#12 ごきげんようさようなら
――――――
『初めまして、ステラ様。私はグスタフ、と言います』
『ぐすたふ』
『はい。これから貴女と、貴女の大切な者をお守りするべく馳せ参じた騎士でございます。これからよろしくお願い致します』
『ぐすたふは、すごいよろいをつけていますね!』
『そうですか? ありがとうございます。あと、私に敬語は不要ですよ』
『わかり……わかった。がんばります。で、あなたは、ええと、その……』
『どうしましたか?』
『ええと、あなたは……にんげんなのでしょうか?』
――――――
「きっ……貴様ぁ……、そこをどけ!」
「え…………?」
バイロンの凶刃は食い止められていた。
一撃目を阻止されて、火がついたようにがなりながら何度も腕を振り下ろすが、全ての攻撃が容易く返されている。
攻撃を受ける手は、バイロンの怒りに任せた攻撃にも少しもたじろがず、事も無げな様子で無駄もない。
アレクシスは急に手を引かれた反動で尻餅をついたまま、信じられないものを見るような目でポカンと状況を見つめている。
「バイロン様、いい加減にお引き下さい。私がここにいる限り攻撃を通すことはありません」
「うるさい! だから避けろと言っている!」
バイロンは再び、力に任せた腕を振り下ろす。
清らかな翠色に輝くミスリルの扇をくるりと返して逆手に持つと、彼女の華奢な細腕から想像できないほどの強い力で的確にその刃を弾き飛ばした。
「ぐぁっ」
「な、何をしている! 衛兵! 衛兵! バイロンを止めろ!」
会場中の人々があっけにとられた様子で立ちすくむ中、王の号令で我に返った騎士達が駆け寄り、バイロンを拘束した。
両脇を屈強な騎士に固められたバイロンは、憎々しげな顔で扇を持つ手を睨み付けた。
「このような狼藉、ただで済むと思うな! ステラ・ピルチャー!」
見世物のようにくるくる回した扇を、シャランと鈴が鳴るような音を立てて見せつけるように開く。それをゆっくり口元に当て、ステラは不敵な笑みを浮かべた。
「狼藉というのは、王の御前で刃物を振り回すような事をいうのです」
「お前だって鉄扇を振り回していただろうが!」
「まぁ、バイロン様。鉄扇なんて武骨な物ではありませんわ。これはピルチャー家のミスリル扇、グスタフです」
◇
辺境のピルチャー領は武勇を誉れとされてきた。
辺境の警備にあたる騎士は国を守り、残された者も後衛として家族や配偶者を守る。
そのため、身分や男女の区別なく護身術や剣術をみっちり仕込まれる。
特に領主であるピルチャー家に産まれた者は、王宮騎士団の団長と同等またはそれ以上の力を持つように、あらゆる剣術と武道を厳しく叩き込まれて来た。
産まれた男児にはミスリルの剣を、女児にはミスリルの扇を与えられる。
それらを大切に扱うことで、武具は精霊の依り代となり、持ち主と意思を通わせる事が出来るという。
今もよく見ると、ステラの肩でぼんやりと人の形をしたものが動いている。
ほのかに見えるそれは、顔を完全に隠すような甲冑を身に纏い、ちょこまかと肩や頭の上を行ったり来たりしている。
特にそれを気にする様子もなく、ステラが扇をぱし、と閉じた。すると精霊も動きを止め、ちょこんと右肩に腰をおろした。
「この馬鹿者が……! 感情に任せて暴行に及ぶ事がどれほど恥ずべき行為かわからんのか!」
「父上! しかし……ステラの方こそ、私に暴力を」
「……先に刀を抜いたのはお前だ。それに、ステラは攻撃を防いだだけに過ぎん……。本当に、そんなこともわからんのだな……」
激昂したものの、的外れなバイロンの言い分に、王はがっくりと肩を落とした。その様子に不安げなバイロンに対し、虚ろな目で口を開く。
「怒りに任せて暴力行為に出るなど言語道断。追って沙汰を下す故、そのまま拘束しろ。表に出ることはまかりならん。連れていけ」
「父……陛下? 沙汰とは……あ、待て! まだ話の途中だ! す、ステラ! 助けてくれ!」
騎士達に持ち上げられると、バイロンは駄々をこねる子どもの様に体を捻らせて抵抗する。
それをぼんやり眺めていたステラと目が合うと、必死の形相で助けを求めてきた。
「元はといえばお前が……いや、暴力をふるって悪かった、謝るから許せ!」
ステラはその非常識な厚かましさに目を剥いたが、これが最後だと押し止めて、美しいカーテシーを見せた。
「これまでは、将来の伴侶となるであろうあなたを助けるために励んで参りましたが、今後はそれもなくなりましたので。ごきげんよう」
「ま、待て! そうか、拗ねているのか、婚約破棄は撤回する! お前の気持ちはわかった、もう一度やり直そう!」
「私の気持ち、でございますか?」
「俺のことを愛しているのだろう?守りたいのだろう?その気持ちに報いようじゃないか、な?」
ぎりぃぃぃ!!
奥歯を噛み締めるような音が会場中に響いた。
不審そうに辺りをキョロキョロと窺うバイロンに、ステラが憑き物が取れたような清々しい笑顔で応える。
「気持ちの悪い妄想はお止めください。吐き気がします」
「へ」
予想もしていなかったのか、バイロンは呆けるような情けない顔でステラの顔をまじまじと見つめた。
「これまで、バイロン様に対して、特別な感情を抱いた事はございませんので、このまま婚約破棄で問題ございません。寧ろ撤回しないでいただきたいですわ」
「しかしお前は、私を助けるために励んでいたのだろう? それは私の事を愛し」
「励んでいたのはもちろん、あなたをお守りして助けるためですが、それは愛していたからではありません。いずれ家族となる方だと思ったからです」
バイロンは口をポカンと開けて、言葉が出てこない。ここぞとばかりにステラが捲し立てる。
「私を虐げて悦に入るような素晴らしい性格の方でも、いずれは家庭を築くのだからと励んできましたが、先程の陛下のお話を聞いて猛省致しました。なぜもっと早くに、婚約の解消を申し出なかったのかと」
「な、……ステラ? 俺の事は愛したことはない、というのか……?」
「もちろん! 先程も申しましたが特にそういった感情はございません。むしろ婚約が無くなったことは私にとって喜ばしい事なのです。バイロン様もやっと自由にな……らないかもしれませんが、少なくとも私からは解放されます。ようございましたね」
「そんな……」
「さぁ、皆様をお待たせしておりますわ。バイロン様、どうぞお元気で」
バイロンは今度こそ両脇をガッチリと抱えられ、ざわめきが止まない人垣を掻き分けて引きずられるように連行されていく。もう抵抗する気力もないようで、呆然自失といった表情で部屋を出ていった。
ふぅ、と息を吐き、ステラが後ろを振り向くと、すぐ後ろにアレクシスが立っている。
ぎゅう、と眉根を寄せて、いつか見た泣きそうな顔をうつむき気味にして立っている。
先日見たときに、犬みたいだ、と思ったのをステラは思い出していた。
「お怪我はありませんか? 急に手を引いてすみませんでした」
「…………」
「どこか痛かったですか? 大丈ぶ……」
言葉の途中で急に視界が暗くなり、ふんわりと温かく、なんだかいい匂いがする。
どうやらアレクシスに抱きしめられているらしい。
ステラは急激に顔が赤くなるのを感じたが、それと同じくらい一瞬ですんっと冷静さを取り戻す。
(これは、例の、いつものやつ)
もう間違えない。
ステラはアレクシスの腕の中で得意気な顔をして頷く。
(カメオのブローチかしら? それともグスタフ?)
これは、ステラの物に対しての反応に違いない。
すかさず本日自身が付けているものを思い出していく。
幸い傷ついた物は何もない、まずは無事を報告しよう。
ステラは今だ動かない彼の背中に手を回し、肩口をポンポンと叩いた。
「大丈夫ですよ。カメオのブローチも、グスタフ……ミスリルの扇も他の物もみんな、傷ひとつつけてませんから」
「…………君は?」
「グスタフがある程度守ってくれるん……は?」
アレクシスの言葉に驚いて、ステラのグスタフ自慢が途切れた。言葉の意味に思考を絡めとられているステラの耳元で、アレクシスが掠れた声で聞く。
「君は傷ひとつ付いてないかって聞いてるんだけど」
「ええと、その……大丈夫、ですけども」
「…………」
それを聞いたアレクシスは、腕の力をぎゅうと更に強めた。
「ご心配お掛けしました。けど、本当に大丈夫ですよ? 私多分他の人よりちょっと強いし」
「それでも、心配なの」
「……はい」
「でも、ありがとう。助けてくれて」
ステラの耳の辺りに顔を埋めたまま、アレクシスはボソボソと呟いた。
それが本当に犬のようで、なんだかとても愛しく感じたステラはまたポンポンと背中を叩く。
「ご無事で、良かった」
「…………うん」
「お疲れなのは変わりませんから、ちゃんと休んでくださいね」
「…………」
「アレクシス様?」
途切れた会話に、ステラは体を離してアレクシスの顔を覗き込んだ。
泣き顔はどこへやら、彼は照れた様子でモジモジと体をくねらせる。
「か、カメオのブローチと、グスタフさんの様子も、心配だなぁ……心配で眠れないかも」
「アレクシス様」
「あっすみません。今度にします。その目で見ないで下さい」
そんな2人のやり取りを、壇上から降りてきたジェラルドがニヤニヤと意味ありげににやけつつ、眺めていた。
お付き合い下さりありがとうございます!
次回でいったん区切りとなります。
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