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#21 帰還

 



 闇を落としたような、月の見えない夜。

 本来なら静寂に包まれている時間になっても、今日のストックウィン家は喧騒に包まれている。



「旦那様! 一旦お休み下さい!」


「……ば、馬車の中で……休むから……」


「それでお体が休まるものですか! 私どもが心当たりを探しますから、旦那様は館に残って指示をお出しください!」


「行かせて……ステラ……ステラを助けなきゃ……」


「アレクシス様! なりません!」



 アレクシスの執務室では、扉の外に出ようとする満身創痍のアレクシスと、彼を止めるべく後ろから羽交い締めにしているソリッドとの攻防が続いていた。



 ◇



 ステラの乗った馬車が出発してから数時間後、ピルチャー家からステラがまだ帰宅していないと使いの者がやって来た。


 狼狽したアレクシスが前代未聞の無茶をして、屋敷全域に力を使い手掛かりを探したところ、庭園内で眠った状態のピルチャー家の馭者が発見された。


 既にぼろぼろのアレクシスが更に力を使うと、昼間ドレスを運んでいた人夫の男が馭者に成り替わり、ステラを連れ去った事が判明した。


 アレクシスは怒りに震えながらも、真っ白な顔で立っているのもやっとだ。

 行先も知れないステラを捜索に行くと言って聞かない彼をソリッドが必死に押し止める。両者一歩も引かないやり取りが幾度となく繰り返されていた、その時。



「旦那様! ピルチャー家ご嫡男、エドワード様がお越しです!」



 勢いよく部屋の扉が開いて、エドワードの来訪を報せにハンナが血相を変えて部屋に飛び込んで来た。


 その途端、アレクシスは気の逸れたソリッドの脇を素早く抜け、エントランスで待つエドワードの元に向かう。

 フラフラとおぼつかない足取りでなんとか階段を降りきると、精一杯胸を張ってエドワードに声を掛けた。



「お待たせしました。エドワード殿……申し訳ありません、ステラが……」


「やぁアレクシス殿っ……て、ひどい顔色だが大丈夫なのですか!?」



 振り返ったエドワードは悲痛な面持ちのアレクシスの顔色の悪さにぎょっとする。



「少し休めば……問題ありません……。ステラを、探しに行かなければ……」


「その事ですがアレクシス殿、ステラは大丈夫、無事です。さっきグスタフから連絡が入ったので報せに来ました」


「え……」


「こちらに戻るときに道を一本間違ったらしい。時間は掛かるがもうじき帰るでしょう……あ、アレクシス殿!?」



 アレクシスは安堵して、へなへなと腰が抜けたようにへたり込んだ。はぁぁぁと長い息を吐き出し、泣き笑いのような表情を見せる。



「…………そう、ですか。……ステラ……よかった、よかった……」



 その様子をいつの間にか背後で見ていたソリッドが、エドワードへと恭しく一礼した。



「ご足労いただきありがとうございます。よろしければお部屋をご用意致しますので、どうぞお休みくださいませ」


「いや、俺はそれを伝えに来たのと、もう一つやることがあるので……お?」



 何かに気付いたエドワードが話を止めると、ガラガラガラと馬車の音が遠くから聞こえてきた。

 アレクシスはたまらず立ち上がり、疲労も忘れて外へ飛び出すと、音のする方へと目をこらす。


 ゆっくりと確実に音が大きくなっていく。

 何もないどろりとした夜の闇の中から、滲むようなランタンの灯りが見えてきた。

 暗闇に慣れたアレクシスの目に映ったのは、必死に探して、這いつくばってでも助けようとした人物が、呑気に馭者台に座って笑顔で手を振っている姿だった。

 アレクシスは自然と馬車の方へと駆け出していた。



「……ステラっ」


「アレクシス様! ちょっとアクシデントがありまして、戻ってきてしまいました」



 苦笑いのステラのあっけらかんと軽い様子に、アレクシスの目が点になる。ちょっと忘れ物しちゃった、みたいなノリだ。



「……大丈夫、なの? ケガは?」


「このとおり、掠り傷ひとつありません。それよりも、アレクシス様の方が、今にも倒れそうですけど」


「アレクシス殿はお前の捜索に力を使い過ぎたそうだ」


「エド兄様! ……兄様がいらしたんですね」



 エドワードが来ているとは思わず、ステラの肩がびくんと跳ねた。エドワードはニヤリと企み顔で、してやったりと腕組みをしている。



「こういうときは俺の出番だろう? それよりほら、アレクシス様もずっと心配なさっていたんだぞ」


「そうでしたわアレクシス様、本当にご迷惑をお掛けしました。私を探して下さってありがとうございます」


「いや、僕は何も……」



 アレクシスが口を開くと、馬車が激しい音を立てて揺れ始めた。それと同時に中から男の叫び声が聞こえる。



「……あら、また気がついたのね。おとなしく気を失っていれば良いのに……」



 途端に氷点下のような空気を纏い、ステラが言葉を吐き捨てる。アレクシスに向けるものとは全く異なる、鋭利な刃物のような冷たい眼差しを馬車へと向けた。



「よし、ステラは下がっていろ。アレクシス殿を頼んだぞ」



 エドワードが一歩前に出る。

 馬車の中からは激しく暴れるような音とくぐもった叫び声がひっきりなしに聞こえてくる。

 それをピルチャー家の騎士達、エドワード直属の部下達が取り囲み、次いでエドワードが馬車の扉の前に立ち、右手をあげる。



「開けろ」



 エドワードの一声で開かれた扉から、バンッと弾けるように人影が飛び出した。途端に場の空気に緊張が走る。



「た! た、助けてくれ! 化け物!」



 後ろ手に縛られて芋虫のように這いつくばって、目の前のエドワードに助けを求めたのは白髪の男だ。

 誰に殴られたのか、人相もはっきりしないほどに顔がボコボコに腫れている。男は怯えるような声をあげ、周りの人間に訴える。



「おいお前ら! 俺ぁ襲われてんだぞ! 助けろ! 馬車の中に化け物が居んだぞ!」



 その言葉と共に馬車から現れたのは、うっすら透け感のある甲冑姿の大男だ。馬車の扉からそろりと顔半分を覗かせて、外の様子を窺っている。

 男が振り返りそれに気づくと、ぎゃあ! と喚いて、少しでも距離を取ろうとうねうねと地面を這う。



「ほ、ほら出たぁ! 化け物! あいつがずっと俺に着いて離れねぇんだ!」


「化け物ではありませんわ、グスタフです」


「ひっ! 暴力女!」


「失礼な……。あれは正当防衛でしょうが」



 ステラがギロリと睨み付けると、男がまた怯え始める。

 海老のように体を折り曲げて、防御の姿勢をとろうとするが上手くいかず、ただひたすらうごうごしている。



「や、やめろ! 手を引く! もうガキに近づかねぇから、もう殴らないでくれぇ!」


「正当防衛…………? お前……、ステラに何をした……?」


「アレクシス様?」



 ステラを庇うように、アレクシスが一歩前に出る。

 口調は落ち着いてとても静かなのに、視線に怒気を漲らせ、射抜くように男を睨み付ける。

 アレクシスは口の端を引き上げると、ゆっくりと男に右手をかざす。



「……そんなにグスタフさんが気になるなら、忘れられないようにしてあげよう、ほら……」



 すると、まるで幻覚を見ているように男の視線は宙にさ迷い始める。手をばたつかせて目に見えない何かを払う仕草をする。



「や、や……め……、怖い! 来るなぁ……」


「……よかったね、もう忘れられないよ……」



 アレクシスの声が掠れてきた。

 ふとステラが彼の顔を覗くと、見開いた目は充血して真っ赤に染まり、鼻血も出ているようだ。

 ステラは慌てて彼の腕にすがる。



「アレクシス様! もうやめて下さい!」


「……庇うの? なんで?」


「庇ってるんじゃないです! このままじゃアレクシス様が倒れちゃうから止めてるんです!」


「う」



 ステラはこちらを見ようとしないアレクシスの両頬をバチンと挟み、無理やり顔をこちらに向ける。

 いきなりステラの顔が至近距離に出てきて驚いたのか、アレクシスの思考は完全に止まった。

 ステラはハンカチを出すと、アレクシスの鼻にそっと押し当てた。



「…………え、す、ステラ、あの?」


「ほら! 鼻血出てるんですよ! あんな奴のために倒れないで下さい。後は兄に任せて休みましょう?」


「……う、でも……」



 煮え切らないアレクシスに、ステラはとっておきの条件を提案する。



「今ならほら! ハンカチ頬擦りチャンスですけど?」


「…………!」




 ◇




 掛けられていた術も解け、男は疲れはてた様子で放心し、項垂れている。

 エドワードの号令で、騎士達が男の周りを包囲し始めた。



「よし、連れていけ」


「おぉ! は、早く連れてってくれよ! 強制労働だろうが国外追放だろうがなんでもいい! こんなところに居たくねぇんだ!」



 恐怖から解放された男は、安心したような顔を見せるが、エドワードの表情は冷たかった。



「…………何を勘違いしてるんだ? お前」



 エドワードは、言葉だけで倒れてしまうほどの威圧を男に向けた。その背後に東洋の細身の剣をもった伝説の武人『サムライ』が、怒気に煽られるかのように湧き出て来た。

彼らの視線には憎悪と殺意が込められていて、男は身じろぎもできない。



「ピルチャー家の愛される末娘を拐かし、連れ去るとは恐れ入る。その覚悟に免じて、次期当主の俺が引導を渡してやろう」


「……ピルチャー? あの……辺境の……? ウソだろ……」


「そう簡単に終わらない。家族全員お前をもてなしたくてウズウズしてるからな。俺は最期だ」



 悪魔のような微笑みを湛えて、エドワードが合図を出した。

 騎士達によって鋼鉄製の護送用馬車に無理やり押し込められると、男の顔が絶望に歪む。そのままがちゃりと扉が閉じられた。








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