#27 新しい日々
大変お待たせ致しました
第3章スタートです!
大きな窓から暖かい日の光が射し込んでいる室内。
簡素な濃紺の作業服を着込み、一心不乱な視線を手元に集中させている。
額にうっすら汗を滲ませながら、ステラは作業に没頭していた。
大まかに型どられた原石を、研磨機に掛けて磨いていく。
これまでは手作業だったのでまだ慣れないが、機械の方が仕上がりが良いように感じる。1日も早く使いこなせるよう練習中なのだ。
「よし、良いかも……」
ステラが手に持った貴石を窓の光に照らした。
親指の爪ほどの真四角の黒い貴石が、光を受けてキラリと輝きを返してきた。
にんまりと満足そうにそれを眺めていたステラに、部屋の外から声が掛かる。
「ステラ、そろそろ準備があるようだよ」
「っ、しまった! 今行きます!」
その声にビクリと肩が跳ね、ステラは石を手にあたふたと動揺する。作業に没頭し過ぎて時間を忘れてしまったようだ。
更にもうひとつステラを焦らせているのが、手の中にあるそれを、声の主に知られてはいけない、という事。
作業台の引き出しを開けて、保管用の箱にそっと石をしまうと、ステラはいそいそと作業部屋を後にするのだった。
◇
「珍しいね、ステラが時間を見誤るなんて」
夜会に向かう馬車の中、向かいに座るアレクシスが意外そうに口を開く。先程までの作業服姿から華麗な変身を遂げたステラは、面目ないといった様子でしゅんと縮こまる。
「……申し訳ありません……」
「違う違う、そうじゃなくて。作業に集中出来てるみたいでよかったよ」
「うう……」
今夜は夜会に出席するため、午後から準備の時間を取っていたはずだった。それまで進めようと取り掛かった作業が思いの外調子良く、ついつい予定時刻をオーバーしてしまった。
時間を守ることができないとは情けないと、ステラはすっかりしょげてしまっていた。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで。今日の装いもとても素敵だよ」
「ハンナさん達には本当に、頭が上がりません……」
「ふふ、そうだね」
あまり見られないステラの様子が面白いのか、アレクシスが楽しげにクスクス笑う。
ステラがアカデミーを卒業してからというもの、アレクシスは積極的に夜会に顔を出すようになった。
『久しぶりの夜会けど、怖いなぁ、付いてきて欲しいなぁ』と怯える主の要望にお応えして、こうしてステラも護衛として参加することとなる。
しかし、想定外の男アレクシス。ステラの理解を飛び越えた事をまたしても成し遂げる。
「さぁ、今日はネックレスだよ。髪飾りと対になってるからね」
ホクホク顔のアレクシスが取り出したのは、赤いベルベットの薄いアクセサリーケースだ。
蓋を開けると、鳥をモチーフにした金のネックレスがキラリと輝いている。その可憐さに、ステラは思わずホゥ、とため息をついた。
「きれい……」
「でしょう? では早速着けようね」
「は……いやいや違う! そうじゃなくて。夜会の度にアクセサリーやドレスを新調してどうするんです! 明らかに買いすぎでしょ!」
「えー? そうかなぁ」
夜会の出席が決まる度に、やれドレスだ、やれ耳飾りだのネックレスだのとすばやく手配して、ステラへと贈って来るようになったのだ。
クローゼットの容量が心配になるほどの驚異的なスピードで、豪奢な持ち物がどんどん増えていく。
何より護衛に贅を尽くしてどうするのだと、再三に渡って忠告してきたステラだったが、主はしれっとどこ吹く風で、贈り物をやめようとしない。
いつの間にか、ネックレスを手にしたアレクシスがステラの隣に移動している。ハァハァと息を荒くしてステラに迫り、恭しくネックレスを掲げている。
「ねぇねぇ、ほら見てこの魅惑的なライン。撫で回したくなっちゃうでしょ……」
「…………いえ、撫でるとかは特に……そういう趣味はないので」
「えぇ? ……僕の前だからって遠慮は要らないよ?」
確かにとても美しいネックレスだ。
手に取って彫金の細工など、細部まで観察したいだけで、決して撫で回したいわけではない。
それにしても、ここ最近でどれだけネックレスを買ったと思っているのか。ステラはぷい、と顔を背けて拒否の姿勢を示す。
「……この子も君に着けて欲しくて、楽しみに待ってたんだ。ウキウキした気持ちが伝わってくるようだよ……」
「うっ……」
「蓋を開けたときのキラキラした感じ、わかるでしょ? 嬉しそうだったねぇ……」
ニヤニヤとアクセサリーの健気な感じを報告するのを止めて欲しい。そんなかわいい事をいわれたら無下には出来ないじゃないか。
葛藤するステラに、あと一推しとばかりにアレクシスの説得が続く。
「君の美しい姿を彩るお手伝いをしたいんだって。さ、観念して着けさせて?」
「ぐ…………!」
◇
ステラの今日の装いは、チョコレートのようなこっくりとした色のサテン地のドレス。
色味こそ地味だがドレスの品質は高く、着る者の優美さを見事に引き出すようなラインの逸品だ。袖や裾にさりげなく金糸の縁取がされていて、先程の金のネックレスが大層映えている。
「あぁ! なんてことだ! かわいいが過ぎる!」
「毎度ですけど、お顔が近過ぎます……」
「まずいな……、これ僕我慢できるんだろうか……」
「何を我慢するのか詳しくは聞きませんけど、絶対耐えて下さい」
ますます興奮した様子のアレクシスは黒の礼服ながら、ポケットチーフやタイなどの小物はドレスの共布で作られている。
誰がどこから見ても、はっきりと2人がパートナーであるとわかるような服装は、いつになっても慣れない。
(それに絶対、周りから誤解されてると思うんだけど)
相手の色を纏うのと同様に、パートナー同士色を合わせるというのも、親しい間柄である事を知らしめる手段となる。
固定されたパートナーと、色を合わせた装いを新調して、夜会に足を運ぶ。それも毎回だ。
周りの人間から見れば、その関係が特別なものであると思われても仕方ないのに。
ステラは満足げに微笑むアレクシスの顔が少しずつ近づいていることに気が付いた。
「……アレクシス様。近いです」
「あぁ、楽しみだなぁ。ステラの美しさに、きっと皆驚くよ」
「……ありがとうございます。お顔が近い」
「だってもう少し近くで見たいからぶふっ」
「いけません。お控えくださいませ」
アレクシスの麗しい顔面をぐわしっ、と片手で抑え込み、呆れたように促した。
「さぁ、もう少しで到着です。お仕度を」
「……君と居ると、初めての経験ばかりだなぁ……」
顔を鷲掴みにされ、ようやく平静を取り戻したアレクシスを横目に、ステラは小さく咳払いをした。
(護衛として、アレクシス様をしっかりとお守りするのが私の役目。浮かれてられないわ)
『彼を大事にしたい』と強く思うようになってから、アレクシスの護衛という使命に大きなやりがいを感じ、任務の遂行に燃えているステラなのだった。
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