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#29 噂

 



 会場全体を明るく照らす大きなシャンデリアの下、彼の周りが眩く輝いているようだ。いつもよりも堂々としたその姿は、やり手の敏腕公爵といった風貌だ。


 人波の中、ステラは見え隠れするアレクシスの姿を見失わないように目を凝らしている。

 たまに目が合うと、嬉しそうに目を細めている彼の顔が見える。



(私の事はいいから、ちゃんと仕事してください!)



 ぎりり、とキツめの視線を送ってみるも、伝わるわけもなく。

 そんなステラの気持ちなどお構いなしに、キラキラの王子様みたいに微笑んで、こちらに手まで振る始末だ。

 そのあまりの眩しさを直視できず、ステラは扇で顔を隠す。



(それはそれで、誤解を招くでしょうが!)



 おそるおそる扇の隙間から覗くと、年配の貴族らしき男性とにこやかに談笑しているアレクシスが見えた。

 ならばよし、とばかりに扇を閉じて、ステラは自分の仕事に神経を集中させる。


 彼の護衛として夜会に参加するようになってから、よく聞こえてくるようになった話がある。正確には、以前から囁かれていたくだらないでたらめ話がパワーアップして再燃した、というのが正しい。

 ステラは目を閉じて、その声を探るようにじっと耳を澄ましている。



「あら、あの方が精霊公爵ですわよ」


「まぁ、なんて素敵な方でしょう」


「本当に。美しい方ですのね」



 あまり人前に出ることのなかった彼の事が話題になるのは予測できた。アレクシスの美貌と高貴な身分では、騒がれない方が不思議だ。

 しかしステラが探しているのはそういった類いの言葉ではない。更に意識をその近辺に集中させたときだった。



「精霊公爵は化物公爵と言われていますのよ、ご存知かしら?」



 来た。

 ステラが目を開けて、声の聞こえた右前方へチラリと視線を送ると、オロオロとする令嬢達と共に、深い赤のドレスがゆらりと揺れるのが見えた。

 ステラは獲物を囲うようにゆっくりと距離を詰める。



「ば、化物……?」


「人ならざる力で心を覗かれて、良いように操られる、と聞くわ」


「まさかそんな……」


「後は、美しい物を前にすると、所構わず激情を抑えられないんですって」


「その一点につきましては同意します。もう少し自重していただきたいものですわね」



 背後からの声に令嬢達が一斉に振り向くと、圧のかかった微笑みを浮かべるステラの姿があった。

 アレクシスのパートナーであるステラの乱入に、令嬢達は顔面蒼白で固まってしまった。話を焚き付けた赤いドレスの令嬢もとても驚いた様子で、目を大きく見開いたまま動かない。



(興味本位の……ただの噂話かしら? それとも……)



『化物公爵』という言葉が囁かれるようになったのはここ一月ほどの話だ。

 言われている当の本人は気付いているのかどうか、気にするそぶりも見られない。執拗に付いて回るあからさまな言葉を警戒したステラは、誰がなんの目的でそんなことを流布しているのかを探っていたのだ。



「こ、これは、え、あの……」



 赤いドレスの令嬢の目は泳ぎ、噂をばらまいていたときとは別人のように、わかりやすく動揺し始めた。

 その様子にステラは、自分が彼女を追い詰める悪人のように思えてきて、肩の力を抜いて息を吐き出した。



「当主の行動にお目汚しがあったのならば謝罪致します。しかし、根拠のない妄言を言いふらす事は、当主だけではなく皆様の名誉も傷つけますわ」



 蒼白だった令嬢達が一斉にこくこくこくっと頷き出した。

 巻き込まれただけなのだから、彼女達から流言が広まることはないだろうけれど。ステラは再び笑みに圧をかける。



「このような事は二度はないと、ご承知おき下さいませ」



 令嬢達が更に頷き、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと立ち去っていき、残るは俯いた赤いドレスの令嬢だけ。

 これ以上面白おかしく噂をばらまかれても困る。ステラは少しだけ口調を強めて彼女に告げる。



「……あなたも、ご理解下さい。公爵家の悪評を流せば、敵対を疑われてしまいます。それはあなたにとって良いことではないはずです」


「……によ」



 俯いたままの令嬢から、か細い声が漏れ聞こえた。と思うと、勢いよく顔をあげて、ムッとした表情でステラを睨み付けた。



「何よ! 化物を化物と言って何が悪いの?」



 ハッキリと、意思の強そうな眼差しがステラに向けられる。

 ドレスと同じような深紅の大きな瞳、赤みの強い豊かな金色の髪は彼女の芯の強さをそのまま現したようだ。

 ステラは一瞬だけ目を見張ったが、すぐに落ち着きを取り戻す。



「……当主は化物などではありません」


「人ならざる力を使うんだもの、化物よ」



 彼女は頑なに化物呼ばわりを止めず、つんけんした態度もそのままだ。

 彼女にそうさせる理由があるのかもしれない。ステラがそんな風に考えていると、またしてもつんとした物言いが飛んでくる。



「知らなかった? そんな大事なことを婚約者に隠すだなんて、やっぱり酷い男なのね」


「婚約者? ……いえ、私は」


「人の心の機微がわからないのよ、化物なんだから。あなたもよく考えて、早めに切った方がいいわよ!」



 不思議そうに首を傾げるステラに捨て台詞を吐き出して、令嬢は足早に去っていった。残されたステラはややしばらく呆けた後、訝しげな顔で呟いた。



「あなたも……?」




 ◇




「ステラ、……何か困ってる?」


「困ってるというか、考え事というか……」



 帰りの馬車の中、向かいのアレクシスが気遣わしげな声を掛けてきた。ステラは馬車に乗り込んでからずっと、ひたすら赤いドレスの令嬢の事を考えている。


 あれからすぐに、アレクシスが戻ってきた。

 令嬢が慌ただしく去ってしまったので、残されたステラの頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 先程から何度も、はぁー、と渾身のため息が繰り出されている。



「眉間にすごく力が入ってるみたいだったから、どうしたのかなって」



 アレクシスは心配そうにステラの顔を覗き込む。

 いつもと何も変わらない彼の様子に、なんだかとても胸が騒ぐ。会場で囁かれていた流言が耳に入らないなんて有り得ないのだから。

 ステラは静かに切り出した。



「……アレクシス様は、ご自身の噂の事、お耳に入ってますか?」


「あぁ、最近また言われてるね。『化物公爵』でしょう?」


「ご存知だったんですね……」


「『精霊』だろうが『化物』だろうが同じことだよ。僕が化物じみた力を使うということに変わりないから」



 事も無げに、慣れっことでもいうように軽く言ってのける彼に、ステラは言葉を失う。

 アレクシスは流言に対して悲観的な訳でもない、諦めている訳でもない、ひとつの事実として淡々と受け入れている、といった感じだ。


 しかし、ステラはその事がなぜかひどく物悲しい。

 一緒に居たはずなのに、急に彼だけが分厚いカーテンの向こうへ身を隠してしまったような、そんな妙な感覚に囚われる。



(私は、アレクシス様について知らない事が多すぎる……)


「どうしたの? ……誰かに、嫌なこと言われた?」



 また、力が入っていたのだろうか、ぎゅうっと考え込むステラの眉間を、アレクシスが指でちょんちょんとつついて優しく微笑み掛ける。



「……いいえ、何も。皆様とお話させて頂いただけです」


「ならいいけど……何を話してたの?」


「まぁ、それはいろいろと……」


「……僕の噂話を止めに入ったんでしょ? 勝ち気そうな赤いドレスのご令嬢に向かって行くのが見え………………あ」


「どうしました?」



 何かに気付いたのか、言葉を止めたアレクシスはあっけらかんと衝撃の事実を口にした。



「あの赤いドレスのご令嬢、僕の婚約者候補だった人だ、思い出したよ」


「婚約者……こうほ」



 ――――まだまだ、知らない事が多すぎる……。


 ステラは彼の立場や人間関係など、護衛として知っておくべき情報が少ないことに気付いて、一人愕然とするのだった。







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