#23 目覚めないまま
少し長めです
◇
ステラがストックウィン邸に泊まった翌朝、ソリッドが申し訳無さそうにステラの元を訪れ、アレクシスがまだ眠っている事を告げてきた。
話を聞くと、彼は力を使いすぎたあと、こうして日を跨いで寝続ける事がたまにあるのだという。今回は極限を越えて力を使ってしまったため、いつもより長く眠りについているらしい。
念のために治療師に体を診てもらい、教会勤めの神官に呪いの類いがないかどうかの確認もしたが、なんの異常もみつからない。ただひたすら、体力を回復するために眠り続けているのだという。
自分のためにそんな無理をさせてしまったと感じたステラは、お見舞いに日参し、時間の許す限り彼が眠る部屋で過ごしていた。
そうして、アレクシスが目を覚まさないまま、ステラのアカデミー卒業の日を迎える――――
「ステラ様、そろそろドレスのお支度をしますって、ハンナさんが」
「あら、もうそんな時間なのね、ありがとうネイト」
ステラは午前中に卒業の式典を無事に終え、夕方からのパーティーまでのわずかな時間もアレクシスの私室で過ごしていた。
ベッドサイドの椅子にかけて本を読んでいたステラは、部屋に入ってきたネイトに気づいてにこやかに笑いかける。
ステラの隣までやってきたネイトが、アレクシスの様子を見ていた不安げな声で呟いた。
「……アレクシス様、お目覚めになりませんね」
「……そうねぇ」
「こんなに眠り続けるなんて、大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫。体を診ていただいたけど、皆さん疲労回復のための睡眠で体の異常はないって言ってたわ。それに見て、この寝顔……」
そうして2人が覗いたアレクシスの顔は、緩みに緩みきっていた。やけにツヤツヤと血色のよい顔色で、ヘラヘラ笑顔を浮かべているのだ。
それだけならまだしも、『うへへ……』『あぁ……ステラ』などと、誤解されかねない寝言がたまにヒットする。
ネイトに聞かせるわけにはいかないので、もし怪しい動きがあればどんな手を使っても口を封じなければならない。
ステラは神経を尖らせつつベッドに横たわるアレクシスの顔を覗き込んだ。
「ね。にやけた寝顔をみていると、具合が悪いようには見えないでしょう?」
「あぁ……、そうですね。いつものアレクシス様のお顔で安心します」
「…………」
ホゥ……と胸を撫で下ろしたネイトは、どの辺で『いつものアレクシス様』の認識をしているのか。
ネイトの感覚が歪みませんように、そう願いつつ部屋を後にした。
◇
廊下を並んで歩いていると、不意にネイトが口を開く。
「今夜のパーティー、本当ならアレクシス様がご一緒されるはずだったと聞きました。だけどその……、大丈夫ですか?」
言い淀むネイトに、ステラがにっこりと笑顔をみせる。
「優しいのね。でも大丈夫よ。本当は一人で参加するつもりだったんだから」
「そう……なんですか?」
返事の替わりに笑顔でこくこくと頷いて見せると、ネイトの顔に安堵が広がる。
ネイトは優しい良い子だ。彼がまた悪事に利用されなくて本当によかった。ステラは内心で満足げに頷いていた。
あの日起きた事の詳細は、ネイトには伏せられている。
アレクシスが眠りについた中、ステラとソリッドをはじめとする邸の人間が話し合い、事件については単なる金銭目的の誘拐だったと伝えてある。
もちろん彼にすべてを打ち明けるかどうかは当主であるアレクシスに委ねられるが、心優しい彼の事だ。幼いネイトにこれ以上罪の意識を背負わせたくないとする大人達の総意は汲んで貰えるだろう。
ステラの私室に到着すると、ネイトがクルリと振り返った。
顔を真っ赤にして、恥ずかしいのかステラと目線を合わせてくれない。
「あの、ステラ様! 僕、お祝いのプレゼントがあるんです!」
「まぁ嬉しい、何かしら?」
「まだ内緒です! だからあの、た、楽しみにしててくださいね!」
「もちろん! ありがとう、ネイト」
ステラがお礼を言うと、ネイトは目がなくなるくらい思い切り破顔した。そのままペコリとお辞儀をして、自室の方へ去っていく。
これからはそんな風にたくさん笑って過ごしてね。ステラはそんなことを思いながら、彼の背中を見送っていた。
◇
私室に戻って来たステラは、メイド達に促されるままドレスの支度に取りかかる。ケリーとメリーがドレスの着付けを、ハンナがヘアメイクの担当だ。
ステラの黒髪は香油で更に艶やかになり、緩く編み込みまとめられた。ドレスのビーズに合わせたピンがさりげなく散りばめられている。
メイクも夜会に相応しく華やかな仕上がりだ。いつものステラのメイクも似合っているが、よりいっそう人の目を惹きつける存在感のある美しさとなっていた。
「いつもの健康的な美しさも良いですけど、これは女神のような美しさ……」
「これは会場の視線を集めますね! 間違いないです!」
「そんなことは……。でも、ありがとうございます」
支度が終わると、メイド姉妹のステラへの称賛が止まらない。
ステラ自身もこの濃紫のドレスは好きだったので、少し照れくさいけれど、誉められると嬉しく感じる。
「はい。後はこちらですね。本当でしたらアレクシス様に着けていただくのがいいのですけど……」
そう言ってハンナが大事そうに持ってきたのは、ステラのアクセサリーケース。
中にはアレクシスが選んだ金細工のネックレスとダイヤのイヤリングが入っている。
「お願い出来ますか?」
ステラの言葉に、もちろん、と返すと、ハンナは白の手袋をして、丁寧にアクセサリーを着けていく。それが済むと一歩後ろへ後退し、完了の合図を出した。
「ありがとうございます。……あぁ、アレクシス様のお見立てでぴったりでしたね」
鏡の中の自分を見て、ステラは照れ笑いを浮かべる。
彼の選んだアクセサリー達が、誂えたようにドレスの雰囲気に合っているのだ。ステラの肌や髪色とも相性良く、しっくりとくる、という言葉がふさわしい装いとなった。
(なんだか、笑っちゃうくらい素敵ね。アレクシス様は本当に、ドレスもアクセサリーもよーく観察してるのね)
ウンウンと頷くように鏡を覗くステラを見て、ハンナが穏やかな笑みを浮かべる。
「とても良くお似合いです。さすがですね」
「本当、ぴったり……」
「……いやー、良くここまで合わせましたね旦那様は……」
「そうね、きっと大好きな物をしっかりと観察してらっしゃるのね……。じゃないとここまではとても……」
ここまで言いかけて、ステラは自分に向けられる視線に気付く。
振り替えると、頬を染めた姉妹が満面の笑みでこちらを眺めている。
「そうですね! そうですとも! 旦那様は好きなモノを良く見てますから!」
「好きなモノの事しか、考えない方ですから」
「そ、そうですね……?」
ステラが2人の謎の圧力にたじろいでいると、ハンナがぱちん、と手を叩く。
「そうだ! このまま旦那様のお部屋に行ってみましょうか!」
「え!?」
「こんなにお似合いなのだからもったいないわ! それに大好きなモノ達の気配を察知して、お目覚めになるかもしれないし!」
「そ、そんな事が起きるわけ……」
ふんす! とやる気に満ちたハンナの提案に、ステラは苦笑いで否定した。が、娘2人は前のめりだ。
「さすがは母様。素晴らしいアイデアです」
「母様ナイス! そうと決まれば善は急げですよ! ステラ様!」
「…………はい」
自分は、グイグイ来る勢いに弱いのかもしれない。
現実逃避の自己分析をしつつ、ステラは有無を言わさず私室から連れ出されるのだった。
◇
「失礼……しまーす……」
いつもならソリッドが開けてくれる扉を、音を立てないようにそっと押していく。
陽が傾き、部屋が赤く染まっている中、微かに聞こえてくるのは柱時計の音と彼の寝息だけ。
アレクシスの私室に足を踏み入れたステラは、ゆっくりと歩を進める。
ソリッドは所用で席を外しますと行ってしまった。
メイド達も出発の準備があると言って、一緒には来てもらえなかった。
ネイトはアトリエに篭っているようで、邪魔をしてはいけないと、1人でここにやって来た。
いつもなら数歩で到着するはずなのに、ベッドまでの距離がやけに遠く感じるのはなぜだろう。昼間は全く平気だったのに、妙にこそこそしてしまうのはなぜだろう。
(この、ドレスのせいかしらね……)
彼から贈られた、彼の色のドレスとアクセサリー。
本来の意味を持たずに贈られたものだということはわかっている。
それでも、彼の色に包まれている事に変わりない。
ステラの中で緊張と照れ臭さ、気まずさが入り乱れ、少しの罪悪感すら芽生えてくる。動きがぎこちないのはそのせいだろう。
それでも、その感情を凌駕しているのは喜びだった。
アレクシスのドレスを纏っている、嬉しさいっぱいのステラを彼にみてもらいたかった――――
「……アレクシス様」
ステラはようやくベッドの脇にたどり着く。
ナイトテーブルの上には、丁寧にアイロンを掛けられたステラのハンカチが置かれている。彼がいつ目覚めても堪能出来るようにと、ステラのアクセサリーケースも一緒だ。
まるで神に捧げる供物みたい、ステラはそんなことを考えながらアレクシスの寝顔を覗き込み、そっと声をかける。
「ドレス、とても素敵ですわ。ありがとうございます」
「皆さん、とても誉めてくださいました。アクセサリーと合わせてもぴったりで、驚きました。さすがです」
「私も、ハンナさん達にキレイにしていただきました。アレクシス様が見たらきっと驚くわね……」
それでも、帰ってくるのは寝息だけ。
穏やかな顔ですやすやと眠るアレクシスをじっと見つめるが、目が覚める気配はない。
ステラはふぅ、と息を吐くと、アレクシスの耳元にそっと顔を寄せる。
「ご一緒出来なくて残念です。私、結構楽しみにしてたみたい」
体を離し、ステラは諦めたように微笑むと、綺麗なカーテシーで出発の挨拶をする。
「それでは、行って参ります。お目覚めになりましたら嫌味の1つくらい、許してくださいませね?」
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