#10 彼女の目的
「私、その方のためならどんなことでもできる、そう思いました。例えその方が周りの人から避けられようとも、私だけはずっとその方の側にいます。味方でいたいんです」
ローラの独白は続いている。
もはや自分の真実の愛の相手を隠すこともなく、その目はしっかりとアレクシスを捉えて離さない。
両手を胸の前で組んで、神に祈りを捧げる乙女のように目を潤ませている。手を差し伸べたくなる男性が後を立たないのも納得の美しさだ。
アレクシスはローラをじっと見つめているが、その目は無機質で、何の感情も感じられない。これまで見たことのない、どこかほの暗さを感じる眼差しにステラは息を飲む。
彼が反応しない事にしびれをきらしたローラが、体を寄せてアレクシスに迫る。
「私、本当はアレクシス様を愛しています! 私の愛で孤独なあなたを幸せにしたいんです!」
先程からやたらとアレクシスを庇護するような言葉ばかりが聞こえてくる。
彼が孤独で不幸だなんて誰が決めたのか。確かに友達は少なそうだけど幸せそうにやっているのに。
ステラの事もアレクシスの事も良いように思い込んで好き勝手言う、ステラはそれを腹立たしく感じていた。
隣のアレクシスの様子を窺うと、口の両端を引き上げて形だけの笑みを作る。
「…………なるほど、素晴らしい自己犠牲の精神というわけだね」
「わかってくれるんですね! アレクシス様!」
口角を上げて目を細めるアレクシスは一見すると笑顔に見えるが、ステラには怒っているように感じられた。
彼からにじみ出る怒りに気付かないのか、ローラは大きな瞳を潤ませて、熱のある視線を送り続ける。
「この子達をひどい目に合わせたのはバイロン様とステラ嬢のため。そしてこの僕を幸せにするために何でもしてくれると、そういう事?」
「えぇ! えぇもちろん! だからアレクシス様、私を愛して」
「じゃあ、これはどういうことかな?」
アレクシスが黒曜石の耳飾りに触れると、唐突に大きなシャボン玉が現れた。
人の頭くらいのサイズで、次から次へと何もない場所にぽわ、と浮かび上がっては、プカプカと呑気に漂っている。
ステラの隣にも現れて、ぽよんと肩にぶつかったが、その儚げな見た目に反して丈夫らしく、びくともしない。
空中に浮かぶ数十個のシャボン玉、という幻想的な景色に見とれる聴衆に対して、アレクシスが落ち着いた声で状況を説明する。
「……これはあの夜会の日、ぼろぼろの制服と教科書から教えてもらった彼女の声です」
そういってシャボン玉をつん、と突っついた。
丈夫だったシャボン玉はあっけなく弾けた……と思ったら、そこから何やら人の声が聞こえてくる。
『悪役令嬢ステラが何にもしないからいけないのよ。じぶんで教科書を切り刻まなきゃならないなんて……。悪役のくせに何やってるのかしら、あの女』
『泣き真似でもしておけば、後は勝手にバイロンが断罪してくれるでしょ。えぇと、ステラは国外追放だったっけ? 死罪だっけ? ま、どっちでもいっか』
『一番単純なバイロンの攻略はできたけど、他のキャラは失敗したから、ジェラルドは狙えないかもしれない……。逆ハーも無理だろうな、隠れキャラが出たらいけるかもだけど……誰だっけ?』
『このゲーム、ローラが幸せになるための世界だから、私が何しても許されるし。バイロンは間違いなく高位貴族だから、遊んで暮らせるだろうし。特に好きじゃないけどとりあえずいいかな~』
アレクシスがシャボン玉を弾いて割る度に、女性の独り言、呟きのような声が聞こえてくる。そしてその声は、先程まで長々と演説を繰り広げていたローラのものだった。
(悪役令嬢? 国外追放? 私のことを?)
所々意味がわからない単語はあるものの、大体の意味は理解できる。
ステラに濡れ衣を着せるために自作自演した事に加え、ステラを悪役令嬢と呼び、国外追放もしくは死罪にしようとした事が判明した。更に、バイロンに対して『真実の愛』があったとは思えないような証言も飛び出した。
(人に対しての感覚が軽すぎる……)
バイロンやステラ、コナをかけていたという男性達に対してもその気持ちを考えるような事はない。人を人と思っていないような、幼なさゆえの残酷さを感じる。
ローラは先程までの愛を乞うような仕草ではなく、不快感を顕にしてアレクシスに詰め寄った。
「な、なんなのよ……、何したのよ!」
「あなたの思念です。思い当たるでしょう? 自分の考えなんだから」
アレクシスはそう言って笑っている。
いつもの人懐こい笑顔ではなく、冷ややかな笑み。
そんな顔のまま、ローラのペンダントトップのアメジストに目を止めた。
「見事なアメジストだ。でも、くすんでしまって元気がないね。この子も何か言いたそうにしているから、聞いてみようかな」
また耳飾りに触れると、新たなシャボン玉がいくつも現れた。
どうすることも出来ず、ただオロオロと狼狽えるばかりのローラを横目に、アレクシスは次々とシャボンを弾いていく。
『なんだかんだいっても、やっぱりステラが断罪されるのね! 変な能力持ちが出てきて危なかったけど、シナリオはそう簡単に変えられないってこと!』
『王太子ジェラルド! 私の推しきた! バイロン捨てて狙うしかないっしょ! ……実はあの人が隠しキャラで、分岐になったんだ。ゲームとちょっとずつ違うからわかんないけど、ラッキー!』
『まずはバイロンとステラを元に戻して、隠しキャラの『狂人アレクシス』を押さえる。そこの攻略が終わり次第、ジェラルドを落としに行こう! フフ、楽しみ!』
意味がわからない言葉が増えたが、ローラはバイロンを踏み台にアレクシス、最終的にジェラルドと結ばれるのが目的らしい。
まるでタスクをこなすみたいに淡々として、恋情は感じられない。恋多き女、という雰囲気でもない。
やっぱりジェラルドの地位目当てなのかしら、とステラは一人考える。
「何……? ねぇ! なにこれ! なんで私の考えてた事がみんなに聞こえてるのよ!」
ローラは自分の思惑が駄々漏れとなったことで狼狽えている。
その姿はあまりに滑稽で、おおよそスパイや密偵などといった者達からはかけ離れていた。
アレクシスはその姿にため息をつくと、壇上へと呼び掛けた。
「陛下……いえ、ジェラルド様、どうなさいますか?」
「そうだな……、俺、というか地位目当てなのか……? もう少し詳しく話を聞く必要はあるが……ちょっと意味のわからん情報が多すぎて……」
ジェラルドが目当て、というのはわかった。
しかし、それならばバイロンと恋仲になったり、他の男性にも声を掛けたりという行動が何なのか、それがわからない。
隠しキャラとは? 推しとは? 何を攻略するって?
ジェラルドの頭は疑問でいっぱいになっていた。
「しっかりしてください。まずはステラ嬢に対しての不穏な言動をなんとかしましょう。処罰の対象ですから」
アレクシスは今だ怒りのうかがえる顔で、ジェラルドに可否を問う。ジェラルドから、はぁーと心底うんざりしているようなため息が出た。
「あぁ、そうだな。まずはその件で話を聞こうか。彼女を連れていってくれ」
「や、止めてよ! ジェラルド、何言ってるの!?」
その声に、周囲が大きくどよめいた。
王太子に敬意も払わずに名前も呼び捨てたローラに、一斉に批難の眼差しが向く。
「な、何よ…………。あんた達なんてたかがゲームのモブキャラでしょう?」
「あなたの言ってることは意味がわかりませんけど、反論ならじっくりと別室で伺うそうですよ」
アレクシスのため息と同時に入り口の扉が開いて、騎士達が数名入ってきた。
ジェラルドが合図すると、ローラの傍らに立ち、彼女に同行を求めた。
その差し出された手を払い、ローラは隣のアレクシスと、呆然と眺めるだけのステラに向かって大声でわめき散らす。
「あ、あんただって『独りぼっちの狂人アレクシス』でしょうが! そっちのあんたも『最強極悪令嬢ステラ』らしく私をきっちり苛めないからこんなことになってるの! たかがキャラクターなんだから、シナリオ通りにあたしの幸せのために尽くしなさいよ!」
「残念ですけど」
にっこりいい笑顔を浮かべたアレクシスは、ステラを背中にローラとの間に立ち塞がると、口を開いた。
「僕はキャラクターではなく人間ですし、孤独でもないです。あと、この世界はあなただけの世界ではないし、ましてやゲームでもない」
「嘘……、だってここは私の」
「ここは、皆が幸せになろうと生きている、現実の世界です。いいかげんにしてくれ」
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