#19 ネイトのこれから
「ステラ様! もうドレスは決まりましたか!?」
ドレスを3着までに絞ったステラは、アレクシスの執務室に向かっていたところでネイトに呼び止められる。
「大体ね。これからアレクシス様に奪われ……預かってもらっているアクセサリー類と合わせてみようと思って」
「うばわ?」
「忘れてちょうだい。とにかくアレクシス様のところに行くのだけど、一緒に行きますか?」
「はい!」
邸に着いて早々、ステラのアクセサリーケースにギラリと眼を輝かせたアレクシスが『研究のために預からせてね』とのたまった。
その勢いに圧倒されて頷くと、脱兎の如き素早さでケースを持ち去り、気付いた時には部屋のドアがバタンと閉められた後だった。
(そもそも、研究って何なのよ)
やはり彼は物が絡むと驚異的におかしくなる。
ネイトや他の使用人達の手前、公爵家当主としての尊厳は守ってもらおう。ステラがそんなことを考えていると、ネイトがモジモジと話し掛けてきた。
「ご卒業、おめでとうございます! 来週なんですね」
ありがとう、と軽く一礼するステラに、ネイトははにかむような笑顔を見せた。
初めて会ってから日は経っていないが、ずいぶん表情が出るようになった。メキメキ元気を取り戻しているようでステラも内心安堵していた。
「僕もお祝いしたいなぁ……」
「ネイトが元気でいてくれるだけで嬉しいわよ」
「でも何か記念になるものを……あれ」
「? ネイト?」
ちょうど階下にエントランスが望める廊下に通り掛かると、ネイトが何かに気付いたように歩みを止める。
視線の先には商会の人間達がガヤガヤと慌ただしく行き来しているのが見える。衣装箱を抱えて玄関を出ていく者が多数で、ドレスの選考に外れた商会が帰り支度をしているのだろう。
(どのドレスも素晴らしい品でした……わざわざありがとうございます)
当事者として申し訳ないような落ち着かない気持ちになりつつネイトに眼を向けると、眼を凝らして階下の様子をじっと見つめている。
「どうしたの? 何か気になる?」
「いえ……見たことある人が居た気が……。いやすみません、行きましょう」
ネイトはそこから視線を外し、元の廊下を進み始めた。
階下には荷の積み降ろしに適した体格の人夫達がごった返している。彼の見知った人間といえば、孤児院か組織の人間だろうか。
ネイトの様子を窺うと、難しい顔で考え事をしているようだ。ステラの目線に気が付くと立ち止まり、力なく笑う。
「ステラ様は、その……僕が前に居た場所の話は聞いていますか?」
「えぇ。アレクシス様に」
「……がっかりしたでしょう?」
「がっかり? なぜ?」
「だって僕は……悪い事をしたから……」
その声は段々小さくなり、掠れていく。ネイトは泣くのを堪えるように、眉根を寄せて俯いた。
この小さな肩に、余計な重たいものを背負わせたものだ。ステラは顔も知らぬ組織の人間に怒りを覚えた。
項垂れる彼の顔を覗き込むように、屈んで優しく声を掛ける。
「悪い事を、したのかしら?」
「……、僕が描いた絵が悪い事に使われて、だから……」
「悪い事に使ったのは他の人よ。あなたはただ言われるがままに絵を描いただけ。それを悪だと言う人も居るでしょうけど、私はそう思わない、この邸の人達もきっとそうね。大事なのはこれからなのだから」
「でも……その事をずっと考えちゃうんです」
「考えるのは良いことよ。そしてその事を忘れないのも大事なこと」
ステラの言葉に、ネイトはゆっくりと顔を上げた。
「あなたの絵はこれからたくさんの人の目に触れて愛される事になるでしょう。でも、よからぬ事を企む人達もきっと寄ってくる。その時に彼らに言われるがまま同じ事を繰り返すなら、それは良くないわね」
「…………」
「だから、自分で考えるの。何が悪で、何がそうじゃないのかを。その知識をつけるためにアレクシス様がいるのよ」
何も考えずに、安心して全て周りに委ねろと言ってやりたい。
10歳にも満たない子供には酷な事しか言えないのは歯がゆく感じてしまう。
それでも、彼の優れた才能を悪事に利用されないようにするには、ネイト自身が考える力、判断力を養う必要がある。
ステラはにっこり笑うと、まだ不安げに揺れる表情のネイトに優しく告げる。
「大丈夫よ。あなたはもう考えているじゃない。そうやってたくさん悩んでるんだもの」
「うん……」
「さ、行きましょう。アレクシス様が待っているわ」
ステラはゆっくりと立ち上がると、ネイトの肩に手を置いた。
◇
「待ってたよステラ。ドレスは決まった?」
「………………はい。大体は」
白手袋を身につけ、ツヤツヤのホクホク、といった満たされた笑顔で2人を迎え入れた。その手には彼が推していた金のイヤリングが宝物のように掲げられている。
「候補が絞られたので、アクセサリーを合わせてみようかと思って取りに来たんです。終わりました? 研究とやら」
「あぁ、お陰さまで存分に堪能…………勉強させてもらったよ。いや、君のアクセサリーは奥深い」
「へぇ……」
うっとりと頬を赤らめて、反芻するように『研究』を思い起こしている彼に、感情のない眼差しを返す。
「心配しなくても、そんなに変なことはしてないよ。せいぜい隅々観察して、なで回したくらい……あれ、何でネイトの耳を塞いでるの?」
「変態避けです。お気になさらず」
今のネイトに更なる不安要素は与えられないし、何より教育上よろしくない。ステラは咄嗟にネイトの耳に手を当てて、怪しげな変態の言葉を遮った。
「まぁいいか。ドレスの色は何色?」
「候補で残っているのは、紫が2点と濃紺が1点でしたか。全体的に紫系が多かったように思います」
「うんうん、そういう注文だったからね。紫って薄い? 濃い?」
「そうですね、どちらも濃い紫だったかと……」
「…………あぁ、いいね。きっと君に似合う」
物にこだわりを持つ彼らしく、やけにドレスの色について執着を見せたと思えば、慈しむような顔をステラに向けるものだから、ドキリと心臓が跳ねる。
すると、それまで2人の話を黙って聞いていたネイトが、嬉しそうに声を上げた。
「それだと、アレクシス様の瞳の色ですね!」
「あぁ、そういわれるとそうね。でもアレクシス様はそういうんじゃなくて、紫のドレスが好きなだけなのよ」
「そう……なんですか?」
チラリと見えたアレクシスの達観したような笑顔に、勘のいいネイトはおおよその事情を察したようだ。
アレクシスは軽く咳払いをして、ステラに向き直る。
「そういえばグスタフさんは? 連れてきてないのかい?」
「いいえ、グスタフは常に私と共にありますよ。今もここに」
「え、今も?」
ここに、とステラがポンと叩いたのは自分の右大腿の横。アレクシスはどういうことかと首を傾げた。
「はい、通常時はホルターで固定してここに付けているんです。ご覧になりますか?」
「いやっ! み、見せなくていいよ! ちょっと気になっただけだから!」
顔を真っ赤にしたアレクシスが、慌てて両手で顔を隠そうとした……が、いつの間にかステラの手の中にグスタフが握られているのが見えて、はたと動きを止めた。
「あれ? スカートの中……? え、イリュージョン?」
「……精霊なので、これくらいは。はい、どうぞ」
「……あぁ……。そうなの……そう……」
アレクシスはホッとしたような腑に落ちないような微妙な表情を浮かべて、手渡されたグスタフを眺めるのだった。
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