肩を落とすナタリアに、ステラは不敵に微笑みを浮かべていた。




 ◇




 古くからの名門であるマクレイ伯爵家のアマンダ・マクレイ伯爵夫人から、ナタリアの元にお茶会の招待状が届いたのは先週の事。


 彼女個人にもマクレイ伯爵家とも接点のなかったナタリアは、招待状の差出人にほんのりと違和感を感じていた。

 しかし、『我が家自慢のサンルームにて、多くの皆様と楽しいひとときを過ごし、親睦を深めたく存じます』という穏やかなメッセージを受けて、憂いなく出席の返信をした。


 来場したナタリアが通されたサンルームには、一台のティーテーブルと椅子2脚だけが置かれていた。

 目にも口にも美味しそうなお菓子達と、林檎のような甘い香りの紅茶が用意されて、お茶会の体裁は整っている。

 が、やはりどこをどう見ても、椅子は2脚しか見当たらない。


 メッセージには『皆様』とあったが、2人だけの会だったのかしら? と、ナタリアが不思議に思っていると、部屋のドアが開いた。

 こちらに向かって悠然と歩いて来る人物を見て、ナタリアはこのお茶会の真の目的を悟ったのだった。



「改めまして、私は、ピルチャー家次女のステラと申します。あなたとは一度、じっくりとお話ししたいと思っておりましたの」


「……」



 ステラは淑女のような微笑みを崩さずに、白々しく挨拶をする。

 ナタリアは憮然とした表情のまま、プイと顔を逸らした。まるで幼子のようなその態度は、おおよそ年頃のご令嬢とは思えないものだ。



「……ナタリア様?」


「……まず、謝りなさいよ。こんな卑怯な事して恥ずかしくないの?」


「卑怯とは? 何の話でしょう?」



 はて? とステラが首を傾げた途端、ナタリアは顔を上げて、不満を隠さずにぶつける。



「白々しい! はじめから姉妹でグルになって、私を貶めるつもりだったんでしょう!?」


「いえ、そんなことはありません。皆様に招待状は届いているようですよ」


「じゃあこの状況を、どう説明つけるのよ!」



 キョトンととぼけた表情のステラに、ナタリアの苛立ちがピークに達したらしく、テーブルに勢いよく手をついて立ち上がる。

 バン! と乱暴にテーブルを打つ音が部屋に響いて、壁側に控えていたメイドの肩がピクリと跳ねた。


 しかしステラにとっては、そんな子供の癇癪など痛くも痒くもない。水面が揺れるティーカップをスマートに持ち上げて、優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。


 ぐぬぬ、という声が聞こえてきそうな憎々しい顔で威嚇してくるナタリアを見ていると、領地で飼っていたポメラニアンを思い出す。



(よく他の犬にわしわしと吠えかかってたっけ、返り討ちにされてたけど)



 そう思うとちょっぴり親近感が沸くような気が……と思ったがそうでもない。

 遠くにやった意識を戻して、話を再開する。



「他の皆様はご都合がつかなかったようで、丁寧な断りのお手紙が届いたそうです」


「嘘は止めなさいよ! そんな示し合わせたみたいなこと、ある訳ないでしょう!」


「嘘ではないわ。私達以外の3人の方が不参加だっただけ。なんならお返事のお手紙を見せてもらいましょうか?」


「ぐ…………」



 余裕ありげな返答に、ナタリアは苦虫を噛み潰したような顔で乱暴に着席した。



(……こちらも成功して驚いてるのよね……。仕掛けた私が言えた事じゃないけど、何て言うか、大丈夫かしらこの子?)



 接点のない人物から唐突なお茶会の招待など警戒されるに決まっている。

 そう思っていたステラは、疑うことなくやって来たチョロい……いや、騙されやすいナタリアの事をつい心配してしまう。



 姉が主宰したお茶会、というのは本当の話。

 お断りの手紙が来たのも本当の話。嘘はついていない。


 ただし、全てを仕組んだのはステラであるという事は、聞かれてないので言ってない。


 お茶会を主宰するように姉に頼み込んだ事、他の参加予定者であるステラの友人達に、不参加の手紙を書いてもらうよう頼んでいた事も、この席を設けるためのステラの仕業だった。

 友人達はステラの不審な頼み事に、呆れつつも快く引き受けてくれた。

 協力してくれた彼女達には日を改めて、最近評判のパティスリーで好きなだけケーキをご馳走する、という事で話をつけてある。

 ステラは妹思いの姉と心優しき友人達にそっと感謝の念を抱く。



「……わかったわ、もういい。何が望みなの? お金? それとも泣いて土下座したらいい?」



 観念したのか、先程からおとなしかったナタリアが、気だるそうにテーブルに肘をつく。投げやりな言葉の中にも、こちらを挑発するような心情が見てとれる。

 彼女の言葉に、ステラは今度こそ心から首を傾げる。



「あら、悪い事をしていたという自覚はお持ちなんですね?」


「~~~~~っ!」


「先程も言いましたでしょう? 私は、あなたの話を聞きたいだけですわ」








お付き合い下さりありがとうございます!




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