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#13 その後の話

 



「2人ともよく来てくれた、さぁ座ってくれ」



 見頃も盛りを過ぎて、鮮やかな新緑が目立ちはじめる薔薇の庭園。

 王族と招待を受けた者しか入ることを許されない秘密の庭。


 蔓薔薇の花の数は少なくなり、花摘みや剪定など次の開花に備えて準備がなされている。

 白い石造りの壁には少しばかり寂しさを感じるが、庭師が丹精込めて準備したカラフルな寄せ植えの鉢が、大小様々な大きさで彩りを与えている。


 先日の件から5日経ち、関係者の処遇が大まかに決定した。

 ジェラルドからその知らせを受けたステラは、今日も今日とてお茶会に参加している。もちろん、アレクシスも。



「動きがあったので、伝えておこうと思ってな」


「お二人の処遇が決まったと言うことでしたが?」


「あぁ。だがまずはステラに礼を言わなければ。あの審問会が上手くいったのは君のおかげだ」



 ジェラルドの頼み事というのは、あの審問会をあたかもステラが処罰される場であるかのように見せかけることだった。


 ローラの存在が明るみになってから、ジェラルドは幾度となく部下を通じて彼女に接触を試みた。

 バイロンのような下心があった訳ではなく、未来の王として、今後教会で力を奮うであろう稀有な力を持つ少女の人となりを知りたいと考えたためだ。


 しかし不思議な事に、何度やってもそれが叶わない。

 部下が声を掛けると急に腹が痛いとか、人と待ち合わせしているからとか理由をつけてはそそくさと逃げるように立ち去るという。

 いっそのこと王太子からの招集であることを伝えようかと思っていた矢先、騎士団長の息子や宰相の息子などの有力な男性に片っ端から声を掛けているらしいと報告があった。


 フレンドリーというか奔放というか、平民の文化はこういうものなのか?と平民に対する認識を誤解しそうになった時、弟である第2王子バイロンと恋仲になったという話が聞こえてきた。


 ステラがいるのに何をしているんだとバイロンに注意しても『嫉妬してる』と盲目的になっていて取り付く島もない。


 ジェラルドの嫌な予感が現実味を帯びてくる。

 彼女を使いバイロンに近付いて、良からぬ企みをする人物がいるのではないだろうか。もしくは近頃おとなしい他国の間者だろうか。

 バk……短絡的で考えることが苦手なバイロンを傀儡として王位を狙われたり、国の一大事を引き起こすような事はあってはならない。



「必死に俺を避け続けていること、ステラを追放までしようとしたこと、バイロンとの色恋だけのためにそこまですると思えなかった。何かある、とね」



 ジェラルドは紅茶を少しだけ口に含んで、茶菓子のクッキーを一口かじり、ゴクリと飲み込んだ。



「用心深い彼女がリスクを侵しながらも、ステラを貶めるために罪を改竄した。彼女の望み通りに君が断罪されるとなれば油断して、隠れた素顔が覗かせるかも知れない」



 ステラは当日のローラの狼狽ぶりを思い出していた。

 王位簒奪を企てる一味や他国からの間者というにはあまりにも、あまりにも……。



「ローラ様はそこまで深く考えているのでしょうか? どうも彼女もいささか短絡的で後先考えないタイプのように思うのですが……」


「まぁそうだろうね。あれが演技なら拍手喝采だと僕も思う」



 そこまで黙っていたアレクシスがボソリと呟いた。

 ステラが隣に視線を送ると、彼はテーブル横のワゴンの方を穴が空くほどじっと眺めている。そこに置かれた見事な刺繍入りのティーコゼーが目当てのようなので、取り合えず放って置くことにする。



「まず、彼女は今後、教会に身を置くことになる」


「教会ですか?」


「毎日、彼女の白魔法を国中の大地に注いでもらう。衣食住付きの厚待遇だ。外出も面会も、一切を制限させてもらうがな」



 取り調べの結果、一連の出来事は全て彼女の独断で行われた事がわかった。

 ただ、今後動き始める可能性が0ではない事と、『死罪』『追放』などと物騒な思想を持っている事から解放は見送られた。

 彼女の処遇については監獄か幽閉か、議論が分かれたが、ジェラルドの一声で教会での労役に決まったのだ。


 ローラは相変わらずで、今回の処分も『ジェラルドが助けてくれたのね!』とクネクネしながら喜んだという。



「強制労働を鉱山でするか教会でするかの違いだ。白魔法は精神を削るし、外に出られない分つらいだろうが、それにも気がつかないんだろう。だが国はだいぶ潤う」



 ニヤリと笑うジェラルドは、今年一悪い顔をしている。普段ら結構悪どい事を考えているため、珍しくもない。

 ステラはふと気になり、アレクシスの顔を覗いた。

 彼はゴブラン織りのクッションを手にしていた。はぁはぁと少しだけ息を荒くして、縁の縫い目を数えている。


 いつもと変わらない顔にため息が出そうになり、ステラはハッとする。


 彼の所業に呆れている訳ではな…………いや、呆れてはいる。

 ティーカップの取っ手の装飾にへらりとした顔を近付けたり、クロスの見事な刺繍に感嘆の声をあげたり、こんな事には慣れた筈だった。

 いつもの事なのに、どうしてこんなにため息が出るのだろう。ステラはムムム、と眉根を寄せた。



「バイロンについても、陛下と話した結果、やはり大叔父の元へ送ることにした。王位継承権は剥奪し、一兵卒として入隊することでまとまった」


「北の大公様ですか。陛下を通して何度か家族でお邪魔したことがあります。訓練にも参加しましたが、大変有意義で、よい勉強になりました」


「アレを家族旅行扱いする辺り、ピルチャー家は少し特殊な気がするけどな」



 100人参加して5人残ればよい方とされる北の大公フォスターの特訓は地獄と称される。

 その内容はフォスター領の周りに広がる深い森の最深から領主の待つ砦までナイフ一本で時間内に戻ってくる、というもの。

 ありとあらゆる罠や刺客の攻撃を掻い潜り、砦に戻ってくるのはほんの一握り。脱落者は確実に集められ、体力作りと称した労役に連れていかれる。


 努力嫌いのバイロンが特訓を乗り越えるとは思えない。特訓と労役の無限ループから抜け出すことは難しいだろう。



「幽閉の案も出たんだが、少し性根を叩き直してやらないと。…………昔はもう少し頭が良かったのにな」


「ジェラルド様……」



 少しだけ寂しげにうつ向いたジェラルドを気遣うように、ステラが声を掛けると、彼はいつもの笑顔を見せた。



「いや、あまり気に病まなくて良い。寧ろこうなって良かったとすら思っている。あいつは短絡的で自分に甘いから、心地良い言葉にすぐに騙されてしまうからな、もっと大変な事態になる前で……、と、失言か?」


「いいえ、私もそう思います」



 微笑むステラにそうか、と小さく呟くと、ジェラルドはアレクシスに向けて呆れた声を出した。



「全くお前は……。ブレがないな」


「そう? 僕にしてはおとなしくしてたと思うけど」



 プラチナブロンドに陽の光が当たるせいか、後光を背負っているように見える。アレクシスは顔に掛かる髪をす、と耳に掛けた。落ち着き払ったタンザナイトのような瞳は、キラキラと嬉しそうに輝いている。


 などと、これまで意識しなかったことが鮮明になり、ステラは困惑ししている。アレクシスはそんな気持ちは露知らず、彼女へと体を向けて、眩しい笑顔を浮かべている。



「じゃあ次は僕の番。君にお礼を言いたいのと、提案があるのだけれど」


「提案?」


「うん。君、僕のところにおいでよ!」


「…………は?」



 僕のところに、おいで?

 言葉の意味をしっかりと考えているステラだが、どう考えてもプロポーズのように聞こえる。

 何で!? どうして!? 脳内はプチパニックを起こしている。

 いやまて、落ち着け! と言ったのは脳内ステラの冷静な奴だ。

 頬が熱くなるのを感じながらも、出来るだけ冷静な声で訊ねた。



「…………それは、あの、どういう……」


「あぁ、僕のボディーガード兼、アクセサリー工房に職人として来ないかなって。それだけじゃないんだけど、ひとまずね」



 勘違いだった! あっっっぶなっっっ!

 ステラの顔の温度が一瞬にして平常値まで下がった。こないだから上がったり下がったりの急激な温度変化に自分の事ながら心配になる。



「君、領地に行こうとしてたでしょ? でも君にはやりたいことがあるんじゃない? 僕はもっと君を知りたいし、側にいたい。グスタフさんも紹介してもらいたいし、アクセサリーだってまだまだたくさん見せてもらわなきゃ。まだまだ君としたいことがたくさんあるんだから」


「やりたいこと……?」



 心の内を見透かすようなアレクシスの瞳が直視できず、ステラは少しだけ目線を外す。


  アクセサリー職人とボディーガードの二足のわらじなんて、考えもしなかった。領地に引っ込んで騎士団の仕事を手伝うよりも、断然こちらが魅力的だ。

 何よりアレクシスはステラを邪険にせず、蔑ろにもしない、まっすぐに褒めてくれる。

 腕っぷしにしろ手仕事にしろ、自分の能力が求められるのは嬉しいし、何より今、彼の隣はステラにとって心地良い。



「ね? 今なら君専用の作業部屋と、手に入りづらいアンティークの修理素材とかちょっとお高めの素材も、何でも君の思いのままに金にモノを言わせて用意しちゃうけど」


「お世話になりますよろしくお願いします」



 そんなの頷くしかない。格別の条件に思わず了承の返事をする。

 即答で答えたステラに、アレクシスは目を丸くして破顔一笑。これまで見たことがないくらいの満面の笑みを浮かべた。



「やった! これからよろしくね! ステラ!」



 アレクシスは握手を求めて右手を差し出した。

 ステラはそれに応じたが、初めて名前で呼ばれた事に気がついた。少しくすぐったく感じながら、握ったままの手をブンブンと振られている。

 恥ずかしそうに頬を染めるステラに、アレクシスが声を掛けた。



「ごめんね、嬉しすぎてはしゃいじゃった」


「いえ、私もこれから楽しみです」


「あれ、ステラの目って琥珀色なんだ。髪は黒曜石みたいに美しいし……君って宝石みたいだ……」



 ピタリと手を振るのを止めて、アレクシスがじっと至近距離で考え込んでいる。流石にステラもドキドキしていると、ハッと閃いた素振りを見せて彼が呟く。



「……そう考えるとすごく興奮するな……」


「…………選択を誤ったかもしれない」




 ◇




 こうしてステラは、『精霊公爵』アレクシスの元でボディーガード兼アクセサリー職人として働くこととなった。



 ここでこれからの運命が定まった事を、まだ彼女が気付くことはない。








お付き合い下さりありがとうございます!

いました!


一度完結させますが、追加のお話が出来たら随時更新していきたいと思っています。


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