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#24 卒業パーティー(前)

 


 ◇




 卒業パーティーの会場はは王宮内の大ホール。


 ストックウィン家の馬車のクッションをフカフカとさせながらボンヤリしているうちに会場へ着いてしまった。


 タラップを降りると、馬車止めからホールの入り口に至るアプローチの木々に、キラキラと光輝く装飾が施されている。夕闇の空に星屑が降り注いだような、幻想的な光景が広がる。


 その光を浴びながら花道を行くのは、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢達だ。

 晴れ舞台に相応しく、華やかに着飾っている彼女達はとても美しく、思わず立ち止まって見惚れてしまうほどだ。



(皆さんとてもお美しいわ……。アレクシス様が目を奪われるのって、こういう感覚なのかしら…………って、いやいやいや)



 危ない危ない。

 何かの扉を開きかけたステラは、ハッと我に帰り、慌てて入り口へと急いだ。




 人々の歓談で賑わうホールは眩い光に満ち溢れ、白を基調とした造りのせいかとても明るく感じられた。

 高い天井を見上げると総クリスタル製のシャンデリアがあちこちに点在し、堂々とその存在感を示している。



(すごいシャンデリアね……。一番光ってるところ、どういうカッティングしてるんだろう。こっからどうにか見えないかしら……)



 さりげなく、あくまでさりげなく、空に浮かぶ月を眺めるような優雅さで改めて見上げる……が、やはり高さがあるのでクリスタルの細かいカットまでは確認できない。



(……やっぱりちょっと見えないかぁ。アレクシス様なら脚立とか持ち出してでも見そうだわ…………って、いやいやいや)



 ブンブンブンブンと、思い切り首を横に振る。

 また、アレクシスがステラの脳内にヒョコっと顔を出した。

 このところ近くにいたせいか、思考が似てきたのかも知れない。



(ヤバイ。早く挨拶を済ませて帰ろう)




 同調しすぎてアレクシスの暴走を止めることが出来なくなってはいけない。ステラはコホンと咳払いをして、自分が変態の道に堕ちることのないように気を引き締めた。




 ◇




 お世話になったアカデミーの教師陣への挨拶を済ませ、大好きな友人達との他愛のないおしゃべりを存分に楽しんだステラは、バルコニーに出てその熱を冷ましていた。


 昼間であれば眼下に一望できる見事な庭園も、とっぷりと夜の闇の中に包まれている。

 会場の大きな窓から漏れる光や街路の装飾の光で照らされて、ところどころ気まぐれに顔を見せる。

 ステラはその様子を眺めながら、バルコニーの欄干に寄りかかる。



(夜会でこんなにいろんな事が気になったのって、初めてかも)



 これまで夜会と言えばバイロンに翻弄されてばかりで、あまり周りの景色が見えていなかったようだ。自分の興味を引くものがこんなにもあったなんて知らなかった。



(これもアレクシス様のお陰ね。……なんだかずっと、アレクシス様の事を考えてた気がする)



 パーティーの装飾を見た時も、教師から珍しい石の話を聞いた時も、友人達が婚約者と連れ立っているのを眺めていた時も、脳内に思い浮かんだのはアレクシスの事だった。

 それがなんだか可笑しくて、ステラはくすりと口角を上げる。



(アレクシス様とパーティーに出られないのがよっぽど寂しいみたい。変なの)



 邸に戻ったら、令嬢達の美しいアクセサリーの話や、シャンデリアの話、パーティー仕様の特別なカトラリーの話なんかを聞かせてみよう。もしかしたら羨ましがって飛び起きるかもしれない。ステラの口元に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。



(寂しかった、ていうのは黙っておこう。……でも、そう言ったら起きてくれるかしら……)



 唐突に彼の状態が気になり、帰ろうと体を起こすと、後ろから声を掛けられた。



「ステラ様、少しよろしいですか?」



 振り返ると、1人の青年が立っていた。均整のとれた体格で、ステラより少し背が高い。

 どことなく見覚えはあるが名前が出ないまま、ステラは軽く膝を折って挨拶をする。



「ごきげんよう、ええと……。何かご用ですか?」



 ステラが促すと、青年は一歩踏み出して前に出て跪いた。

 顔をあげて、熱のある視線でステラをじっと見つめる。



「私は以前より、月の女神のような美しい貴女にすっかり心を奪われておりました」


「は?」



 バイロンとの婚約を破棄してから、初めての公の場だ。

 今日は中傷や謂れのない噂話に晒されるだろうと覚悟していたが、まさか愛の告白を受けることになるとは思わなかった。

 ステラは目を丸くするも、慌てて扇で顔を覆う。



「これまでは遠くからお姿を眺めるだけでしたが、バイロン殿下との婚約がなくなった今、想いをお伝えするべく参りました」


「……、随分と突然ですのね」



 思い出した。

 女性にだらしない事で名を馳せる子爵家の次男だ。

 おそらくステラがフリーになったのを良いことに、コナを掛けに来たのだろう。

 突然の事に面を食らっているステラに戸惑いが見えると、それを逃すまいと畳み掛けるよう青年が言葉を続ける。



「確かに。しかし誰かの物になる前になるくらいなら、急ぐに越したことはありませんから。もしかして、もう新たなお相手がお決まりでしたか?」


「まさか! そんな」


「では、どなたか想い人でも?」


「え……」



 その途端、ステラの脳内に思い浮かんだのはにやけた寝顔。

 いやいや何で? とその顔を撥ね付けるように頭を思い切り横へ振る。



「…………そんな方は、おりません」


「でしたら」


「……それでも、そういったことは考えられません。失礼します」


「お待ちください!」



 その場を立ち去ろうとしたステラの腕を、青年が掴んで引き留める。

 親しい仲でもない女性に容易く触れるとは何事だ。ステラの(グスタフ)を握る手に力が入る。



「貴女にも悪い話ではないはずです。この先嫁ぎ先がなくなっては困るでしょう? 僕で手を打っておいた方がよいのでは?」


「……特に困りませんが」


「……そんな強がりをいう貴女も可愛らしい。良ければこれから、お互いを深く知っていこうではありませんか」



 青年はニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべて、ステラの腕を離そうとしない。

 なるほど、婚約解消して焦っている女性に対して圧力をかけて関係を持とうという魂胆らしい。下衆認定。

 ステラの脳内に『鉄拳制裁』の文字が浮かびあがり、素早く体を動かした。



「うわっ」



 勢いよく彼の手を跳ね上げると、ステラは目を白黒させる青年ににっこりと微笑む。



「な、何を……」


「何度も申し上げますけど、嫁ぎ先は無くとも困りませんの。今後の身の振り方はもう決まっておりますので」


「だよねぇ。君は僕の家に来るって決まってるのに」


「え?」



 はた、と時が止まる。

 ここにいないはずの人物の声に、ステラはキョロキョロと辺りを見渡した。



「アクセサリーやドレスで僕の存在を主張しても、こうやって虫が寄ってくるだろうなと思ってたけど……もう少し早く起きたかったよ」



 その人物はゆっくりとステラ達の方へ近づいて来た。

 窓からの灯りにその姿が浮かび上がる。ステラの心中には安堵と驚きと喜びと、他にもいろいろな感情が入り乱れて言葉が出ない。

 その人物はステラの横に並び立つと、彼女の肩に触れて優しく抱き寄せた。



「というわけで、おはよう、ステラ。遅くなってごめんね」









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