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#28 護衛のステラ

 




 今日の夜会は、商業ギルドが主催するパーティーで、事業主達が資金を集めるための会だという。王宮が主催する夜会に匹敵するほどの規模の大きなものらしく、沢山の人間が参加しているようだ。


 会場となった講堂の周りは、整然とした芝生が広がっている。

 芝にはデザインが施されていて、王国旗とギルドのロゴマークがでかでかと刈り込まれている。

 華やかさには欠けるものの、己の技量一本で庭を飾ろうという庭師の気概が感じられる、堂々とした門前である。



「わぁ……あれすごいね。職人技って感じで。もうちょっと近くで見たいな……」


「やることやってからにしましょうね。はい、入り口はあちらですよ」



 夜会の会場に着いてからステラが第一にすべき事は、アレクシスを建物の中まで迅速に案内する事である。

 油断するとそのまま庭園を眺めて終了してしまうため、何よりも先に建物の中に入る事が優先される。ステラはエスコートされていた腕を逆に取り、アレクシスを引き摺って講堂へ入った。


 中に入れば安心かというと決してそうではない。むしろこちらの方が誘惑が多いのだ。

 現にアレクシスは、入ってすぐのエントランスホールの柱に彫られた馬の彫刻に目を奪われている。

 そこで足を止めているこの隙にと、ステラはクロークに荷物を預けに向かう。戻りしなにふと見れば、手をワキワキと意味深に動かして、今にも柱に抱きつきそうなアレクシスの姿が目に入る。



(させるかっ!)



 重たいドレスも何のその、誰の目にも止まらぬ俊敏さで彼の元に駆け寄ると、その奇行をすんでのところで食い止める。



「はっ! 僕は一体……?」


「……すっとぼけても無駄です。さ、参りましょう」


「ステラには何でもお見通しかぁ……まいったな」



 うふふふ、と何故か嬉しそうに呟いて、アレクシスがエスコートするべくステラに腕を差し出した。

 まいったはこっちの台詞だ。ステラは目で訴えつつ、彼の腕に手を掛けて会場へ向かった。



 ◇



 廊下の窓のカーテンに付いていた銀製のタッセル、突き当たりの見事なステンドグラスなどの数々の誘惑を乗り越えて、ようやく会場である大ホールまでたどり着いた。


 もちろんまだ安心してはならない。

 今のところ人が身に付けている装飾品には反応を示さないが、万が一パーティーの出席者がそんな変態の餌食になっては大変だ。ステラはピタリとアレクシスの隣に侍っている。



「ステラったら、最近ずいぶんと積極的で嬉しいな」


「せっ……、そういうことではなく、護衛のためですから! お戯れはお止め下さい」


「お戯れたつもりはないんだけどなぁ」



 クスクスと笑いながらステラをからかうアレクシスは、このところとても楽しそうだ。

 人混みが苦手なのかと思ったら、そんなこともないし、他の貴族達への対応もそつなくこなして、商談だってお手のものだ。あまり人前に出ない、だなんて単なる噂だったと思うくらいに。



(変態っていう噂は、大当たりだったけれど)



 ハハ……と渇いた笑みを浮かべるステラに気付く事なく、アレクシスは好奇心いっぱいの眼差しで会場を見渡している。



「やぁ、今日もステキなものがたくさんだなぁ」


「人の物が素敵だからといって抱き付いたり、勝手に頭を擦り付けたりしてはいけないんですよ? もちろん相手に断りもなく匂いを嗅ぐなんて言語道断です。わかってます?」


「ぼ、僕だっていきなりそんなことしないよ! そんなのただの変態じゃないか」


「わかってるじゃないですか。変態街道を更に驀進することにでもなれば、お家の危機ですよ?」


「僕を変態扱いするの、最近隠さなくなったよね……」



 ふんす! と力説するステラに、今度はアレクシスが渇いた笑みを浮かべた。


 アレクシスは基本的に善良な紳士なのに、モノが絡むと箍が外れたような変態行動に出る。万が一、ご令嬢に抱き付く、何て事があればどうなることか。



『精霊公爵、ご乱心』

『ストックウィン公爵家当主アレクシス、面識のないご令嬢にいきなり抱きつく』

『きれいな物に目がなくて、などと供述しており……』



 そんな新聞記事が目に浮かび、ステラは身震いする。

 ご令嬢を守る、というのは大前提だが、彼の評判も守りたい。


 憂いは未然に防ぐのも護衛の勤め、とばかりに任務に取り組むステラに、アレクシスが拗ねた顔になる。



「人を見境ないみたいに言わないでほしいな。僕は絶対にそうならない自信があるのに」


「よく私が付けてるアクセサリーなんかに興奮してるじゃないですか。そういう前例があるでしょうに」



 聞き捨てならない、といった様子のステラに、アレクシスが得意気に言う。



「だって、君じゃないもの」


「うん?」


「ステラが身に付けてる物だから、触れたくなるんだよ」


「へ?」



 どういうこと?

 ステラはこれまでの護衛の任務を思い起こす。

 いわれてみれば、アクセサリーなど人が身に付けている持ち物を眺める事はあっても、ステラ以外に抱き付いたり接触を図ろうとした事はないような気がしてきた。



(じゃあ、つまり、問題ナシってこと……?)



 頭の整理が追い付かないステラに、アレクシスの自信たっぷりな演説が続く。



「僕だって誰彼構わず興奮する訳じゃないよ。もう僕は君でしか興奮できない体に」


「…………うわぁぁぁ!」


「むぐ」



 間違えた。問題大有りだ。

 公の場でそんな事を赤裸々に公表しないでほしい、ステラは慌てて彼の口を両手でムギュッと塞ぐ。

 アレクシスは一瞬呆気にとられたが、すぐに柔らかく目を細めて彼女の手を両手で優しく握る。



「ね? それなら大丈夫だと思わない? 安心した?」


「安心できません。ご令嬢だけではなく、柱に抱きつく奇行もダメでしょう?」


「あぁ、それもそうか。やっぱり護衛のステラに止めてもらうとしよう。ずっとそばにいてもらわなきゃね」



 絵画や建造物など、静物に対しては積極的にスキンシップを図っているアレクシスを、野放しにしてはおけない。

 ツンとした彼女の様子を楽しむように、アレクシスが軽口を叩くと、ステラは事も無げにそれを受け流した。



「はいはい、わかりました。では本日のご挨拶回りも頑張ってくださいませ」



 今日の夜会の目的は、挨拶回りのみ。

 ストックウィン家当主としての食指が動くような話は見当たらなかったため、付き合いのある者達に挨拶をして、早々に引き上げる、というのが本日の予定だった。



「君がそう言うなら、やる気をだすかぁ……また、僕1人?」


「聞かなくてもお分かりですよね?」



 残念、と呟いて、ステラに不満そうな顔を見せた後、アレクシスの表情が少しだけ変わったように見えた。

 少し前までのデレデレとした緩みきった顔とは違い、にこやかなのに隙がない、ストックウィン家当主の顔だ。こうなってしまえば、そうそう奇行に走ることはない……と思いたい。



「じゃ、すぐ戻るから、待っててね」


「はい、いってらっしゃい」



 ステラににっこりと微笑みを残し、アレクシスは人垣のある方に向かっていく。

 今回のような挨拶回りの際、ステラは護衛として少し離れたところで待機している。

 アレクシスは同行して紹介させてほしいと言うが、ステラはこれを頑なに拒否している。



(誤解が広まっちゃうといけないから)



 揃いの出で立ちの2人を見れば、そうとは紹介されなくても婚約者や特別な関係と思われてしまう。そうなると困るのはアレクシス、ストックウィン公爵家だ。

 バイロンとの婚約解消がまだ記憶に新しく、下火になったとはいえまだまだ話題性は高い。事実をねじ曲げたゴシップも多く、そんな醜聞に公爵家を巻き込みたくはない。



(私は、アレクシス様の護衛です。雇われているだけで、婚約者とかじゃないんです~)



 ステラはそんな心持ちで、周囲に目を光らせはじめる。

 ここからが本来の護衛の仕事、ステラの本領発揮だ。








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