とある若者の貢献
ちょっと息抜きに…初のエッセイ以外の投稿です。
その世界では、魔術は学問の一つとして扱われていた。そして町はずれに住む一人の変人は、魔術の存在を知って以来、すっかりその学問の虜となっていた。
変人は天才であった。同時に、第三者から見れば孤独な人間であった。小さな家には山積みの本、研究をまとめた資料に埋め尽くされた机が三つと、そして椅子が一つあるのみであった。しかし、天才は客を呼ぶ事が無かったので、これになんら問題は無かった。本人もそれを疑問とした事は無く、さりとて孤独を感じる事も無かった。
そんなある日、天才は世紀の大発見をした。今までの学問を根本的にひっくり返す、魔術を更なる高みへと導く発見であった。天才は狂喜した。そして今までに感じた事の無い、とある欲望を感じる様になる。この発見を、誰かに伝えたい、と。
しかしその天才には、これと言った交流は無かった。今までそれを疑問と思った事は無かったが、胸の内に渦巻く欲求は、初めてその事を不満にさせた。
誰に話すのが良いか?丁度その日は、市場に買出しに行く日であった。そこで誰かに話そうと、天才は思い立ち、いそいそと準備を始めた。
始めに向かったのは、何時も食材を買う地元の店であった。愛想の良い店主は、常客である天才を見かけると、普段通りの挨拶をした。
「お客さん、いらっしゃい。今日は何時もより嬉しそうな顔をしてますね。何か良い事がありました?」
「そう、実はそうなんだ。私は大きな発見をしたのだ!」
いつもの不愛想な返事を予期していた店主は、この答えには面喰い、思わず苦笑いを浮かべた。
「そうですか!それは良かったですねぇ」
「魔術の発展に、大きく関わる事なんだ」
「へぇ、お客さんは魔術の学者さんだったんですね!いやぁ、私は、子供の頃から魔術は苦手でね…まあその結果親父の店を継いんですが」
「それで、この魔術というのは…」
「お客さん、お客さん、後がつかえてます。私に話しても、さっぱり理解できないですよ。でも、よっぽど凄い事だったんですね、おめでとうございます」
店主は無理矢理話を切り上げると、次の客の接待を始めた。天才は途方に暮れたが、流石にこうもハッキリと言われれば、居座る事は出来なかった。その日は数少ない通い場所で同じ事を繰り返したが、反応は似たり寄ったりであった。
流石に疲れた天才は、夕暮れ近くに、滅多に行かない喫茶店で茶を飲んだ。モヤモヤとした不満を解消する事も叶わず、それでいてもう少し人付き合いをするべきだったと、僅かながらに後悔していた、その時であった。
「すみません、相席良いでしょうか?他に席無くって…」
項垂れていた顔を上げると、そこには一人の若者がいた。
「別に構わない」
「ありがとうございます!」
ニコニコと笑いながら若者は腰を掛け、さも当然の様に話を振った。
「私、この喫茶店が凄い好きなんですよ」
「そうか」
「この近くに今の職場があるので、凄く便利なんですよね。貴方もよくいらっしゃるんですか?」
「いや、今日が初めてだ」
元々お喋りな性格なのか、若者は色んな話題を天才に振った。天才はそれらに生返事を繰り返していたが、内心ではどうすれば魔術の話ができるだろうか、と考えていた。
キッカケを作ったのは、若者の方であった。
「お仕事は何をされているんですか?」
「私は、魔術の研究をしている」
「魔術ですか!凄いですね。私も学生の頃は、魔術が一番好きでしたよ。今の仕事にも少なからず関わるので、非常に素晴らしい分野だと思います。具体的な研究は何をやっているんですか?」
「聞いてくれ!それが、私は世紀の大発見をしたのだ!」
若者は急に饒舌になった天才に面食らいながらも、安心した。どんな話題を振っても生返事ばかりで、そろそろ気まずくなっていたからである。
若者は一応、学生の頃は魔術を嗜んでいた。本職や研究に進む程才能も興味も無かったが、それでも好きな分野ではあった事と、それなりに好成績を残していた科目であった為、天才の話に耳を傾けた。
結論から言えば、若者は天才の話を、殆ど理解出来なかった。
あまりに高度で、あまりにも多くの説明を端折る話し方であった為である。しかし、ほんの少しだけ、若者はこの話がかなり大切な事であると感じていた。そして純粋に理解したいという好奇心もあった為、その日は素直に上手く理解が出来なかった事と、でも興味はあるから後日また会って欲しいという考えを、天才に告げた。天才は少しばかり不満であったが、この提案を飲んだ。それ以来、二人は毎日の様に喫茶店で会う様になった。
若者は毎回、次に会う時までに魔術に関して少しばかり予習をし、そして具体的に理解できなかった部分について考えた。それを繰り返すごとに、天才の考えに対する理解が、徐々に深まっていった。
一方、天才は毎回毎回、何故若者が理解できないのかを、理解できなかった。そしてそう思っていた事は少なからず若者にも伝わり、これは若者の劣等感を刺激した。両者とも、何とも言えない苛立ちを感じる事があったが、それでも片や理解して貰いたい天才、片や理解したい凡人は、会談を続けた。天才も天才で、ほんの少しづつであったが、若者に配慮した説明を考え、やり方を変えていた。
ある日遂に、若者は天才の研究内容とその重要性を理解した。
それと同時に、これは世間へ発表するべき事である、という考えを天才に伝えた。そしてその手伝いを自分にもさせて欲しい、とも。
後日、若者は天才と学友を三人、自身の家へ招いた。三人の友人の内、一人は文章力が高く、一人は優秀な教師であり、一人は絵が上手かった。若者の考えは、一人目の友人に文章を書かせ、二人目の友人の助言で説明を噛み砕き、解り易くし、三人目の友人に図解の説明を任せた、本を出版する事であった。
始めの頃は、若者が通訳であった。多少マシになったとは言え、天才は相変わらず説明下手であったからである。しかし、元々優秀な三人の友人は、直ぐに若者と同程度の理解を得、本格的に本の製作に取り掛かった。
そうなると、若者は殆ど関わる事が出来なかった。出来る事と言えば場所の提供と、少しでも製作がやり易い環境を作る事であった。終盤においては、完全に蚊帳の外であった事に、激しい劣等感と悲しみを感じたが、完成した本の素晴らしい出来栄えを見て、これで良かったのだと、自分に言い聞かせた。当然、本には若者の名前が載っていなかった。
天才は一晩にして時の人となった。
当然の様に、世界中の研究者と大学は天才の話を聞きたがり、天才の研究は様々な分野で活用される事になった。若者よりもずっと早く天才の話を理解できる人が集まり、天才はもう孤独では無かった。
一方、若者の職場にも、その研究結果を採用したシステムが導入された。既に職場内で最もそれに関する知識を持っていた若者は重宝され、立場も高くなったが、それを素直に喜べないでいた。何とも言えないモヤつきと苛立ちを覚えながらも、若者は日々を過ごしていた。
天才と再開したのは、件の喫茶店であった。
「やあ!」
と、天才は心底嬉しそうな顔で若者へ歩み寄った。
「久し振りだな!本当はもっと早く会いたかったんだけど、最近ちょっと忙しくて…」
だろうな、と若者は思った。それでも、若者も再会は素直に嬉しかった。
「それで!実は最近、魔術に関する新しい案が思いついたんだ!君に真っ先に報告したくてね、でも最近外だとどうしても人に声をかけられてしまって、落ち着かないんだ。どうだい、私の家に来ないか?」
若者は快く誘いに乗り、天才の家へと向かった。正直な所、何故わざわざ自分にその大層な「新案」を最初に話そうと思ったのかは、解らなかった。天才の名は既に広く知られ渡り、必要とあらば世界でも最も有能な人達が、いつでも元に付くのだ。自分にその「新案」を最初に説明しても、時間の無駄である事は明白なのに、と。
同時に、若者の胸には何とも言えない喜びに溢れていた。最近買ったのであろう、真新しい椅子に腰掛けながら、若者は天才の話に耳を傾けた。
自分のやった事は決して無駄では無かったのだと、その時やっと、思う事が出来たのだった。
天才と若者のモデルは、ジェームズ・ハットンとジョン・プレイフェアです。興味のある方は、是非調べてね☆




