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#18 エスコートとドレス

 



「そうだ。卒業パーティー、僕にエスコートさせてくれない?」


「え?」



 帰り際、馬車に乗り込もうとしたステラに、アレクシスが声を掛けた。

 来週に迫ったアカデミーの卒業式。その夜に卒業記念パーティーが開催される。

 つい先日卒業生代表が北方騎士団に送られるという問題が起きたばかりだが、今年度も例年通りに行われることが先日決まった。


 卒業生は原則全員参加することになっているが、同伴者の有無は各自の自由となっている。

 婚約者などのパートナーと参加するケースが多数ではあるが、家族や友人と参加する者、もちろん一人で参加する者もいる。


 一人ひっそり参加するつもりだったステラは、式典の後のパーティーも顔だけ出して退散しようとと考えていた。

 自分に過失が無いとはいえ、一応関係者の部類に入る。姿を見ることで不快に感じる者もいるだろう。

 お世話になった先生と友人達に挨拶をして、早々に帰宅するつもりでいたのだが。



「私、挨拶だけして帰ろうと思ってたんですけど」


「それでも一人で出席させるわけにはいかないからね。ドレスはもう作ってるの?」


「いいえ、手持ちの物で参加しますから…………いやそうじゃなくて、アレクシス様のお手を煩わせる訳には」


「僕がそうしたいんだから大丈夫、大事な護衛の記念日なんだから、お祝いしたいんだ」



 困った顔で微笑むアレクシスに言い含められている気もするが、エスコートしてもらうだけなら困る話でもない。

 それにどうやらステラは、この顔で頼まれるとどうにも弱いらしい。



「……はい」


「じゃあ決まり。時間がないからオートクチュールじゃなくてプレタポルテになるけど。家で使ってる商会にいくつか声を掛けとくね」


「は?」


「ドレスだよ。お祝いさせてくれるんでしょ? 卒業のお祝いに僕から君へドレスを贈ります」


「いやいやいやいや、おかしいでしょ」



 それって、それって、それって!

 ステラはアレクシスの言葉に思わず天を仰ぐ。

 家族以外の男性から女性へ、ドレスを贈る事の意味を彼が知らない訳がない。


 夜会用のドレスを贈り贈られる関係というのは、婚約者或いは恋人同士でというのが一般的だ。

 贈る側の色を取り入れて作られるドレスが多く、『他の誰にも触れさせない』といった独占欲たっぷりに仕上げられて、2人の間がよりいっそう盛り上がるための材料となる。


 もちろん例外もあるだろうが、ドレスを贈りたいというのは相手とそういう関係になりたいと望む気持ちの現れである事が多い。


 まさか、彼がそんな想いを抱えて……?

 そう思いかけて、はたと我に返る。



「君のアクセサリーに合わせたいから、付けようと思ってたの持ってきてね。僕のおすすめは金細工のバラのネックレスと、同じイエローゴールドでローズカットダイヤのイヤリングがあったでしょ、あれかなぁ」


「……そうですよね! 例外中の例外を行くのがアレクシス様ですもんね!」


「……それ誉め言葉じゃないよね……?」



 訝しむアレクシスをよそに、そうでしょうと安堵する。

 一緒に過ごす時間が増えたせいか、彼の言動に勘違いをしてしまう事が増えてきた。

 彼の愛情が物に注がれていることを知らないご令嬢達ならきっと誤解を生んでしまうに違いない。

 なんとも罪作りな人だろう。



(気を引き締めなきゃね)



 ステラはぶつぶつと不満を呟くアレクシスを眺めつつ、心に誓うのだった。




 ◇



 翌日。


 午後一番でストックウィン邸を訪れたステラの目に入ってきたのは、数台の荷馬車に積まれたおびただしい数の衣装箱と、あまたの商会の使用人達がごった返す修羅場のような賑わいだった。



「なんですか、この騒ぎは……」


「おや? 本日はステラ様の卒業パーティーの衣装合わせと伺っておりますが……」



 ステラの全身の血の気が引いていく。

 まさか、あのひしめき合う大きな衣装箱全てがステラのドレスの候補だというのだろうか。



(いやいや、ないない……)



 衣替えでもしてクローゼットの中を一新するつもりなのだろう。そのついでにドレスも取り寄せたに違いない……そうじゃなきゃ、あの量はおかしい。うん、きっとそうだ。

 無理矢理気を持ち直したステラに、ソリッドのダメ押しの一言が炸裂する。



「ストックウィン家でドレスの購入を検討するなど、代替わりしてはじめての事ですからね。アレクシス様に認められようと、ああして各地の商会から一流のドレスが集まっているのですよ」



 公爵家のドレスを用立てる事だけでも名誉な事だが、それに加えて審美眼に優れたアレクシスの目に止まれば、商品の評判は倍以上に跳ね上がる。

 ましてやドレスともなれば、流行りに敏感な社交界のご婦人達が放って置くわけがない。そしてそのドレスを着た者は、パーティーの話題に上り、注目を集める事になるだろう。

 ステラは一縷の望みを持って、分かりきったことを訊ねる。



「あの、それって、……私が着るんですよね?」


「フフ、ステラ様は冗談がお好きでいらっしゃる。もちろんでございますとも」


「は……ハハハ……」



 悪戯っぽい笑みを浮かべるソリッドに、乾いた笑いしか出てこない。

 これからの騒動に不安だらけのステラは、既に疲れきった表情でソリッドの後に付いていくのだった。




 ◇




「わぁ! こちらもとてもよくお似合いです!」


「先程のラベンダー色のドレスもお似合いでしたが、こちらの濃いめの紫の方が肌に馴染みますね。今度はあちらの金の刺繍のドレスはいかがですか?」


「は、はい……」



 ステラは私室……となる予定の部屋に通された。

 優しいクリーム色の壁に深い赤茶の家具がよく映える、落ちついた女性らしい部屋となっている。


 部屋の中では、楽しそうな2人のメイドがドレスを試着するステラの手伝いをしている。

 手伝い、というよりもむしろ彼女達が主導権を握り、ステラのドレスを着せ替え人形のようにとっかえひっかえしては、その姿を誉めちぎっている。


 ステラが部屋の中をちらりと見渡すと、これから着る予定のドレスがびっしり掛けられた真鍮製のハンガーラックが3台、今か今かと出番を待っている。

 それを見たステラは、魂が抜けてしまいそうになるのを懸命に堪えつつ、メイドに声をかける。



「あの……これ全部……?」


「そうですね、ざっと20……、30着程でしょうか? デザインがそぐわない物や仕上がりが良くない物は私共があらかじめ省いておりますので」


「省いて……この量ですか」


「はい! 奥…………ステラ様には国で一番のドレスを用意すると旦那様が張り切ってましたから」


「でも、おっしゃる通り全部を試着するとなると……いささか大変ですね……」



 メイド達はステラより5つ年上の25歳。

 2人は双子の姉妹で、あのソリッドの娘なのだという。

 焦茶の髪をひとつにまとめているのが姉のメリー、二つに分けて編んでいるのが妹のケリー。

 そして2人の髪色と同じ色をもつ小柄な女性がもう1人、試着が終わったドレスを片付けながらこちらに声を掛けてきた。



「あなた達、そんなにたくさんあってはステラ様がお疲れになるでしょう? まずはご希望を伺って、それを元に試着して頂くのはどうかしら」


「それがいいです! そうしましょう!」



 2人の母、ソリッドの妻であるハンナがおっとりとした口調で姉妹に釘をさすと、ステラは好機とばかりにその意見にすかさず同意する。

早速ドレスのピックアップに勤しむステラを横目に、ハンナが娘達に顔を寄せてきた。



薄い紫(ラベンダー)のドレスがあったら静かに省きなさい。旦那様が拗ねてしまいますからね」






 

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