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#2 『精霊公爵』アレクシス・ストックウィン

 




 奇行を前にステラが思い出したのは、幼い頃からの護衛騎士であるグスタフとの、遠い日の思い出―――――――



『いいですかお嬢様、得体の知れない外敵が現れた時は……』


『わたししってるわグスタフ! はしってにげるんでしょう?』


『そうです。ただ、時に走って逃げる事で相手を刺激してしまう事があります』


『あいてを、しげき……?』


『ええ、熊なんかそうですね。そういうときはね、相手から目を離さずに、静かに落ち着いて、距離を取るのです』


『おちついて、しずかに……』


『お嬢様なら大丈夫。きっと出来ますよ』




 ――――――――



(ありがとうグスタフ。私、ちゃんとやれてるかな?)


「ほら、ハァハァ、恥ずかしがらずに出ておいで。パールちゃーん?」



 ステラの目には、天使も裸足で逃げ出しそうな美麗な青年が、ウフフウフフと妖しげに笑いながら垣根に手を突っ込んで、他人のイヤリングのパーツに愛を囁きつつ捜索している姿が映る。

 熊よりも得体が知れないその姿から目が離せない。


 周りを見ると、ただでさえ腫れ物に触れるかのように遠巻きにされていたのに、彼が現れてから遠巻き具合に拍車が掛かっている。腫れ物と変人のダブル効果だ。


 ステラはイヤリングを探してもらっていることも忘れ、グスタフの教え通りに青年から更に距離を取ると、有事に備えて彼を凝視する。



「あっ! 見つけたー! ……あれ? 君、いつの間にそんな遠くへ?」


「………………気のせいです! 見つかりましたか!?」


「あ、うん! この子だよね?」


「は……、ええと、多分」


「待って! 今持ってく!」



 青年は嬉しそうな顔を隠すことなく、ウフフ……と子供のように無邪気にこちらへ駆けてくる。

 距離を取った事が刺激となって襲ってくる訳ではなく、今にもスキップでもしそうなくらい弾んだ足取りだ。

 ステラはここでようやく彼の奇行の目的を思い出した。


 彼が掲げるパールは美しい乳白色で、光の加減によっては金色に見える。間違いなくステラのイヤリングのチャームだろう。やはり金具が緩んで取れてしまっていたようだ。


 世話になっておいて礼を欠いてはピルチャー家の名が廃る、と両親もグスタフも言っていた。それはたとえ変人相手でも同じ事。

 ステラは背筋を伸ばすと、青年に向けて一礼する。



「ありがとうございます。大切にしている物なので本当に助かりました」


「いいや、こちらこそ。素晴らしい物を見せてもらったから。やっぱりこれはとても美しいね。メンテナンスはどこの工房に出してるの?」


「これは元々曾祖母が使っていたものなんです。メンテナンス……というかお手入れは私がチマチマとやっていますが……」



 イヤリングは、特に由緒あるものでもなければ受け継いだなどという仰々しいものではない。

 祖母や母が使わなくなったジュエリーの中から好みの物を譲り受けて、磨いたり直したりしながら使っているのだ。


 彼の言うように、専門の工房に任せるのが一般的なのだろうが、お金も掛かるし、何よりステラが自分でそうしたかったから。

 ステラの言葉を聞いて、青年は驚いたように目をまるくして、感心するように手の中のイヤリングを覗いている。



「これを……君が? ……なるほど、とても丁寧に、愛情を掛けているのが伝わってくるよ。素敵だね」


「……ありがとうございます」



 好きでやっていた事なので、人からどう言われようと気にならなかったのに、そんな風にに褒めてもらうと嬉しい。

 我ながら単純だなぁとステラが口元を緩ませる。



「これ、治せそうかな? 良ければ僕の伝手で工房を紹介することも出来るけど」


「はい、家に帰れば直せます。ここに来る前も点検したつもりだったんですけど、甘かったみたいですね」


「よかったね、君、治して貰えるって。ウヘヘ、もう大丈夫だよ」


「……人のイヤリングに頬擦りしないで下さい」


「やぁ、これは失礼。美しい物に目がなくて、困っちゃうよね」


「目がないとかそういう次元の話じゃないですよね」



 癖を隠そうともせず、ニコニコと当たり前のようにイヤリングに話し掛けているのを間近で見ると処理に困る。

 ステラが終始ドン引きしている事に気付いた青年は、スッと佇まいを正して一礼した。



「僕はアレクシス・ストックウィンといいます。いつか機会があれば、その可憐なイヤリングをじっくり見てみたいものですね」


「……ストックウィン、……公爵さま?」


「そう、名ばかりの公爵をさせてもらっているよ」



 アレクシス・ストックウィン公爵――


 古くからの王族の系譜で、筋金入りの高貴な家柄だ。

 当主のアレクシスは、ステラやバイロンよりも2歳ほど年上で、先代の逝去により若くして公爵家当主の座に就いている。


 へんた……変わり者であるとされていて、人前に出ることが少ないためにその素性の多くが謎に包まれている。

 なんでも、万物にすまう精霊と心を通わせるとか、ありとあらゆるこの世の全てを見透かすとかなんとか……いう不思議な力で国に貢献しているとかなんとか……。


 その能力と目撃情報の少なさから、ついたあだ名が『精霊公爵』


 『彼を目撃できたら幸運が訪れる』というジンクスや、『精霊と通じて心を読まれるから近付くな』などという噂まである人物だ。

 どれも噂の域を出ない眉唾物の話だが、彼の不思議な能力については本物なのかもしれない。



「……ピルチャー伯が次女、ステラ・ピルチャーです。先程は失礼致しました。お会い出来て光栄です」


「ピルチャー? ……君、バイロン殿下の……?」


「はい、婚約者です」


「そう……。いや、こちらこそお会い出来て嬉しいよ」



 穏やかな笑みを浮かべて軽く腰を折るアレクシスはとても紳士的で、遠く離れた人だかりからも感嘆の声が届く。



(公爵様とはビックリ……。彼も夜会に参加するよね、きっと)



 一礼しながらステラは考えた。

 もしアレクシスが夜会に参加するのなら、ここで自分と一緒にいるのはよろしくない。



(公の場で見かけないということは、人目がお好きではないのかも)



 今からバイロンと何かしら対峙する可能性があるステラと一緒にいては、彼が余計な注目を浴びてしまう。助けてもらって迷惑を掛けるなど、これもまたピルチャー家の流儀に反する。


 ここは早急に立ち去るのが正解だろう。

 令嬢らしく微笑んで辞去しようとしたステラに、アレクシスが言葉を掛けた。



「ねぇ、もしかして他にもこういうアクセサリーがあったりする? 僕こういうの大好きで、君が手を掛けてる物をもっと見てみたいな」



 アレクシスの瞳が期待に満ちて、宝石のように輝いている。

 どんだけ好きなの、と内心で呆れつつも、ステラは自分の手仕事とアクセサリーをそこまで気に入って貰えた事をどこかで喜ばしいと思っている。

 彼にもっと他のアクセサリーも見てもらいたい。そう思ったステラは、にこやかに彼の要望に応える。



「ございます。公爵様さえよろしければ、ご覧いただけるように家の者に取り計らいます」


「本当? ありがとう! ぜひお願いしたいな」


「かしこまりました。早速タウンハウスの方に伝えておきますので、いつでもどうぞ」



 ステラがお手本のような美しいカーテシーで返すと、アレクシスは淋しげに苦笑する。



「さっきまでと違ってずいぶん堅苦しいなぁ、僕の事はアレクシスでいいよ。言葉もそんなに畏まらないでさ」


「公爵様に対して、そういうわけにも……」



 いきなりの申し出にステラが戸惑っていると、入り口付近に人が集まって来ているのが目に入った。騒ぎに思わぬ時間を費やしていたようだ。

 アレクシスも気付いた様子で、持っていたイヤリングとチャームをステラに手渡すと、慌ただしく入り口へ足を向けた。



「もう行かなきゃ。本当に会えてよかった。今度ピルチャー家に連絡するから、よろしくね!」


「あ! ありがとうございました!」



 ステラの声に、アレクシスは後ろ手に手を振りながら掛けていく。



(悪い人ではないみたい。変人だけど)



 変人アレクシスに翻弄……、いや助けられ、気付けばステラは馬車の中での淀んだ気持ちも忘れていたのだった。







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