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#30 『化物公爵』

 





「アレクシス様について、くわしく……、で、ございますか?」



 夜会の翌日、ステラはストックウィン邸を取り仕切るソリッドの元を訪れていた。

 キッチンの作業台で、のんびりカトラリーを磨いていた彼は、使命感に燃えるステラの強襲に遇い、しぱしぱと目を瞬かせた。



「ど、どうなさいました? 突然」


「どうもこうも……私はアレクシス様の護衛として、知らないことが多すぎたんです……」



 ステラは昨夜の件で、自分が護衛として不足であることを痛感していた。


 昨日の令嬢は、アレクシスに対して悪感情を持っていた。

 しかし彼女の悪意の理由も、彼女がどの家の誰かなどわからない事だらけ。


 アレクシスの婚約者候補であったという彼女が、選考で漏れて候補となったのか、婚約の話ごと円満になくなったのかそれすらわからない。



「情報集めも出来ないなど、護衛としてなんとも情けない……」


「いえ、そんなことは……」



 護衛としての仕事は、敵を排除する事、そして危険を回避して主人を守る事。

 ストックウィン家に仕える者として、アレクシスと因縁のある家についての知識がないなど、有り得ない事だった。



「……私がお教えするのは構わないのですが……。そういうことであれば、旦那様から教えて頂いた方が良いのではないですかな?」


「アレクシス様は本日お客様がいらっしゃると聞いています。それに……、ご本人の事は、なかなか聞きづらいでしょう? それでも聞いておきたいので……」


「……ふむ、確かに。ステラ様に把握しておいて頂きたいことは多くございますからなぁ……」



 落ち込みはしたが、知らないのなら学べばいいと、すぐに思考を切り替えた。家の事を熟知している人間に、ステラが知っても障りのない内容を教えてもらおうと思い至った。


 アレクシス本人に面と向かって聞きづらい事もある。そう考えて家令であるソリッドを頼ったのだ。

 顎髭をくるくると手で弄びつつ思案していたソリッドが、にこりとステラに向き直る。



「なるほど、旦那様ご自身の事をもっと深く知りたいと……。そういうことであればこの不肖ソリッド、お二人の未来、ひいてはストックウィン家の未来のために一肌脱ぎましょう!!」


「……ありがとう……ございます?」



 ぐもももっ、と拳を振り上げる勢いで、やる気溢れるソリッドとの温度差を再び感じつつも、引き受けてくれた彼に感謝した。




 ◇




「アレクシス様がお生まれになったのは、先々代が隠居されてすぐの頃でした。ストックウィンは安泰であると皆で喜び、祭りのような騒ぎでしたなぁ」



 長くなりそうだからと、ソリッドが紅茶を淹れて、ステラの前に置く。その眼差しは懐かしそうに宙へと向けられている。



「時にステラ様、旦那様の能力の事は……?」



 プルプルと首を横に振るステラに、ソリッドが大きく頷いた。

 カップの紅茶を軽く口に含ませてから、話を再開する。



「旦那様の能力が発現したのは、アカデミーの初等科に入学した6才の頃です」



 ストックウィンの男児は、稀に不思議な能力を発現させるという。

 力を持つ男児は『能力持ち』と呼ばれ、どんな力であれ王家のために尽力するよう、盟約が成される事となる。


 6歳のアレクシスが高祖父の代以来の『能力持ち』となったことで、周りの大人達はその対応に追われることになった。


 両親と使用人達、隠居したはずの祖父も巻き込んで、『能力持ち』についての少ない文献を漁り、まずはアレクシスの力がどういったものかを調べ上げる。

 力が強いせいで、それにあてられて体調を崩す事が多々あったアレクシスのため、制御の方法も合わせて一刻も早く突き止めようと必死だったという。



「突然『能力持ち』となって戸惑われたでしょうに、旦那様はよく耐えられました。半年ほどで制御方法が見つかり、ようやく日常生活が送れるようになりました」


「……よかった」



 幼いアレクシスの無事を、ステラは心から安堵した。

 『能力持ち』だからと蔑まれることなく、両親と祖父、使用人達すべてから目一杯愛されていたことに心からホッとした。



「旦那様の能力について私が知っているのは、物に残された人の思念を読み取る力と、それを表面化する力の2つです」


「……それ以外にも?」


「すべてを把握しているのは、今や旦那様ただお一人。自衛のため、一般に公表されているのはお力の一部に過ぎません」



『能力持ち』の力については、安全のため全容が明かされることはない。

 幼い頃は特に、力を利用しようと誘拐されることを防ぐため、周りにいる従者やメイド達も信頼できる者達で固められていた。



「賢いお子でしたから、ご自分を取り巻く状況も理解されていたのでしょう。王家からの依頼があればそれを黙々とこなし、アカデミーでは警護の大人達に囲まれて、静かに過ごされていました」


「そうですか……」



 今度彼に会ったら、髪が乱れるほどわしわしと撫でてあげたい。

 健気な幼いアレクシスの様子に、ステラはそんな衝動に駆られる。



「10才を過ぎると、婚約の話が湧いて出ました。昨夜の赤いドレスのご令嬢は、おそらくグッドフェロー侯爵家、次女のナタリア様でしょう」


「……そのお話は、失くなってしまったのですか?」


「…………」



 ソリッドはステラから目線を外し、紅茶をゴクリと飲み込んだ。カップを置いて、改まるようにステラをまっすぐに見据える。



「忘れもしません、その年の蒸し暑い夏の夜でした。先代と奥様が馬車の事故に遇い、命を落とされたのです」



 衝撃的な話に、ステラはヒュッと息を飲む。ソリッドは目を伏せながらも静かに話を続けた。



「突発的な豪雨と雷に驚いた馬が暴走して、馬車ごと崖下に落下するという……、本当に、不幸な事故でした。その数年前には先々代もお亡くなりでしたから、旦那様は……ご家族を失ってしまわれたのです」


「ご家族……ナタリア様は? グッドフェロー侯爵家に身を寄せることは出来なかったのですか?」


「……侯爵様は事故の報告の後、すぐに婚約解消を申し入れてきました。王家とのやり取りで決められてしまったため、理由まではわかりかねますが……」


「あの、その時の、アレクシス様は……」


「それを淡々と受け入れていらっしゃいました。我々の前では涙ひとつ見せずに、気丈に振る舞っておられました……」



 結局、国王陛下御自らアレクシスの後見人となり、彼が成人を迎えるまで身元を預かることとなった。

 盟約あっての話であるものの迅速に話が進んだのは、アレクシスの学友であったジェラルドの働きかけが大きかったという。



「自分と違う性質を持つ者を受け入れられない人間はたくさん居ます。旦那様に罪を暴かれて逆恨みしている者もおります。悪評を広めるのはそういう輩でしょう。その当時も、許しがたい妄言や馬鹿馬鹿しい憶測が飛び交いましたから……」


「妄言、ですか?」


「そうです……ステラ様にお聞かせするのは憚られる内容のものもたくさん」



 表情はそのままに、ソリッドの拳がぐっと握られる。



「ナタリア様が噂を広めていらした事も、お父上……グッドフェロー侯爵が婚約を解消したのも、そこに理由があるのかもしれませんね」



 決して明言することはないけれど、ソリッドがいうことは真相に近いのだろう。

 家族を守るための苦渋の決断だったのか、もしかしたらはじめからアレクシスとの婚約自体が本意ではなかったのかもしれない。


 それでも、愛する両親を失い絶望の中にいるであろう少年に、少しでも寄り添う事は出来なかったのか。

 ステラは侯爵の判断に唇を噛みしめた。




 ◇




「あれ? ステラ? どうしたのこんなところで」



 ソリッドとの話を終えて、重たい気持ちを引き摺りながら廊下を行くステラの背後から、のほほんとした声が掛かる。

 ノロノロと振り向くと、ニコニコ顔でティーワゴンを押しながら近付いてくる主の姿があった。



「お客さんが帰ったからね。僕は後片付けだよ……って、どうかした?」


「い、いえ、何でも! あ、手伝いますね!」


「うん? じゃあ一緒にいこう」



 主の手からワゴンを受け取り、洗い場の方へ並んで歩いていく。

 アレクシスはステラの様子が気にかかり、チラチラと顔を覗いている。



「……何か元気ないね? ハンカチ嗅ぐ?」


「…………いえ」


「じゃあブローチは? 見る? 撫でる?」



 心配の仕方があまりにも彼らしくて、ステラの陰鬱な気持ちが少し和らぐ。



「……それはアレクシス様の元気を出す方法でしょう?」


「じゃあ、ステラはどうやって元気出すのさ?」


「えぇ? そうですね……」



 不服そうなアレクシスの問いに、ステラが歩みを止めて考える。



「じゃあ、頭を撫でさせて下さい」


「うん?」


「はい、屈んで。頭向けて下さい」


「ちょ……、えぇ……?」



 訳のわからない申し出に困惑しつつ差し出された頭に、そっと添えた手をスルスルと滑らせる。

 絹糸のように繊細で柔らかなアレクシスの髪を数回撫でて彼の顔を覗くと、頬を上気させ、毛布にくるまれた猫みたいにうっとりと目を細めている。



「……ありがとうございます。もう大丈夫です」


「えっもう終わり……? もっと撫でてくれてもいいよ?」



 名残惜しそうなアレクシスに、ステラが吹っ切れたような明るい笑顔になる。



「私、がんばりますからね!」


「……う、うん……。え、本当にもう撫でない……?」



 不思議な力を持った事で、絶望したこともあるだろう。人の言うことに涙を流した事もあるかもしれない。



(もう、そんな思いはさせないわ)



 ぐりぐりと執拗に擦り付けてくる頭をわっしと掴みながら、ステラは決意を固めるのだった。







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