#25 卒業パーティー(後)
「……ア、アレクシスさま……」
突然出現したアレクシスに呆けていたステラは、肩に感じる彼の温もりに正気を取り戻す。
見上げると、軽く撫で付けられたプラチナブロンドの髪が、夜の闇の中でひときわ輝いている。
繊細な刺繍が施された黒のジュストコールには琥珀の飾りボタンが艶やかにきらめいて、彼の眉目秀麗さをより美しく引き立てている。
アレクシスは対峙する青年を冷ややかに一瞥すると、ステラを更に引き寄せた。
「な、なんですか!?」
「もう帰る? それとも僕達の姿をみんなに見せつけよっか?」
「へ、へっ!?」
アレクシスがいつになく甘やかな、見惚れるような視線をステラに送る。
ドレスかアクセサリーか、はたまた髪飾りか手袋か。
何に向けられた視線かはさておいても、この距離では刺激が強すぎて、ステラは目を合わせることが出来ずに顔と話を逸らす。
「い、いつ……起きたんですか?」
「ついさっき。君が家を出てすぐかな? 何日も寝こけてたって聞いて慌てて支度してきた。どう? これ、ステラの色だよ」
「えっ……、よ……よく、お似合いで……」
「そう? ありがとう」
へへへ、と嬉しそうに笑うアレクシスに緊張感の欠片も見られない。
そんなアレクシスの登場に度肝を抜かした人物がもう一人。
ステラに言い寄っていた青年は、自分の狙った獲物に馴れ馴れしく近付くアレクシスを睨み付ける。
「君! 彼女は今僕と話をしているんだぞ!」
「あぁ、君、まだ居たの?」
口の両端をニンマリと吊り上げて、アレクシスが笑顔を作った。しかし青年を見つめるその目の奥には、苛立ちが覗いている。
「もう話は終わったように見えたけど? 彼女は我がストックウィン家に関わるとても大切な人なんだ。なんのご用かな?」
「ストックウィン……! いえ、あの……」
「……おや? 君のそのカフスボタン、瑪瑙かい? 綺麗な縞瑪瑙だね。せっかくだからその子に聞いてみようかな?」
「ひぃっ!」
ニヤリとしたアレクシスの視線は、真っ直ぐに青年の手首に向けられていた。青年は顔を青くして、勢いよく両手を後ろに隠す。
アレクシスは企み顔のまま、じっと彼から視線を外さない。
「へぇ、君はとってもお友達が多いんだね。羨ましい」
「い、いや、そんなことは……」
「どちらかというと女性のお友達が多いみたいだ。それも、随分と親密に過ごしているんだねぇ」
「な、なにを見て……」
青年は顔色を青から赤に変化させ、かなり狼狽えているようだ。アレクシスはその様子に一層笑みを深めると、驚いたような声をあげた。
「え!? 君、これ、何をしてるんだ!?」
「えぇ!? い、いやその、何の事だか……」
「うっわ、え……何これやばいな。もう少し見てみようか……」
「も、もうやめてくれ! 失礼する!」
叫び声とともに、青年は慌てふためいて出口へと駆けていく。
その狼狽を見るに、相当ヤバい秘密をもっているようだ。
アレクシスは一体、何を見たのだろう。
ステラは肩をしっかりと抱かれたまま、何の気なしに彼の顔をちらと見上げる。
その視線にすぐ気が付いたアレクシスはハッとして、焦ったように弁解し始めた。
「ちが、違うよ!? 別にやましいものは見てないよ! 彼と付き合いのある令嬢達の顔しか見てないからね? 」
「何も言ってないですよ?」
「引いてるじゃん! 女性との噂が多い人だから、ちょっとカマかけたらあんなに盛大に自爆するなんて僕も思わなかったんだ!」
「あぁ……、なるほど……」
「ホントだよ? 見ようともしてないよ? 興味ないんだからね!?」
「もう……わかってますよ」
アワアワと必死なアレクシスは顔色も良く、目もいつもと同じで、鼻血も出ていなかった。体調に異変がない様子に、ステラはほっと胸を撫で下ろす。
「……元気そうで良かったと、思っただけです……」
「んぐぅ!」
ステラが照れながらも思った事を伝えると、アレクシスが変な咳払いと同時に凄い勢いで顔を逸らす。
気遣うステラを手で制すると、仕切り直すように真面目な顔をする。
「それで、えっと……ドレス姿、ちゃんと見せて?」
「……わかりました」
アレクシスの手を離れて正面に立つと、ステラはその場でくるりと一回転して、ゆっくりと照れくさそうにお辞儀をする。
「……素敵なドレスを、ありがとうございました」
「……どういたしまして」
「沢山の方から、誉めていただきました。全体のバランスがあんまりにもぴったりで、完璧ですね」
「それは良かった」
自分を見つめる彼の顔があまりに幸せいっぱいで、それを見るとステラも蕩けてしまいそうになる。
面と向かっていることに耐えられず、ステラはアレクシスに背を向ける。
「……アクセサリーは、ハンナさんにつけていただきました。彼女達には何から何まで、感謝してもし足りません」
「そっか。……とても綺麗だよ」
声が少し、近くなった。
ステラは振り返らずにそのままの姿勢で、アレクシスの次の言葉を待つ。
「濃紫のドレスが星空みたいだ。キラキラと愛らしく輝いていて、本当に……君にぴったりだ」
ドレスや小物を褒めるアレクシスは、おおむねいつも通り。
声のトーンがいつもより抑え目ではあるけれど、言葉の端々に滲む愛情は、彼の愛する物達に向けられている。
「……アクセサリーも見立て通り、ドレスの色味と君の白い肌の色に馴染んでいて、とても……可愛い。髪飾りや他の小物も、さりげないけど、すごくいい」
「そうでしょう? 良かった!」
アレクシスの満足げな言葉に、ステラは思わず満面の笑みで振り返る。
「……良かった?」
「えぇ。アレクシス様に見て欲しかったので…………あ」
そんな事を思っているなんて言うつもりはなかったのに、浮かれて口が滑ってしまった。ステラは手で口を塞ぐ。
アレクシスは目を丸くして、ステラの顔を覗きこんだ。
「……僕に、見せたかったの?」
「……見せたかったというか、あの、とても素敵なドレスで嬉しくて、その……」
バレてしまっては仕方がない。
ステラがしどろもどろに白状しつつ彼を窺うと、なんとも愛しそうな表情で笑っているのが見えた。
その途端、ステラは喉の奥がきゅうと鳴るような、奇妙な感覚に襲われて、言葉が上手く繋げる事が出来ない。
「そっか。僕もすごく嬉しい。もっと近くで見てもいい?」
「……も、もちろん」
どうぞ、と言わんばかりに下ろしたステラの手を、アレクシスが優しく掬い上げる。
キョトンとしたステラに更に笑みを深めると、その手にそっと口づけを落とした。
「……んな、なんです!?」
「なんです……って、僕の素敵なパートナーに挨拶しなきゃ」
「う、……なるほど?」
不思議そうに首を傾げるアレクシスに挨拶と言われて納得したものの、これまで向けられた事のない甘い空気にステラには全く余裕がなく、対処法もわからない。
口づけられた手を引っ込めていいものかもわからずに、ただ彼のなすがままとなっている。
「じゃあ、君の可愛い耳についてるイヤリングを見せてもらおうかな?」
ステラの状態を知ってか知らずか、アレクシスは悪戯っぽい微笑みを浮かべる。ステラの手を優しく引くと、自分の腕の中に閉じ込めた。
これではまるで、アレクシスの胸に抱き締められているような……
ぼぼぼ、と顔に火が着くのを感じたステラは、目を白黒させてアレクシスへ抗議する。
「あ、アレクシスさま!?」
「なにかな?」
「なにかな、じゃなくて! お戯れもいい加減にしてください!」
「ごめんねぇ。ちょっとだけ」
ほんの鼻先の距離のアレクシスが、全く悪びれる事なく腕の中のステラを見下ろしている。にこりと嘘臭く微笑んだと思うと、ステラの肩口に顔を埋めた。
「だって、あんまりにもステラが不足しててさ……、もう我慢できなくて。摂取しないと」
「……人を何かの栄養素みたいにいうのはやめてください」
「……あぁ、やっぱりいいなぁ。とても綺麗で、可愛いよ」
耳元で聞こえるアレクシスの声がくすぐったい。
彼の美しい金の髪がステラの首に触れるたび、これもまたくすぐったくてソワソワする。
何が一番困ったかというと、ステラがこの状態を好ましく感じているということだ。
くすぐったくて、ソワソワして、ドキドキして…………心地よい。
(いやいやいやいや、違うわステラ!)
あくまで、イヤリングやドレスに対しての言葉なのだから、勘違いしてはいけない。
思いの外イヤリングが可愛いくて、愛情が高まった結果、アレクシスはこんなにも優しくうっとりとステラを抱き締めるのだ。
ん?
ステラはふと、自分の考えに違和感を感じる。
(自分で選んだイヤリングが可愛いから私を抱き締めた? いや、似合っているから抱き締めた? いや、……んんんん?)
堂々巡りの思考の中で、呼吸音がやけに大きく聞こえてきた。深呼吸のようなそれは、ステラの肩口から聞こえてくる。
「ちょ……嗅いでません?」
「はっ…………、かっ、………………嗅いでません」
ずいぶんと過剰に摂取したのか、頬を赤く染めた満足げな顔が一転、目を逸らしてシラを切り始めた。
ステラはすん、と見事な切り換えでこれまでの乙女のような思考から、変態を厳しく取り締まる方向へシフトチェンジする。
「……………………変態」
「ひぃ! 辛辣!」
「……これまでの事はまだ良いとしましょう。しかし『嗅ぐ』となると話が変わってきます。嘘はいけません。私を、嗅いでましたよね?」
まるで尋問、いや拷問のようにギチギチと圧をかけるステラに、偽りなど通用しない。アレクシスはブンブンと頷きながら、オウムのように言葉を返す。
「…………は、はい……ステラを嗅いでました」
「邸に戻ってじっくりお話がありますので、帰りましょうか」
「……も、もう勝手に嗅ぎませんから……許してください……」
ステラはにっこりと晴々しい笑顔で、尻尾を丸めた犬のように項垂れたアレクシスを連行しつつ、複雑な感情が見え隠れしたパーティー会場を後にするのだった。
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