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#15 工房

 




「工房の事? あぁ、詳しく話してなかったね」


「旦那様……」



 落ち着きを取り戻したアレクシスに工房の話を切り出すと、あっけらかんとした答えが返ってくる。主の言葉に呆れるようなソリッドのため息もオマケでついてきた。

 アレクシスはお茶請けのプチフールを飲み込むと、では改めて、と話し始めた。



「うちの『工房』はね、平民貴族の垣根なく、いろいろな分野に精通した人達を集めてそう呼んでいるんだ」



 絵描き、彫刻家、陶芸家にガーデナー、服飾職人や靴職人、もちろんアクセサリー職人も、ありとあらゆる作り手を応援するためのシステムだという。



「平たく言えば僕はパトロンさ。超一流の彼らが作品作りに集中できるように、あらゆる面をサポートしているんだ」


「サポート?」



 アレクシスが公爵家当主の顔を覗かせて説明を始めた。


 ストックウィン家では、優秀な人材、才能が埋もれることがないよう、数年前から活動している。

 無名の職人達の作品が世に出て名が知られるようになるまで、商談やスケジュール管理などのマネジメントと生活面を保障する、というものだ。

 もちろん誰でも受けられる訳ではない。当主であるアレクシスに見初められる才能と幸運の持ち主だけが受けられる恩恵だ。


 その事業により、職人達は生活に困窮する事も作品を不当に買い叩かれる事もなく、アレクシス、ひいてはストックウィン公爵家の庇護の元、安心して作品作りに没頭出来るのだ。



「ある程度仕事が増えて、生活が安定したら僕のために作品を残してもらう。そのまま工房に居てもらってもいいし、独立してもいい。職人には悪い話じゃないし、僕は満足する作品を手にして幸せだし、良いことづくめだろう?」



 確かにとても良いシステムだと思う。

 しかし、自分には過ぎた話ではないか? 自分にその資格があるとは思えずに、ステラは少し気後れしてしまう。



「……私、修繕といっても自己流なので、お金をいただけるレベルではないのですが」


「もちろん、技術を学んでもらうことも出来る。ステラにはまずそっちの方がいいのかもしれないね。君にはボディーガードとしての仕事もお願いするから、忙しくなるとは思うけど……どうだろう?」


「至れり尽くせりで、言葉がないです……」


「それで幸せな物達が産まれてくれるなら、それでいいじゃないか」



 そう言ってにっこりと微笑むと、ソリッドの淹れた紅茶に口をつけた。

 どこまでも美しい物を追求する彼の執念には脱帽するが、そのシステムに救われた者はきっと多いに違いない。

 ステラだって、好きという気持ちだけでやって来たことを本格的に学べると思うと、胸が熱くなる。


 少し前まで、アカデミー卒業後のステラは結婚準備に入る予定だった。しかしバイロンとの婚約が無くなり、他の人物との結婚も望み薄な今、卒業後の身の振り方にいくつもの道が出来ている。


 領地に戻り、ピルチャー家の騎士達に混ざって仕事をしようか、それともグスタフと共に諸国漫遊の旅に出ようか、それともアクセサリー職人に弟子入りしようか――――


 望んだ自由を手にいれて、進むべき道を自分で選ぶ。

 これからの事を考えるのはとても楽しかったが、道が決まっていないと言うのは初めての事で、どうやって決めたらよいものか悩ましかった。


 そんな中飛び込んできたのが、アレクシスの工房の話だ。

 妄想でしかなかった道が急に現実味を帯びて目の前に現れ、楽しげにキラキラ輝いている。

 まずは、やりたい事に飛び込んでみよう、と決めたのだ。



「では日常的にアレクシス様の護衛を勤め、何もないときは作業をさせていただく、ということでいかがでしょう。それと、私への生活面の援助は不要です」


「わかった、でもボディーガードとしての給金は規定通りお支払いするよ。まずはアカデミーを卒業してからだね」


「そうですね。よろしくお願いします」



 自分の進む道がこんなにも簡単に、自分で決められるなんて。

 ステラは座ったままでお辞儀をしつつ、喜びを噛み締めていた。



(諦めなくてよかった。……婚約解消)



 少し前の自分に教えてあげたい。

 もう少しの辛抱でその煩わしさから解放されるのだと。

 すごく惹かれてたけど、一番可能性の薄かった職人ライフ(護衛の任務あり)が幕を開けるのだと。



「今は、君の他に彫刻と陶芸家、ガーデナー……庭師だね。この3人が在籍してるよ。彫刻家と陶芸家は夫婦で、山の方にこもってる。庭師はここに住んでいるけど、フラフラして帰ってこないことの方が多い。そのうちに顔を合わせることもあると思うけど、よろしくね」


「玄関のとても素敵な絵画は? こちらに在籍している方の作品だと聞きましたが」



 アレクシスの言葉に、ステラは首を傾げた。

 エントランスのあの見事な絵画も、工房の職人によるものだとソリッドが言っていた。



「あぁ……、うん。そうだね、いるんだけどね……。休養中というかなんというか……」



 アレクシスはそんなステラから目を逸らすと、答えを言いあぐねている。その様子にステラは首を傾げた。



「……あれはね、確かに彼が描いた物なんだけど、本人が自分の作品じゃないって言うんだ」


「それって、どういうこと……ん?」



 ふと、窓の方に意識を取られる。

 アレクシスの動きを制して、ステラは静かに窓へ近づいた。

 こちらを注視するソリッドにもその場に留まるように合図をすると、窓の横の壁にペタリと背中をつけた。


 小さなバルコニー付きの大きな窓にはレースのカーテンがかかり、外の様子はぼんやりと遮られている。ここは2階で、窓の外には緑豊かな庭の様子と立ち並ぶ木立が見える。

 ステラは息を吐くと、両開きの窓を一気に押し開けた。



「何してるの?」


「うわ!」



 2つの声がほぼ同時に聞こえた。

 バルコニーの鉄柵の外側、しっかりと柵を掴む小さな手が見えた。ステラが近付いて見下ろすと、怯えたように体を小さく折り畳み、震える影が見える。

 そこに害意は感じられず、ステラはホッと息をつくと、その色味の少ない亜麻色の頭に静かに手を差し伸べた。



「あなたは誰? そこは危ないわ」


「え……」


「ネイト! どうしたの……こっちへおいで?」



 いつの間にか背後に来たアレクシスが慌てて窓から声をかける。

 その声に驚いたのか足を滑らせて、小さな手が鉄柵から離れた。



「危ない!」



 大きく体勢を崩して背中から落下しそうになるのを、ステラがその服を掴んで引き留める。


 引き上げられたのは線の細い少年だ。

 艶のある亜麻色の髪、パリッとした白いシャツに焦げ茶のズボンを合わせて、サスペンダーを付けている。歳は10歳に満たない程だろう。


 ネイトと呼ばれた少年は涙目で顔を赤くしている。よほど怖かったのか手が震えている。

 ステラはそれを宥めるように、屈んで彼の背中を優しく擦る。



「危なかったけど、もう大丈夫よ。ビックリさせてごめんなさい」


「…………ふぐっ」



 ステラの声にネイトの目からぶわっと涙が溢れ出る。しゃくり上げながら手で拭っても次から次へと止まらない。ステラは彼の目元にそっとハンカチを押し当てる。



「あんまり擦ると赤くなるから、押さえるね」


「ステラ……そのハンカチまだ見てないからあとで見せて」


「…………さ、とにかく部屋に入りましょう」



 ステラは、ハンカチを見て目の色を変えたアレクシスを一瞥して、落ち着きを取り戻しつつあるネイトに部屋へ入るよう促した。

 すると、ネイトが立ち上がろうとしたステラの袖を引いて、顔を覗き込んで来た。



「?……どうしたの? どこか痛い?」


「ありがとう……おねえさん」



 ステラの首元に腕が巻き付いて、ネイトにぎゅうっと抱き締められる。

 最近よく抱き締められるなぁ……と小さいネイトの背中に手を当てようとしたところで、べりっと体を離される。

 気付くと横にアレクシスが立っていて、とても良い笑顔でネイトの肩に手を置いている。



「さぁさぁ2人とも、こんなところで立ち話もなんだから、中でお茶でも飲みながらゆっくり話そうじゃないか」



 どこか胡散臭い微笑みを浮かべるアレクシスは、あっ気に取られるステラにネイトの正体を明かす。



「彼はネイト。彼こそが君が称賛した絵の作者だよ」









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